懲戒解雇した従業員に対して退職金は支給しなければいけない?不支給・減額の要件について解説

「従業員を懲戒解雇した場合に退職金の不支給や減額はできるのか」
「退職金の不支給・減額をする際の注意点について知りたい」
会社、法人を経営している方の中には、問題を起こした従業員を懲戒解雇した場合に退職金を支給しないようにできないかと考えたことがある方もいるのではないでしょうか。
懲戒解雇の際に退職金を不支給・減額することはできます。
ただし、不支給・減額するためにはいくつかの要件を満たす必要があり、これを怠るとトラブルに発展して大きな出費を発生させることになりかねません。
本記事では、懲戒解雇と退職金の関係や、退職金の不支給・減額に関する条件や注意点などについて解説します。
この記事を読んで、懲戒解雇した従業員に関する退職金の問題について、適切に対応するための参考となれば幸いです。
1.懲戒解雇と退職金
そもそも懲戒解雇と退職金とは、法律的にはどのようにルール化されているのでしょうか。
ここでは、それぞれ法的にどのように定められているのか解説します。
(1)懲戒解雇とは
懲戒解雇とは、職場の秩序を乱した従業員に対する制裁として行う、解雇(一方的な雇用契約の解約処分)のことをいいます。
企業は雇用する従業員に円滑に業務を行わせるために、職場のルールを設けたり従業員に業務命令を行ったりすることができます。
従業員もまた、雇用契約に基づき、雇用する企業に協力し、職場の秩序を守る義務があると考えられています。
そこで、企業は、業務命令に従わないといった企業内のルール違反をした従業員に対し、戒告、減給、出勤停止などといった制裁(懲戒処分)を科すことができるのです。
懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分です。
従業員が受ける不利益も大きいことから、後述するようにその要件を満たしていないと無効とされてしまうおそれがあります。
(2)退職金とは
退職金とは、会社が退職した従業員に払う金銭のことをいいます。
退職金は、賃金の後払い、長年の勤務に対する慰労といった性質を有すると考えられています。
実は、必ず退職金を支払わなければならないという法律上の定めはなく、退職金を支払うかどうかは企業の自由です。
ただし、企業が、退職金を支払うことを決めたのであれば、就業規則等に、適用される従業員の範囲、退職金額の決定、計算、支払の方法、支払の時期を定めて従業員に周知する必要があります(労働基準法89条3号の2)。
このように退職金の制度を定めている場合や、定めていないものの退職金を支払ってきた慣行がある場合には、企業は退職金を支払う義務を負います。
2.懲戒解雇した従業員に対する退職金の不支給・減額が認められるための要件
すでにご説明したとおり、企業が退職金の支給を定めている場合、従業員の退職に当たっては定めのとおりに退職金を支払わなければならないのが原則です。
しかし、従業員を懲戒解雇した場合には、懲戒解雇に関する要件と退職金の不支給・減額に関する要件の両方を満たしていれば、退職金の不支給や減額ができます。
以下、それぞれの要件について、順にご説明します。
(1)懲戒解雇に関する要件を満たしていること
懲戒解雇した従業員に対する退職金の不支給・減額が認められるためには、まず、懲戒解雇の要件を満たしていることが必要です。
懲戒解雇の要件は、以下のとおりです。
- 就業規則に懲戒事由と懲戒処分に関する定めがあること
- 適正な手続に則って処分が行われたこと
- 解雇権の濫用に当たらないこと
それぞれ見ていきましょう。
#1:就業規則に懲戒事由と懲戒処分に関する定めがあること
懲戒解雇を含む懲戒処分をするにあたっては、まず、懲戒処分の内容が就業規則に定められていることが必要です。
従業員が企業内のルールに反する行動をとったとしても、その行動に対して懲戒処分を行うことができることを就業規則に定めておかなければ、企業が懲戒処分を科すことはできません。
これに反する懲戒処分は無効になります。
#2:適正な手続に則って処分が行われたこと
懲戒処分を行うにあたっては、適正な手続に則って懲戒解雇を行うことが必要です。
従業員の行動が懲戒解雇の対象になるような行為であったとしても、処分の前に、あらかじめ懲戒の理由を告げて、弁明の機会を与えなければなりません。
また、就業規則に懲戒処分の規定を定める前に行われた行為について、遡って懲戒処分をすることや、すでに一度処分を受けた行為を対象に再度懲戒処分をすることもできないとされています。
#3:解雇権の濫用にあたらないこと
懲戒処分が解雇権の濫用にあたらないことが必要です。
従業員の行為が懲戒処分の対象になるものであったとしても、行為の内容や性質、従業員の勤務歴などを考慮して、処分の内容と従業員の行為とのバランスが取れない場合には、懲戒処分が無効になります。
特に、懲戒解雇については処分の結果、従業員に与える不利益が大きいことから、解雇権の濫用と判断されるリスクは高いというべきです。
過去の判例では、使用者が管理職へ暴行したことを理由に懲戒処分をした場合に、暴行から7年たってからの処分であること、暴行自体が不起訴処分となり前科もついていないことといった事情を考慮し、行為から7年後に懲戒処分を科したことは懲戒権の濫用であるとして、処分が無効になった例があります(最高裁判所平成18年10月6日判決)。
(2)不支給・減額に関する要件を満たしていること
懲戒解雇の要件を満たしただけで、ただちに退職金の不支給・減額が認められるわけではありません。
懲戒解雇をした従業員に対する退職金の不支給・減額固有の要件を満たしていることも必要です。
その要件は、以下のとおりです。
- 就業規則に退職金の不支給・減額に関する定めがあること
- これまでの功績を抹消させるほどの著しい不信行為があったこと
続いて、これらの要件をみていきましょう。
#1:就業規則に退職金の不支給・減額に関する定めがあること
就業規則に、懲戒解雇となった従業員に対しては、退職金を不支給・減額とすることができる旨の定めを置いていることが必要です。
このような規定がない場合には、懲戒解雇時であっても退職金の不支給・減額は無効となり、規定どおりの金額の退職金をその従業員に支払わなければならないことになります。
#2:これまでの功績を抹消させるほどの著しい不信行為があったこと
次に、従業員に、これまでの功績を抹消させるほどの著しい不信行為があったと評価できることが必要です。
退職金は賃金の後払いのみならず、会社に長年尽くしてくれた従業員の働きに報いるために支払われるもの、と考えられています。
そこで、従業員にそれまでの評価をすべて帳消しにしてしまうくらい著しい不信行為があったのならば、会社はそのような従業員の働きに報いる必要もなくなり、退職金の減額、不支給ができるということになります。
逆にいうと、そのような不信行為がない場合に退職金の不支給・減額を行うと、あとで無効とされるリスクを負うことになってしまいます。
なお、これまでの功績を抹消させるほどの著しい不信行為といえるかどうかは、退職金制度の性格や、労働者のそれまでの働きぶり、懲戒処分の原因となった行為の内容などから判断されるため、事案によってさまざまです。
たとえば、過去の裁判においては、以下のような場合に退職金の不支給・減額が認められています。
- 無断で在庫商品を社外に運び出したり、パソコン内のデータを消去したりするなど、会社に重大な損害を生じさせた例(東京地方裁判所平成18年1月25日判決)
- 運送会社のドライバーが業務終了後の酒気帯び運転で懲戒解雇された例(東京地方裁判所平成19年8月27日判決)
3.懲戒解雇による退職金の不支給・減額に関する注意点
懲戒解雇した労働者に退職金を不支給・減額する場合、以下の点に注意が必要です。
- 退職金の不支給・減額に関する定めがない場合には行うことができない
- 懲戒解雇事由があるだけでは認められない可能性がある
- 従業員の退職後に懲戒解雇や退職金の不支給・減額はできない
順にご説明します。
(1)退職金の不支給・減額に関する定めがない場合には行うことができない
何よりもまず、就業規則に退職金の減額や不支給に関する規定を置いていなければなりません。
懲戒解雇や、それに伴う退職金の不支給・減額の規定がなければ、これを行うことはできません。
(2)懲戒解雇事由があるだけでは認められない可能性がある
懲戒解雇事由があり、懲戒解雇が有効だとしても、直ちに退職金の不支給・減額まで認められるわけではありません。
先に述べたように、懲戒解雇事由があっても解雇権の濫用とされてしまうと懲戒解雇が無効とされてしまいますし、懲戒解雇が有効であったとしても、これまでの功績を抹消させるほどの著しい不信行為があったと評価できなければ、退職金の不支給、減額が認められない可能性があります。
(3)従業員の退職後に懲戒解雇や退職金の不支給・減額はできない
従業員の退職後に懲戒解雇事由に該当する事由があることが判明したとしても、懲戒解雇処分を行っていない場合には、退職金の不支給・減額が認められないことが多いです。
例外的に、従業員が在職中に重大な背信行為を行っていた場合や、あらかじめ就業規則等に「退職後、懲戒解雇事由に相当する行為があることが判明したときは、退職金を不支給・減額する」と定めを設けていた場合には、退職金の不支給・減額、すでに支払っていた退職金の返還を求めることを認められる場合があります(裁判例として、大阪地方裁判所昭和63年11月2日判決)。
もちろん、このような場合にも、当該従業員にこれまでの功績を抹消させるほどの著しい不信行為があったと評価できなければなりません。
4.退職金の不支給・減額に関して弁護士に相談するメリット
懲戒解雇した従業員の退職金を不支給・減額するかどうかについて、弁護士に相談することには次のようなメリットがあります。
- 退職金の不支給・減額の可否についてアドバイスを受けられる
- 訴訟などの法的リスクを抑えながら対応を進めることができる
- 訴訟に発展した場合も手続を一任できる
順にご説明します。
(1)退職金の不支給・減額の可否についてアドバイスを受けられる
退職金の不支給・減額を有効に行うにはすでに述べたようなたくさんの要件を満たす必要があります。
また、要件を満たしているように見えても、就業規則の定め方に問題があったり、これまでの功績を抹消させるほどの著しい不信行為があったとまではいえなかったりというケースも考えられます。
弁護士に相談することによって、法令や判例等を踏まえた専門的なアドバイスを受けることができるので、退職金の不支給・減額について、精度の高い判断を行うことができます。
(2)訴訟などの法的リスクを抑えながら対応を進めることができる
万一、要件を満たさないのに、退職金の不支給・減額に踏み切ってしまうと、懲戒解雇や不支給・減額そのものが法律に反することとなり、無効と判断されることになってしまいます。
そうなると、当該従業員からも、懲戒解雇や退職金の不支給・減額の有効性を争われ、訴訟を提起されるリスクもあります。
これに敗訴すると、退職金のみならず、従業員の地位を失っていないとした場合の未払い賃金の支払まで必要となり、多大な債務を負うことになりかねません。
弁護士に相談することによって、専門的知見を基に、法的リスクを把握しながら対応を進めることができます。
(3)訴訟に発展した場合も手続を一任できる
万一訴訟に発展した場合、自ら対応するのは時間的にも労力的にも負担が大きいものです。
あらかじめ弁護士に相談しておくことで、訴訟に発展した場合も手続を一任することができます。
まとめ
本記事では、懲戒解雇による退職金の不支給・減額に関する要件や注意点などについて解説しました。
従業員に対する退職金の不支給・減額については、懲戒解雇の有効性から争われることも多く、訴訟などに発展するリスクもあります。
従業員への対応に不安や疑問がある場合には、専門家である弁護士に一度相談することをおすすめします。
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