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裁判例: 併合

交通事故
上肢
神経・精神

職業を重視して認定された等級以上の労働能力喪失率を認めた裁判例【後遺障害併合12級】(大阪地裁 平成18年6月16日判決)

事案の概要

交差点の横断歩道上のX運転の自転車に、Y運転の普通乗用車が衝突したという交通事故により、右肩・肘・膝の打撲傷、右肩関節外傷後拘縮、右上肢不全麻痺等の傷害を負ったXがYに対し、損害賠償を求めた事案。

Xの職業は画家だったが、本件事故によって利き手の右手が思うように使えなくなる、絵が書けなくなるなど、主に右上肢に運動機能障害、脱力感、知覚障害などの自覚症状が生じていた。自賠責保険からは、右肩関節の運動機能障害につき後遺障害等級12級6号、右手指の神経症状につき後遺障害等級12級12号(現13号)に該当するとされ、後遺障害等級併合11級の認定を受けていた(他の右膝関節の症状については非該当)。

<主な争点>

①右肩関節の運動機能障害と右手指の神経症状の後遺障害等級
②右手指の神経症状による労働能力喪失率

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 69万7490円 69万7490円
休業損害 294万6904円 254万6005円
傷害慰謝料 80万0000円 80万0000円
逸失利益 5850万0726円 1814万6213円
生活介護費用 441万1025円 0円
後遺障害慰謝料 390万0000円 390万0000円
小計 7125万6145円 2608万9708円
損害の填補 ▲547万8722円 ▲547万8722円
弁護士費用 600万0000円 200万0000円
合計 7177万7423円 2261万0986円

<判断のポイント>

(1)Xの右肩関節の運動機能障害については、自賠責保険から、腱板損傷後の拘縮により、患側の右肩関節の可動域が健側の左肩関節の4分の3まで制限されているとして12級6号の後遺障害が認定されていました。

しかし、裁判所は、症状固定前の検査では健側の4分の3まで制限されていたものの、症状固定後、しばらく経過した後に行われた検査では、可動域が改善され、健側の4分の3までは可動域が制限されていなかったこと、また、可動域制限以外に他覚的所見が認められないことを認定し、右肩関節の症状については、局部の神経症状として14級10号(現9号)に該当すると判断しました。

自賠責保険の後遺障害等級認定は、症状固定日までの症状の経過や治療状況、検査結果を記載した診断書等の書面に基づいて審査され、その審査の結果、認定基準を満たすと判断されれば、後遺障害と認定されることになります。

そのため、本件の自賠責保険の認定は、あくまでも症状固定日までの検査結果に基づくものとして、一概に誤った判断とは言い難いと思います。

他方で、後遺障害は、形式的には症状がずっと残ることが前提となっているので、症状固定後に症状が改善したことにより、後遺障害等級の認定基準を満たさなくなったということであれば、それは後遺障害等級には該当しないと判断されるのもいわば当然であり、裁判所の判断は妥当なものといえるでしょう。

(2)右手指の神経症状については、裁判所は、神経学的所見として、筋力低下や知覚障害、筋電図の異常所見が見られること、事故の態様からすると右腕神経叢不全損傷の可能性も否定できないことから、局部の頑固な神経症状として12級12号に該当すると判断しました。

この点、後遺障害等級12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」として認定されるためには、他覚的所見によって、神経症状の存在が医学的に証明される必要があります。

たとえば、骨折後に生じた神経症状であれば、骨がうまくくっ付いていない(癒合不全)の状態であることが、レントゲン画像によってはっきり分かる場合には、神経症状の存在が医学的に証明されているものとして、12級が認定される可能性は高いです。

この事案で裁判所は、Xの右手指の症状の原因として認定した、右腕神経叢不全損傷について、画像所見等が存在しないことから、「可能性も否定できない」と直接的な表現は避けていますが、神経学的検査の結果、多数の異常所見が認められることや、事故態様などにより、間接的に証明されたものとして12級の後遺障害を認定したものと思われます。

画像所見のような直接的な証拠がなくても、間接的な証拠の積み重ねによって、神経症状の存在が証明されるという、X側の立証活動が功を奏した例といえるのではないでしょうか。

(1)前置きが少し長くなりましたが、今回の事案で着目すべきは、裁判所が認定したXの労働能力喪失率です。

上記のように、右肩関節の運動機能障害について14級の局部の神経症状として認定された結果、Xの後遺障害等級は、併合11級ではなく、併合12級と、自賠責保険の認定よりも下の等級が認定されました。
もっとも、Xの労働能力喪失率について、裁判所は、Xが画家としての能力を喪失していると認められること、Xの年齢(症状固定時61歳)や経歴、後遺障害の程度を考えると、Xが就くことができる職業がかなり限られることを考慮すると、労働能力の喪失の割合は、一般的な事例と比較して大きく評価するのが相当であるとの判断を示しました。

そして、後遺障害の部位が右手指と右肩のみで、身体全体の機能はかなりの割合で維持されているため、Xの主張していた100%の労働能力の喪失は認めなかったものの、50%という喪失率を認定しました。

(2)後遺障害等級12級の労働能力喪失率の目安は、14%とされており、裁判所も、この目安に従って喪失率を認定するのが通常です。

もっとも、この喪失率はあくまでも目安に過ぎないため、それ以上に労働能力が喪失していることが立証されれば、より高い喪失率が認定されることもあります(逆に低い喪失率が認定される場合もあります)。

今回は、Xが、本件事故当時、画家として絵画教室を行い、また、描いた絵画を展覧会に出品し、販売するなど、絵画のみで生計を立てていたこと、後遺障害により利き手である右手で絵を描くことができなくなったことなどの事実が認定されており、これに61歳という年齢や経歴から、他の職業に就くことが難しいという事情も考慮されて、目安の14%を大きく上回る50%という労働能力喪失率が認定されました。

労働能力喪失率は、仕事にどれだけ影響を及ぼすか、という点が大きいため、後遺障害の程度もさることながら、被害者の方の職業やその職業と後遺障害が残存した身体の部位との関係が重視されます。

たとえば、骨盤や右橈骨の骨折後の神経症状につき併合14級が認定されたダンスのインストラクターについて、神経症状によって身体の部位の可動域が制限され、指導ができなくなったことなどから、同様に50%の労働能力の喪失を認めた裁判例もあります(札幌地裁平成27年2月27日判決)。

神経症状の後遺障害で50%という喪失率が認定されるのは、かなりレアケースですが、裁判では様々な事情が考慮されて、事実認定や評価が行われるため、目安とされる喪失率を超える割合を認定した事案は、少なからず存在します。

しかし、目安よりも高い喪失率が認定されるためには、その根拠となる事情についてしっかりと主張立証することが必要でしょう。

目安とされる労働能力喪失率や喪失期間よりも実際の影響が大きいと考えられる職業の方でも、示談交渉において、相手方の任意保険会社が目安より高い喪失率や喪失期間を認めることはかなり少なく、逆に目安よりも低い提示さえしてくることも珍しくありません。

相手方の提示に納得が行かないという場合には、まずはご相談いただければと思います。

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交通事故
上肢
顔(目・耳・鼻・口)

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例(横浜地裁 平成30年9月27日判決)

事案の概要

横断歩道を青信号で自転車に乗車して横断していたAが、赤信号を無視したY運転の自動二輪車に衝突され(本件事故)、右小指深指屈筋腱断裂、右眼窩底骨折、右頬骨骨折等の障害を負い、約11か月の入通院治療後に症状固定となり、自賠責保険から後遺障害10級1号(右眼資力低下)、13級6号(右小指機能障害)、14級9号(右頬部、口唇、口腔内のしびれ)に該当するとして、併合9級が認定された。

Aは症状固定日の3日後に、別件事故で死亡し、Aの遺族であるX1、X2及びX3は、別件事故の加害者に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部認容判決を受けた。同判決において、Aは死亡による労働能力喪失率が100%で逸失利益が認定された。

その後、Xらは、本件事故に関し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<争点>

第2事故の訴訟で逸失利益に関して労働能力喪失率100%で損害認定を受けたことが、第1事故での逸失利益算定に影響を与えるか否か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 ※1
文書料 5万3812円 5万3812円
器具装具代 2万0331円 2万0331円
入院雑費 4万0500円 4万0500円
通院交通費 3510円 3510円
入院付添費 17万5500円 0円
休業損害 48万2909円 48万2909円
入通院慰謝料 180万0000円 175万0000円
逸失利益 2342万0639円 1338万3222円
後遺障害慰謝料 690万0000円 690万0000円
小計 9万0673円 1万8113円
弁護士費用 330万0000円 210万0000円
合計 3628万7874円 ※2 2319万7714円

※1 労災保険利用のため、治療費は損害として計上されず。
※2 受領済みの自賠責保険金から、受領日までの遅延損害金を差し引いた金額を控除した金額

<後遺障害を負った被害者が死亡した場合の逸失利益の算定について>

被害者が事故による受傷後、後遺障害が生じた場合に認められる逸失利益は、労働能力の喪失により、将来得られるべき利益を得られなくなった損害として認められるものです。

そのため、後遺障害を負った被害者が、賠償上、逸失利益の金額が確定する前に別の原因で死亡してしまった場合、そもそも逸失利益を算定するに当たっての労働能力喪失期間は、死亡時までのものに限定されるのではないか、という問題が生じます。

しかし、この点に関しては、最高裁平成8年4月25日判決で、交通事故の時点で、被害者に死亡する原因となる具体的な事由が存在し、近い将来、死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡によって、逸失利益の算定の基礎となる労働能力の喪失期間は左右されないという判断を示しました。

したがって、賠償実務上も、上記の最高裁判例にならい、原則として、被害者が死亡した場合でも、逸失利益は死亡後の労働能力喪失期間も含めて計算されることになります。

<本件の問題点>

(1)本件も、本件事故で後遺障害を負った被害者Aが、その賠償金額が確定する前に別件事故で死亡した事案なので、上記の最高裁判例に従えば、認定された後遺障害等級を前提に、逸失利益が算定されることになるのが原則です。

しかし、本件では、特殊な点として、別件事故の訴訟で、Aの死亡による労働能力喪失率を100%として、逸失利益が認定されたという事情がありました。

(2)この事情によって生じる問題として、別件事故によって、すでに死亡後の労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認められている以上、本件事故でも同じ期間分の逸失利益を認めることは、いわば逸失利益の二重取りになるのではないか、という点があります。

(3)また、本件事故でのXらの後遺障害による逸失利益が認められるとの主張を前提とすると、別件事故の時点で、Aはすでに本件事故によって労働能力が一部喪失していたとして、それを前提に、逸失利益が算定されるべきとも考えられます。

しかし、Xらは別件事故の訴訟において、別件事故の当時、Aが完全な労働能力を有していたことを前提として、逸失利益を請求し、100%の労働能力喪失率が認められたので、果たして本件事故で、後遺障害による労働能力の喪失を主張することが、別件事故でのXらの主張と矛盾するものとして許されないのではないか(信義則に反しないか)、という点も問題となります。

そして、実際にY側は、上記の点を主張して、Aの逸失利益を争いました。

<裁判所の判断>

(1)裁判所は、まず、上記の最高裁平成8年判決を引用し、本件では、同判決の示すような特段の事情は存在しないため、別件事故での死亡の事実を労働能力喪失期間の認定において考慮すべきではない、としました。

そのうえで、逸失利益の二重取りにならないかという点については、別件事故の訴訟での主張立証の結果、100%の労働能力喪失率で逸失利益が認定されたからといって、Yが本来負うべき賠償義務を免れるのは相当ではなく、二重取りの問題については、Xらと別件事故の加害者との間で解決すべき問題であるとしました。

(2)また、Xらの主張が信義則違反に当たらないかという点についても、別件事故の訴訟当時は、本件事故によるAの労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、後遺障害等級認定もされていなかったから、Xらが別件事故の訴訟で本件事故によるAの労働能力喪失を主張しなかったとしても、信義則違反には当たらないとしました。

(3)そして、結論として、別件事故の訴訟において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えず、逸失利益は認められる、と判断しました。

まとめ

本件の判決は、最高裁平成8年判決の判断に従って、Aの後遺障害逸失利益を認めたものですが、別件事故の訴訟で認められた逸失利益と、本件事故による逸失利益の両方を認めることについては、それが二重取りであることを否定しているわけではありません。

実際、Aの死亡後の労働能力喪失期間中の逸失利益は、別件事故の訴訟で認められているわけですから、さらに後遺障害逸失利益まで認められるというのは、違和感はあります。

しかし、判決も示しているとおり、最高裁平成8年判決に従えば、本来、YがAの後遺障害逸失利益については、Aの死亡後の分もその責任を負うべきものであり、別件事故での死亡逸失利益が認められたからといって、その責任を免れるというのは、相当ではないといえます。

本来は、別件事故の訴訟において、本件事故でAに生じた後遺障害による労働能力喪失を前提として死亡逸失利益が算定されるべきであったともいえますが、必ずしも先に起こった事故について、先に解決しなければいけない、という法律もないため、この点は、やむを得ないことといえるでしょう。

逸失利益は、不確定要素の大きい将来の損害であるため、その算定に当たっては、様々な問題が生じ、当事者間で激しく争われる損害の1つです。

そのため、適切な賠償を受けるためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な主張が必要不可欠です。

適正な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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交通事故

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既存障害と同一部位を受傷したことにより残存した後遺障害について、加重を認めなかった裁判例【後遺障害併合9号】(大阪地裁平成25年1月29日判決)

事案の概要

グラフィックデザイナーであるXがバイクを運転して走行していたところ、道路路肩に停車していたY運転の乗用車がウインカーを出さずに発進し、転回してきたためにXに衝突し、左尺骨遠位端骨折、左大腿骨骨折、第5左肋骨骨折等の傷害を負ったため、XがYに対し損害賠償を求めた事案。

Xに残存した症状は、損保料率機構より、左尺骨遠位端骨折に伴う左手関節の機能障害について、後遺障害等級10級10号、左尺骨遠位端骨折後の変形障害について12級8号、左膝関節の可動域制限について12級7号、左足の付け根の痛みについて14級9号が該当し、両腕のしびれと痛みについては後遺障害には該当しないと認定され、上記を総合的に考慮し、後遺障害等級併合9級が認定されていた。

なお、Xは過去にも2度、今回の事故と同じ部位を負傷して、一方の事故では左下肢の短縮障害(13級8号)と左膝部の神経症状(12級13号)で併合11級、他方の事故では右足関節の神経症状(12級13号)の後遺障害が認定されていた。

<主な争点>

①過去の後遺障害による加重の是非
②Xの具体的な労働能力喪失率

<主張及び認定>

主張 認定
治療費(既払金) 250万円 250万円
入院雑費 12万円 12万円
通院交通費 61万円 60万円
通信費 3万円 3万円
休業損害 800万円 528万円
逸失利益 4210万円 1661万円
入通院慰謝料 260万円 245万円
後遺障害慰謝料 830万円 670万円
既払金 ▲1373万円 ▲1373万円
遅延損害金 67万円 67万円
弁護士費用 400万円 206万円
合計 5521万円 2331万円

<判断のポイント>

(1)過去の後遺障害による加重の是非

本件では、Xが過去の事故によって生じていた後遺障害との関係で、本件事故によって生じた後遺障害が、加重障害に当たるかどうかが問題となりました。
自賠責保険における後遺障害等級認定制度では、既存障害が存在する身体の部位と同一部位に、事故によって、さらに重い後遺障害が残った場合、その障害は加重障害と扱われます。この場合、既存障害を考慮して、重い後遺障害等級に相当する保険金から、既存障害の後遺障害等級に相当する保険金の額を差し引いて、支払金額が算定されることになります。

たとえば、すでに肩関節について後遺障害12級6号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の4分の3以下に制限されているもの)の障害に該当する症状を呈していた人が、交通事故によって肩関節を負傷し、10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の3分の1以下に制限されているもの)の障害に該当する症状が残ってしまった場合は、10級10号の自賠責保険金に相当する461万円から、12級6号の自賠責保険金224万円を差し引いた、237万円が支払われることになります。

既存障害がある部位と同一部位について、事故によってさらに重い後遺障害が残った場合に、既存障害を考慮せずにそのまま重い後遺障害等級に相当する保険金が支払われるのは公平ではないことから、このような加重障害の制度が定められているのです。
そして、後遺障害が認定された場合、事故の相手方に対する損害賠償請求では、一部の後遺障害を除き、逸失利益が認められますが、その算定の際に用いられる労働能力喪失率についても、加重障害によって生じた労働能力の喪失率から既存障害により生じている喪失率を差し引いて、計算するという手法が取られることがあります。

(2)本件におけるYの主張と裁判所の判断
Yは、Xが本件事故当時、過去の交通事故による既存障害により少なくとも20%の労働能力を喪失していると考えられることから、本件事故によるXの労働能力喪失率は、多くとも9級の喪失率35%から11級(併合)の喪失率である20%を差し引いた15%のみが労働能力喪失率として認められるべきであると主張しました。
しかし、裁判所は、左下肢の短縮障害と左膝部の神経症状の後遺障害について、本件事故と負傷部位が共通することは認めながらも、左下肢の短縮障害については、本件事故の後遺障害等級認定において加重障害に当たらないとして後遺障害としては評価されていないこと、左膝部の神経症状については、その症状固定時期から13年以上経過しているため、それだけの期間が経過すれば、馴化により、労働能力を回復することも十分考えられるとして、これらの症状によりXの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断しました。

また、右足関節の神経症状についても、本件事故によって負傷した部位とは別個であることから、その存在を考慮して、Xの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断して、Yが主張するような15%のみの労働能力の喪失率を認定することはしませんでした。

(3)コメント
本件事故でXに残存した左足の付け根の痛み及び左膝関節の可動域制限と、過去の事故で生じた左下肢の短縮障害及び左膝部の神経症状は、いずれも左下肢を負傷したことにより生じた後遺障害であるため、上記のような自賠責保険の加重障害の考え方からすると、本件事故で生じた後遺障害については加重障害に当たるともいえ、その場合、労働能力喪失率は、既存障害による喪失率を差し引いて考えられるべきとも思えます。
しかし、裁判所は、損保料率機構が左下肢の短縮障害との関係で左膝関節の可動域制限を加重障害に当たらないものとしたことをもって、その判断に従い、加重障害とは認めませんでした。具体的な判断理由は示されていませんが、いずれも左下肢に負傷しているとはいえ、足全体について短縮が生じていることを後遺障害と評価される短縮障害と、膝関節の可動域が制限されていることを後遺障害と評価されるものが加重障害として判断されるのは違和感があるため、これを加重障害と評価しなかった裁判所の判断は妥当なものであると思います。

なお、左膝部の神経症状については、上記のとおり症状固定から13年以上経過していることを理由として、すでに労働能力の喪失が回復していると考えられることをもって本件事故により生じた後遺障害の労働能力喪失率を低減させることを否定していますが、これは、賠償実務上、神経症状の後遺障害については、5年ないし10年もすれば自然に回復するであろうと考えられていることによるものと思われます。

(4)Xの具体的な労働能力喪失率

①のように、裁判所は加重によるXの労働能力の喪失率の低減については否定しましたが、本件事故によってXに生じた後遺障害と既存障害は、いずれも下肢に属するものであり、歩行等については相互に関連すること、Xのグラフィックデザイナーという職業や仕事の内容等を考慮すると、労働能力喪失率は30%と評価するのが相当であると判断しました。

(5)コメント
本件事故によりXに生じた後遺障害が、既存障害との関係で加重障害と評価される場合、Y主張のような、前者の労働能力喪失率から後者の喪失率を差し引く形で労働能力喪失率が計算されることになり得るため、本件事故でXに生じた後遺障害の内容からすると、これを加重障害として評価されるべきではないと思いますが、他方で、裁判所の指摘するように、いずれも下肢に属する後遺障害であるため、その影響は相互に関連・重複することになることから、その点を考慮しないとすれば、逆にXを保護しすぎることになってしまいます。

また、Xの職業的には、足よりも手を使う仕事であることからすれば、足に後遺障害が残ったとしても、仕事への影響は限定的であるといえます。

そのため、上記のように、事案に即して具体的にXの労働能力喪失率を認定した裁判所の判断は極めて妥当なものであると思います。

この裁判例のように、過去に後遺障害が認定されていて、その後さらに後遺障害が残るような怪我を負ってしまった場合などは、加重のように複雑な制度が絡んでくることもあり、個人の方ではどのように後遺障害が認定されることになるのか判断が難しいと思います。そのようなことでお困りの際には、まずは当事務所までお気軽にご相談ください。

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交通事故
下肢

自賠責非該当の左足関節機能障害について10級10号を認めた裁判例【後遺障害10級10号】

事案の概要

交差点を自転車で進行中のXが、左方一時停止道路から進入してきたY運転車両に衝突され、頚椎捻挫、左第5中足骨骨折等の傷害を負ったXが、Yに対し損害賠償を求めた事案。

Xの右肩・肘関節疼痛については、自賠責保険から、局部の神経症状として後遺障害14級9号の認定を受け、左足の関節機能障害については非該当との認定を受けていた。

Xは、裁判において右肩関節について10級10号の、左足関節について10級11号の関節機能障害がそれぞれ生じているとして併合9級を主張していた。

<主な争点>

右肩・左足の関節機能障害の後遺障害等級

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 106万9224円 106万9224円
通院交通費 42万4480円 42万4480円
通院看護料 15万0920円 15万0920円
休業損害 230万5888円 125万8111円
通院慰謝料 193万7000円 120万0000円
逸失利益 1631万7170円 1258万7531円円
後遺障害慰謝料 690万0000円 510万0000円
小計 2910万4682円 2179万0266円
過失相殺(1割) ▲217万9026円
既払金 ▲422万6216円 ▲422万6216円
弁護士費用 240万0000円 154万0000円
合計 2727万8466円 1692万5023円

<判断のポイント>

(1)Xは、右肩の神経学的検査やMRI画像所見から、右肩腱板損傷が生じ、それにより右肩の関節可動域が左肩の可動域角度の2分の1以下に制限されているとして、10級10号の関節機能障害に該当すると主張しました。

(2)しかし、裁判所は、事故からまもない時期に作成された診断書に右肩に関する傷害の記載がなく、その際に画像撮影も行われていないこと、診療録上は腱板損傷を窺わせる記載や画像所見の記載がないことなどの理由から、右肩腱板損傷の存在を否定し、右肩に生じている可動域制限と本件事故との因果関係を否定しました。

そのうえで、右肩・肘関節の疼痛については、自賠責保険の認定どおり、14級9号と認めました。

(1)Xは、左足関節自体は骨折していないものの、左第5中足骨骨折による内出血が原因で長期間腫れが生じ、軟部組織が炎症を起こすなどして生じた癒着状態が関節機能障害の原因となっているとして、10級11号の関節機能障害に該当すると主張しました。

(2)この点について、裁判所は、まず、事故直後に左足に長期間腫れが続き、内出血が生じていた事実を認定しました。

そのうえで、関節拘縮の発生機序に関する医師の詳細な意見書に基づき、Xの左足に認められる関節拘縮による可動域制限は、左足の腫れや内出血による関節組織周辺の筋短縮や血流障害等の器質的原因によるものであると認めました。

これに加え、事故態様からもXの左足はかなりの衝撃を受けたと認められるとして、本件事故との因果関係も認め、Xの主張どおり、10級11号の後遺障害等級を認定しました。

まとめ

本件では、右肩の後遺障害については、Xの主張する腱板損傷は否認されましたが、左足の後遺障害については、関節拘縮による可動域制限が認められ、10級11号の認定がされました。

裁判所がこのような認定に至るうえで、特に重視されたのは、医師の意見書だと思われます。

医師の意見書は、その医師の医学的な知見に基づいて、患者に生じている症状が、どのような原因で生じていると考えられるものなのかや、その発生メカニズムなどを、合理的な説明を交えつつ、作成されるものです。

その内容が説得力を有するものであればあるほど、証拠としての価値も高く、後遺障害の認定判断において重視されると言えるでしょう。

本件についていえば、長期間の腫れや内出血が原因で可動域制限を伴うような関節拘縮が生じるかどうか、という点がポイントになっていたものと思われます。

この点について、X側の提出した医師の意見書では、関節拘縮の発生要因として、腫れや内出血等、皮膚、皮下組織の異常を挙げており、また、関節拘縮の生じるメカニズムについても、詳細な説明がなされていました。

そして、裁判所は、この意見書の内容に依拠し、Xに事故後長期間にわたって腫れや内出血が生じていたという事実に基づき、関節拘縮による可動域制限を認定したのです。

このように、医師の意見書は、裁判所が後遺障害等級の認定判断を行うにあたって参考にされるものとして、とても大きな役割を持つものであるため、被害者側としては、充実かつ説得力のある内容の意見書が得られるか否かが重要になるのです。

本件のように、自賠責でも認定されなかった後遺障害等級を裁判所から認定してもらえるケースは、それほど多くはありません。

しかし、裁判所は、自賠責の判断には拘束されずに判断するので、しっかりとした意見書などの証拠が得られれば、自賠責で認定されなくとも、適切な等級認定が得られる可能性があるのも事実です。

後遺障害等級の認定について悩まれている方は、まずは弊所まで一度ご相談ください。

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交通事故
下肢

事故後に発症した右半月板損傷について右膝関節外側痛を認めた事例 【後遺障害12級相当】

事案の概要

X(原告:44歳男性)が、自動二輪車を運転して片側2車線道路の左側車線を進行中、右側車線から左側車線に車線変更したY運転の自動二輪車に接触し転倒、右足挫滅創、右足関節内骨折及び右母趾屈筋腱障害等の傷害を負い、また、二次性のものとして右膝半月板を損傷し、12級右母基部底側痛の他、12級右膝関節機能障害があり、後遺障害等級併合11級に相当するとして、既払金484万5508円を除いた2905万0623円を求めて訴えを提起した。

<主な争点>

①Xの傷害、後遺障害の有無、逸失利益
②Xの過失の程度と過失相殺の可否

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 307万5061円 307万3061円
雑費 1万1587円 3152円
休業損害 228万8466円 228万8466円
後遺障害逸失利益 1970万3736円 1379万2615円
通院慰謝料 200万0000円 200万0000円
後遺障害慰謝料 400万0000円 350万0000円
物損 1万3000円 6500円
装具費等 18万7186円 18万7186円
小計 3109万1850円 2485万0980円
過失相殺 ▲5%
既払金 ▲484万5508円 ▲484万5508円
弁護士費用 260万0000円 188万0000円
合計 2884万6342円 2064万2923円

<判断のポイント>

① Xの傷害、後遺障害の有無、逸失利益

(本件事故と右膝半月板損傷の因果関係)
本件において、Xは、本件事故により、右足挫滅創、右足関節内骨折、右母趾屈筋腱障害の他、右膝半月板を損傷したと主張したのに対し、Yは、右膝半月板損傷については、本件事故発生時には認められず、本件事故から3年以上経過して初めて同傷害の診断がなされているので、因果関係が認められないと主張しました。

因果関係は、その事故が原因でその傷害が生じたことが相当であるといえる場合に認められるものです。

交通事故事件においては、通常は、事故によって直接発症した傷害について因果関係が認められます。

もっとも、本件において裁判所は、Xは、本件事故によって走行中の自動二輪車から路上に転倒したことにより、ほぼ全身に及ぶ挫創、挫傷の傷害を負ったが、特に右足については、右足挫滅創、右距骨骨挫傷、右母趾屈筋腱損傷の傷害を負い、そのため、長期間にわたり右足をかばって歩くなどしたことから、右膝に負担がかかり、右膝半月板損傷が生じるに至ったものと認められるとしています。

すなわち、右膝半月板損傷は、本件事故によって直接発症した傷害ではないものの、本件事故が原因で右足をかばって歩くことになりその結果生じたものであるとして、本件事故との間の因果関係を認めています。

<後遺障害の有無>

また、Xは、右母趾屈筋腱の損傷癒着により、右母趾関節の運動が制限され、歩行時に右母趾基部の底側に激しい痛みが生じている、また、右膝に痛みと運動制限があるとして、右母趾及び右膝の各後遺障害は12級13号に該当し、併合して後遺障害11級に相当すると主張しました。

これに対して裁判所は、後遺障害として、右膝関節外側の痛みのほか、右母趾基部底側の痛み、右母趾のMP関節及びIP関節の屈曲が困難であるなどの関節可動域制限が残存したものと認められると判断しました。

すなわち、交通事故との因果関係が認められた右膝半月板損傷が、右膝関節外側の痛みとして後遺障害まで認められたことになります。

また、ここで、MP関節や屈曲という言葉が出て来たので、その説明ついでに足の母趾関節にどのくらいの可動域制限が認められれば後遺障害が認められるのか確認します。

足の母趾関節については、医学的には、指先に近い方からIP関節、MP関節といいます。

そして、いずれかの関節の正常可動域の合計値が3分の1以下に制限された場合、「足指の用を廃した」といい、1足の母趾の用を廃したときには、12級11号の後遺障害等級が認定されます。

IP関節では、60°曲げる(屈曲といいます)ことができれば正常とされていることから、その3分の1である30°以下の屈曲しか認められないのであれば用廃が認められます。

また、MP関節では、35°曲げることができ、60°反らす(伸展といいます)ことができれば正常とされていることから、その合計値である95°の3分の1以下の屈曲及び伸展しか認められないのであれば用廃が認められます。

本件に戻りますが、裁判所は明確に後遺障害等級について言及はしなかったものの、後遺障害慰謝料として350万円を認めました。

Xがどのような仕事や日常生活をしておりどのくらいの苦痛が生じているかによっても慰謝料は左右されますが、後遺障害等級12級が290万円であることから、裁判所は少なくともXの後遺障害について12級相当は認めていると判断したと考えられます。

<逸失利益について>

Xは、後遺障害等級併合11級を前提に、労働能力喪失率を20%、労働能力喪失期間を就労可能年数の19年と主張したのに対し、Yは、労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は最大でも3年間であると主張しました。

裁判所は、上で述べたように、右膝関節外側の痛みなどを後遺障害と認めており、これらを前提に、労働能力喪失率は14%、労働能力喪失率はXの主張のとおり19年と認めました。

なお、後遺障害等級12級の場合、通常、労働能力喪失率は14%とされることから、この点についても、裁判所はXの後遺障害を12級相当と認めていると考えられます。

ここでも、右膝半月板損傷が、交通事故によって生じた傷害と判断され、後遺障害も認められたことによって、逸失利益の判断においても考慮されています。

② Xの過失の程度と過失相殺の可否

左側車線を走行していたXは、Yが右折の指示器を出したまま走行していたにもかかわらず、突然、左側車線に進入しXの進路方向に入ってきたことから、急ブレーキをかけ右方向に避けようとしたものの間に合わず、接触し転倒したと主張しました。

これに対してYは、右折の指示器は出しておらず左折の指示器を出して、後方を確認した上で左側車線に進入したと反論しました。

本件では、Yが左側車線進入の直前に右折指示器を出していたかどうかが争われています。

裁判所は、尋問において、Yが左側の方向指示器を点灯させたか否か記憶があいまいであるどころか、右側の方向指示器を点灯させた可能性まであることも述べるなど、あいまいな供述をしており、Yの主張は認められないとしました。

一方で、Xについても、Y車両を左方から追い抜くにあたって、その動静について十分慎重に確認していたならば、本件事故を回避し得た可能性があったとは否定し難いとして、5%の過失を認めています。

まとめ

本件では、右足挫滅創等を負ったXが事故時に発症していなかった右膝半月板損傷について、右足をかばって歩くなどしたことから負担がかかって生じたとして事故との因果関係を認めたことが注目されます。

そして、母趾関節の可動域制限などを障害と認め、それらを前提に、後遺障害等級12級相当である14%の労働能力喪失率を認めています。

仮に、右膝半月板損傷について、本件事故との間の因果関係を否定されていたら、後遺障害慰謝料や逸失利益の額に大きな差が生じていたでしょう。

交通事故には、因果関係や後遺障害の有無、逸失利益の算定、過失割合など、難しい法的判断が伴うものもあり、個人で適切な賠償額を請求するのは困難な場合があります。

適切な賠償額を請求するためにも、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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