労働審判で訴訟移行する場合はどうする?弁護士が対応について解説

執筆者 実成 圭司 弁護士

所属 第二東京弁護士会

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「労働審判で終了せずに、訴訟移行となった場合の手続の流れを知りたい」
「労働審判から訴訟移行しそうだが、訴訟移行となった場合のリスクを知りたい」

本記事では、労働審判が訴訟に移行する場合とはどのような場合か、労働審判が訴訟に移行する場合の手続の流れ及び会社側の注意点についてご説明します。

1.労働審判から訴訟に移行する場合とは?

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そもそも、労働審判手続とは、解雇、残業代請求等の会社と労働者個人との間の紛争について、裁判官である労働審判官1名と、労使団体から推薦され任命された労働審判員2名の合計3名で構成される労働審判委員会が、原則として3回以内の期日で集中審理を行い、調停の成立による解決(すなわち話し合いでの解決)の見込みがある場合にはこれを試み、調停によって紛争が解決できない場合には、事案の実情に即して解決するための審判を下す手続をいいます。

統計によれば、労働審判手続では、約7割が話し合いでの調停で解決し、審判での解決と合わせると、約8割が労働審判で解決していますが、逆に言えば、残りの2割は、労働審判手続で解決していないことになります。

労働審判手続で解決しない場合とは、①労働審判に対する適法な異議があった場合、②労働審判法24条により労働審判手続が終了した場合及び③労働審判の取消しがされた場合、の3つが考えられます。

以下では、特に重要な①及び②についてご説明します。

(1)①労働審判に対する適法な異議があった場合

まず、労働審判に対し異議申立てがなされた場合が挙げられます。

労働審判手続では、労働審判委員会は、調停案を当事者双方に示して調停の成立を試み、当事者の双方又は一方が調停での合意に応じずに調停成立に至らなかった場合に、労働審判という判断を下します。

労働審判手続の申立人及び相手方は、労働審判委員会が行った労働審判に対し、審判書の送達又は労働審判の告知を受けた日から2週間以内に、書面により異議申立てをすることができます。

労働審判に対してかかる異議申立てがなされなかった場合、労働審判の内容が確定します。

つまり、労働審判手続での解決ができたということができます。

他方で、労働審判に対して適法な異議申立てがなされると、労働審判は効力を失います。

そして、労働審判手続の申立てにかかる請求について、当該労働審判の申立ての時に、当該労働審判が係属していた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされます。

要するに、労働審判の申立てがなされたのではなく、当初から訴えの提起がなされたと扱われるということです。

労働審判がなされたケースのうち、約6割で当事者から異議申立てが行われ、訴訟手続きに移行しています。

(2)②労働審判法24条により労働審判手続が終了した場合

次に、労働審判法24条により終了する場合が挙げられます。

労働審判委員会が事案の性質に照らし、労働審判手続を行うことが紛争の処理かつ適正な解決のために適当でないと認めた場合、労働審判手続を終了させることができます。

これが、労働審判法24条1項による終了(実務上、いわゆる「24条終了」と呼ばれています。)です。

様々な事情により、3回以内の期日で適正に解決することが困難であるような事件は、労働審判委員会の判断によって労働審判手続を行うことが適当ではないものとして、労働審判法24条による手続を終了させられることがあります。

例えば、法律の解釈が分かれている規定の適用が問題となるような事件、残業代請求事件で、労働時間性が争われているのに、客観的証拠に乏しい事件等の、事実認定上の争点が多く、証拠調べに時間を要する事件(第1回期日において、1時間程度で行われることが一般的です。)、相手方(会社側)が労働時間手続期日に出頭しない事件等、相手方(会社側)の協力が得られない場合等です(なお、最後の例について、訴訟では、当事者が欠席した場合は、欠席判決をすることが可能ですが、労働審判手続では、欠席判決をすることができず、申立人側(労働者側)からの申立てのみで労働審判をすることができないことになります。)。

労働審判法24条により終了した場合も、訴訟に移行することとなりますが、(1)の場合と比べると、労働審判手続において事案の解決のための当事者双方の合意を目指す調停が試みられなかった場合も少なくないと思われます。

申立人(労働者)としては、労働審判手続による解決の可能性を想定して、労働審判手続の申立てをするべきでしょう。

2.労働審判が訴訟に移行する場合の手続の流れとは?

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労働審判が訴訟に移行するとどのように手続が進むことになるのでしょうか?

まず、通常訴訟を行う場合には、裁判所に対し、請求の内容を記載した訴状を提出することになりますが、労働審判から訴訟に移行する場合は、労働審判の申立書が訴状とみなされることになります。

つまり、新たに訴状は提出されませんが、多くの裁判所では、実務上、「訴状に代わる準備書面」という書面の提出が求められています。

労働審判手続を経ている場合、申立人(原告)は、労働審判手続を踏まえて、相手方の主張及び証拠と当該労働事件における実質的な争点を把握できているはずです。

そのため、労働審判手続でのやり取りを無駄にしないように、労働審判手続を踏まえた「訴状に代わる準備書面」の提出が求められるのです。

また、訴訟の場合、第1回期日は、口頭弁論手続で行われ、第2回期日以降から、争点整理手続である弁論準備手続又は書面による準備手続が行われます。

労働審判手続の場合は、既に実質的な争点の把握が進んでいるため、第1回期日から、争点整理手続である弁論準備手続又は書面による準備手続が行われる例が多いでしょう。

その他は、通常の訴訟手続と異なることはありません。

双方が準備書面を提出して主張を行い、争点の整理を行って、書証及び人証を調べ、事実認定が行われることとなります。

3.会社側が異議申立てをするにあたっての注意点

労働審判に対する異議申立ては、申立人(労働者)のみならず相手方(企業側)もすることができます。

この時に企業側によって異議申立てをするにあたっての注意点としてどのようなものが挙げられるか見ていきましょう。

労働審判手続が申し立てられる主な事件類型としては、解雇無効を理由とする地位確認請求事件又は残業代請求事件が挙げられます。

これらは、単独で申し立てられることもありますが、その両方が問題となる場合も少なくないでしょう。

(1)解雇無効を理由とする地位確認請求事件

解雇無効を理由とする地位確認請求事件における注意点としては、バックペイが増額する恐れがあることが挙げられます。

会社は、もし解雇無効と判断された場合、解雇が無効と判断されるまでの期間の未払い賃金(いわゆる「バックペイ」)を支払わなければなりません。

労働審判から訴訟に移行した場合、訴訟でも半年から1年程度かかることが想定されますから、未払い賃金がその間発生し続けることとなります。

そのため、労働審判において解雇無効を前提とした労働審判が出されていた場合、会社側としては、訴訟における逆転可能性がどの程度あるのかを検討した上で、異議申立てをしないと、かえって負担しなければならない金額が増えてしまうといえるため注意が必要です。

(2)残業代請求事件

残業代請求事件における注意点としては、「付加金」の支払いが命じられる可能性があることが挙げられます。

「付加金」とは、会社側が割増賃金等、労働基準法上支払義務を課された一定の金員について未払いがあるときに、労働者の請求により、その未払金と同一額の支払いが付加される金員のことをいいます(労働基準法114条)。

その理由としては、割増賃金等を支払わない会社に対する一種の経済的な制裁と理解されていると思われます。

付加金は、労働審判手続では認められません。訴訟に移行し、判決となって初めて問題となります。

労働審判手続において、残業代請求が認められることを前提とした調停案の提示が行われていた場合や、労働審判がなされた場合は、訴訟においても不利な判決となる可能性が低くないことが少なくありません(当然ながらケースバイケースです)。

そうすると、労働審判手続で終了していた場合と比べると、訴訟になることにより最終的に会社側が支払わなければならなくなる金額が増額する恐れがあることになります。

(3)その他

上記(1)及び(2)で説明したように会社側としては、訴訟の結果によっては最終的な支払額が大きく増える可能性があることを念頭に置いて判断をしていく必要があります。

また、訴訟であっても、手続の中で和解が試みられることが一般的ですが、訴訟手続において和解ができなかったとすると、最終的には、裁判官により判決がなされることになります。

そして、判決になると公になるため、例えば、残業代請求事件において判決となった場合、別の従業員からも同様の労働審判・訴訟が提起される可能性が否定できないでしょう。

和解であれば口外禁止等の条件に定めることによって紛争や和解の内容が外部に出ることを防ぐ手立てがあります。

まとめ

本記事では、労働審判が訴訟に移行する場合とはどのような場合か、手続の流れ及び会社側が異議申立てをするにあたっての注意点を順にご紹介しました。

会社側が労働審判を申し立てられ、訴訟に移行しそうとなった場合に参考にしていただけると幸いです。

執筆者 実成 圭司 弁護士

所属 第二東京弁護士会

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