過失がなくても減額される?~素因減額~

交通事故と発生した損害に因果関係が認められた場合であっても、その損害の発生や拡大について、被害者の側にも要因(素因)があり、それが影響していると認められる場合に、その影響の程度に応じて、加害者が負う損害額を減額することができるかどうか、という問題があります。
これを「素因減額」といい、交通事故の賠償実務において、当事者間でよく争いになる問題の一つです。
現行法上、この素因減額について、直接定めた法律は存在しません。しかし、実務上は、不法行為一般に当てはまる、当事者間の損害の公平な分担という観点からすれば、素因減額は認められて然るべきと考えられており、裁判でも、損害の発生及び拡大に関し、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」(民法722条2項)という「過失相殺」の規定の類推適用(ある事柄に関する規定の趣旨を別の事柄にも及ばせて適用すること)により、素因減額が行われています。
素因減額が争われる場合、大きく分けて、損害の発生・拡大に被害者の心因的な素因が影響していると主張される場合と、体質的な素因が影響していると主張される場合があります。

心因的素因

心因的素因については、被害者のもともとの性格が特異であったり、うつ病などの既往症などがあり、症状が遷延化したことで治療期間が長期に及んだ場合や、PTSDなどの精神疾患が後遺症として残ってしまった場合などに問題となります。

(1)素因減額についてのリーディングケースである最高裁昭和63年4月21日判決の事案は、事故態様自体は軽微で、また、被害者の傷病も、いわゆるむち打ちのみであったにもかかわらず、事故の11年後に症状が固定するまで入通院を続けたというものでした。
裁判所は、事故との因果関係が認められる損害を事故後3年間に限定して認めたうえで、その3年間の損害についても、被害者の特異な性格や、初診医の常識はずれな診断に対する過剰な反応、回復への自発的意欲の欠如などが原因となって症状が悪化を招いたものと考えられるとして、事故後3年間にわたって被害者に生じた損害を、全部加害者に負担させることは、公平の理念に照らして相当ではない、と判断しました。
そして、被害者の損害の拡大については、被害者自身の心因的要因が寄与していることが明らかであるとして、損害額の4割の限度で賠償を認めました(つまり、損害の拡大の6割は被害者側に要因があったと認めたということになります)。

(2)他方で、同じむち打ち症の傷害を負った被害者が、事故後1年2か月程度入通院を続けていたという事案の東京地裁平成元年9月7日判決では、被害者が精神的な影響を受けやすい類型の人間であることを認めながらも、素因減額を、心因的要因による損害拡大を、加害者に負担させるのが損害の公平な分担の観念に照らして著しく不当と認められるような場合に限定し、「加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならない。」のが不法行為法の基本原則である、として心因的要因による素因減額を認めませんでした。

(3)これらの2つの裁判例からすると、どのような場合に心因的要因による素因減額が認められるかは、損害の公平な分担という不法行為法の趣旨の下、実際に発生した損害が、事故態様や傷病などから、通常発生する程度、範囲を超えているか否かにより判断されることになると思われます。

ただし、「通常発生する程度、範囲を超えているか否か」については、明確な判断基準が存在するわけではないため、個別的な事情をもとに、他の事案との比較において具体的に検討することが必要になるでしょう。

体質的素因

体質的素因は、事故発生前から、被害者の身体に既往症があった場合に問題となります(ヘルニアや脊柱管狭窄症などが多く見られます)。また、過去には、被害者の身体的特徴も、素因減額に当たって考慮されるべき素因に当たるか否かが問題となりました。

(1)体質的素因による素因減額を認めた最初の最高裁判例は、最高裁平成4年6月25日判決です。
同判決は、事故前に一酸化炭素中毒に罹患していた被害者について、事故によって頭部打撲傷の傷害を受けた後、様々な精神障害が生じ、事故から3年後、呼吸困難により死亡したという事案につき、被害者の死亡は、頭部打撲傷のほかにも、事故前の一酸化炭素中毒も原因となっていたことが明らかであるとして、被害者に生じた損害について、一酸化炭素中毒の態様、程度等の事情を斟酌し、損害の50%を減額するのが相当と判断しました。
事故前の疾患が素因となって死亡した事案以外にも、治療期間の長期化や後遺障害の発症による損害に関して、無症状であったものの、事故前からすでに生じていた後縦靭帯骨化症が、損害の拡大へ影響したと認められるとして、素因減額が行われた判例も存在します(最高裁平成8年10月29日判決)。

(2)上記の無症状の後縦靭帯骨化症の最高裁判決とは別に、もう一つ、素因減額に関する最高裁判決が同じ平成8年10月29日に出されています。
同判決は、被害者が平均的な体格に比べて首が長く、頚椎に不安定症があるという身体的特徴があったという事案ですが、裁判所は、そのことが頚椎損傷の症状の発生・拡大に寄与したと認めながらも、身体的特徴は、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情がない限り、損害賠償額を定めるに当たって斟酌することはできないと判断しました。
この判決は、首長判決と呼ばれていますが、疾患に当たらない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているので、特別考慮すべき体質的素因として減額すべきではないと判断したものです。ただし、「通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する場合」については、素因減額が認められる可能性を残している点については注意が必要となります。

(3)以上のように、体質的素因については、「疾患」に当たるものは素因減額が肯定され、「身体的特徴」にとどまるものについては素因減額が否定される傾向にあります。ただし、「疾患」か「身体的特徴」かの境目は必ずしも明確ではないため、その点で争いが生じる可能性があります。

素因減額の問題は、そもそも、発生した「損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるもの」であることが前提となっています。そのため、損害の発生・拡大について、素因による多少の影響が認められるとしても、損害が通常の範囲に収まる限りは、素因減額の基礎とされるべきではありません。この当たりについては、保険会社と賠償交渉をしていると、素因となるような事情があるだけで、減額されるべきと主張されることもありますが、必ずしも減額されるものではないため、個人で交渉されるときは注意が必要です。 素因減額については、どのような場合に肯定され、または否定されるのかは、極めて困難な問題です。もし相手方との交渉の中で、素因減額について争いが生じてしまったような場合は、お一人で悩まずに、まずはご相談頂ければと思います。

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