従業員を出向させる際に契約書が必要か?出向契約書に記載すべき事項とは?

「従業員を出向させる場合、契約書は必要になる?」
「出向契約書にはどのような事項を記載すべきか知りたい」

この記事をご覧の経営者の方の中には、従業員に対して関連会社等への経営指導や技術指導などのために出向を命じることを検討している方がいるかもしれません。

本記事では、出向の際の契約書の必要性や、契約書の記載事項、契約書の作成を行う際の注意点などについて解説します。

この記事を読んで、従業員を出向させる際に適切な対応を行うための参考となれば幸いです。

1. 出向契約の概要

出向とは、従業員が所属企業との関係を保ちながら、関連する他の企業で働くことをいいます。

ここでは、この出向に関する契約の概要について解説します。

(1) 出向契約とは

従業員の出向を行う際、関係する当事者の間で締結されるのが出向契約です。

出向は、従業員が出向する際に、もといた企業(出向元企業)に籍を置いたまま出向先の企業との間でも雇用関係を形成する「在籍出向」、もといた企業との雇用関係は終了させ出向先の企業との間で雇用関係を形成する「転籍出向」の2つに分かれます。

#1:在籍出向

在籍出向とは、従業員が出向先企業の籍を残したまま、出向先企業で、その企業の業務に従事することをいいます。

単に「出向」という場合、こちらの在籍出向を指していることが多いです。

この場合、出向元企業、出向先企業、従業員の3社の間で契約を締結することになります。

また、在籍出向中の従業員の労働時間や休日などの勤務形態は、指揮命令権を持つ出向先企業の就業規則によって決められます。

その他、賃金等の支払については契約によって取り決められることが多いです。

#2:転籍出向

転籍出向とは、従業員が出向元企業との労働契約関係を終了させて、出向先企業との間で雇用契約を締結し、その企業の業務に従事することをいいます。

転籍出向は、在籍中の企業との労働契約を合意解約して、出向先の企業と新たな労働契約を結ぶ方法と、在籍中の企業と出向先の企業の間で、対象の従業員の労働者としての地位を譲り渡す方法の2つがあります。

いずれを行うにも、従業員と出向先企業との間で契約を締結することとなり、従業員の同意が必要となります。

このように、転籍出向はその形式上、単に出向先企業と従業員が新たに契約を締結するものであり、通常の雇用契約と変わりないことが多いです。

前記のとおり、「出向」という場合には在籍出向が利用されていることが多いため、以下の解説では、在籍出向の場合を前提としています。

(2) 出向を命じるための要件

従業員に出向を命じるには、以下の3つの要件を満たしている必要があります。

従業員に出向を命じるための要件

  1. 就業規則または労働契約において出向がありうる規定があること
  2. 出向に関する事項について詳細な規定があること
  3. 出向命令が権利の濫用にあたらないこと

以下、それぞれの要件について順にご説明します。

#1:就業規則または労働契約において出向がありうる規定があること

出向を命じるには、原則として、従業員の個別の同意が必要です(民法625条1項)。

個別の同意がない場合には、会社の就業規則や労働契約に出向の根拠規定があり従業員に周知されているときや、採用の際に出向について同意を得たときには、従業員の包括的な同意があったと考えられます。

このような従業員の包括的な同意があるときは、さらに以下の#2の要件を満たせば、従業員の個別の同意がなくても出向を命じることができます。

#2:出向に関する事項について詳細な規定があること

従業員の包括的な同意がある場合、就業規則に出向に関する事項について詳細な規定を設けていれば、企業は、従業員に対し、出向を命じることができます。

具体的には、就業規則に、出向規定等として、出向先での賃金や労働時間、出向期間、復帰の仕方などを従業員の利益に配慮する形で定めており、出向規定等に従業員に著しく不利益な内容を含んでいないといえることが必要です(最高裁判所平成15年4月18日判決)。

#3:出向命令が権利の濫用にあたらないこと

出向を命じるには、出向命令が権利の濫用にあたらないことが必要です(労働契約法14条)。

嫌がらせや退職勧奨を目的とした出向命令は、権利の濫用であるとして認められないことがあります。

権利の濫用にあたるかどうかは、出向命令の業務上の必要性、出向命令の対象の労働者の選定の合理性、出向者の労働条件上・生活上の不利益などの事情に照らして判断されます。

権利の濫用でないと判断された例としては、従業員が提携関係のある会社に出向を命じられた事案で、出向命令が対象の従業員の希望を踏まえて発令されていることから、業務上出向命令の必要性があり、出向により労務提供先も業務内容も変わるものの、出向先の業務内容について事前に説明会を設けており、当該従業員は担当業務を十分理解していたこと、補償規定を設けて経済的不利益が大きくならないように配慮していたことなどの事情を考慮して、出向命令を有効としたもの(東京地方裁判所平成28年3月9日判決)。

(3) 出向契約書を作成する必要性

従業員を出向させる場合、出向元の企業と出向先の企業は出向契約を結ぶ必要があります。

出向中、従業員は出向元と出向先、両方と雇用関係にあるため、当事者が三者存在することになります。

業務災害などが発生し、従業員と出向先、従業員と出向元、出向先と出向元との間で問題が発生して紛争になった場合に備えて、そのような問題の責任はだれが負うのか、明記する必要があります。

また、従業員の雇用をめぐる出向元と出向先の義務が明確になってさえいれば、出向元も出向先も、トラブルを避けるためになすべきことがはっきりしますから、トラブルを未然に防ぐことにもつながります。

2. 出向契約書の記載事項

次に、出向元と出向先が出向契約書に記載すべき事項について解説します。

具体的には、以下のとおりです。

出向契約書の記載事項

  1. 当事者に関する情報
  2. 出向期間
  3. 出向先での職務内容
  4. 出向先での労働条件
  5. 出向中の従業員の地位
  6. 賃金・社会保険料に関する取り扱い
  7. 出向状況の報告
  8. 復職の条件

順にご説明します。

(1)当事者に関する情報

在籍出向の場合、出向契約の契約当事者は出向元と出向先です。

また、出向する従業員の氏名を記載することも重要です。

(2)出向期間

出向期間を明記する必要があります。

(3)出向先での職務内容

出向先の業務内容として、勤務地や所属、役職、業務内容などを明記することが重要です。

(4) 出向先での労働条件

就業時間や所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間について記載します。

(5)出向中の従業員の地位

出向中の従業員の地位について記載します。

出向中は、出向元では休職扱いとするとすることが多いです。

このほか、出向期間中の期間を会社の勤続年数に通算することで、出向によって退職金や昇給の計算が不利にならないようにすることが一般的です。

なお、出向中の従業員に適用される就業規則についてですが、秘密保持義務や誠実義務など、就労に関すること以外の項目は出向元のものも適用され、労働時間、職務規律などは就業先のものが適用されることが多いです。

(6)賃金・社会保険料に関する取り扱い

賃金、健康保険、厚生年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険それぞれにつき、出向元と出向先のいずれが負担するのかを明記しておくことが重要です。

(7)出向状況の報告

従業員が出向元に対し、出向状況の報告を行うための方法などを定めます。

報告は従業員自ら行う場合と、出向先が行う場合の両方が考えられます。

(8)復職の条件

従業員が出向元に復職するための事由を定めます。

3. 出向契約書を作成する際の注意点

信用情報の回復後の注意点

出向契約書を作成するにあたっては、以下の点に注意が必要です。

出向契約書を作成する際の注意点

  1. 賃金の支払や社会保険料の取扱いは詳細な記載をする
  2. 人事評価に関する方法についてあらかじめ出向元・出向先で共有する
  3. 出向命令が違法と判断されないように注意を払う

順にご説明します。

(1) 賃金の支払や社会保険料の取扱いは詳細な記載をする

出向契約書に、賃金や社会保険料の取扱いを明記しておかなかった場合、いずれが負担するのか、出向元と出向先の間で争いになるリスクがありますから、詳細に記載しておくことが重要です。

賃金については、出向元の基準を適用する例と、出向先の基準を適用する例があります。

出向先の賃金の基準を適用する場合、出向元と比べて不利益にならないよう注意する必要があります。

出向元と比べて支給額が減少する場合には、出向元が補填するなどの対策をとることが重要です。

なお、賃金の支払方法については、出向先が従業員に支払う方法と、出向元が支払い、出向先から出向元に対して分担金が支払われる方法があります。

(2) 人事評価に関する方法についてあらかじめ出向元・出向先で共有する

出向する従業員の人事評価は、出向先の評価方法で行われることが多いです。

その一方で、残業代、賞与、退職金は、出向元の規定によって計算して支給されます。

出向元と出向先の間で齟齬が生じないように、人事評価に関する情報をあらかじめ出向元・出向先で共有することが大切です。

(3)出向命令が違法と判断されないように注意を払う

出向命令が違法と判断されることのないよう、注意を払うことが大切です。

すでに解説したように、出向元企業は、従業員の出向の同意を得たり、出向規定等によって、出向先での賃金や労働時間、出向期間、復帰の仕方等が従業員の利益に配慮する形で定めたり、権利濫用にならないように配慮したりしなければなりません。

まとめ

本記事では、出向契約書の記載事項や作成の際の注意点などについて解説しました。

出向元と従業員との関係では、出向規定等は従業員が出向に関して同意をしたことの1つになります。

そのため、出向規定等がなければ、従業員から、出向元には出向命令権がないと主張される恐れがあります。

また、出向命令に業務上の必要性がないなどの事情があれば、従業員から、権利濫用であると主張され、出向契約が無効となってしまう可能性があります。

また、出向元と出向先の関係では、出向契約書を作成することは、出向元と出向先が出向の条件について合意したことの証拠の1つとなります。

そのため、出向契約書を作成しなければ、給料や社会保険料をいずれが負担するのか、などといった点で出向先と争いになる可能性があります。

従業員や出向先への対応に不安や疑問がある場合には、専門家である弁護士に一度相談することをおすすめします。

執筆者 淵脇 龍雄 弁護士

所属 第二東京弁護士会

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