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逸失利益
第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例

(横浜地裁平成30年9月27日判決)

<事案の概要>

横断歩道を青信号で自転車に乗車して横断していたAが、赤信号を無視したY運転の自動二輪車に衝突され(本件事故)、右小指深指屈筋腱断裂、右眼窩底骨折、右頬骨骨折等の障害を負い、約11か月の入通院治療後に症状固定となり、自賠責保険から後遺障害10級1号(右眼資力低下)、13級6号(右小指機能障害)、14級9号(右頬部、口唇、口腔内のしびれ)に該当するとして、併合9級が認定された。

Aは症状固定日の3日後に、別件事故で死亡し、Aの遺族であるX1、X2及びX3は、別件事故の加害者に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部認容判決を受けた。同判決において、Aは死亡による労働能力喪失率が100%で逸失利益が認定された。

その後、Xらは、本件事故に関し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<争点>
第2事故の訴訟で逸失利益に関して労働能力喪失率100%で損害認定を受けたことが、第1事故での逸失利益算定に影響を与えるか否か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 ※1
文書料 5万3812円 5万3812円
器具装具代 2万0331円 2万0331円
入院雑費 4万0500円 4万0500円
通院交通費 3510円 3510円
入院付添費 17万5500円 0円
休業損害 48万2909円 48万2909円
入通院慰謝料 180万0000円 175万0000円
逸失利益 2342万0639円 1338万3222円
後遺障害慰謝料 690万0000円 690万0000円
小計 9万0673円 1万8113円
弁護士費用 330万0000円 210万0000円
合計 3628万7874円 ※2 2319万7714円

※1 労災保険利用のため、治療費は損害として計上されず。
※2 受領済みの自賠責保険金から、受領日までの遅延損害金を差し引いた金額を控除した金額

1 後遺障害を負った被害者が死亡した場合の逸失利益の算定について

被害者が事故による受傷後、後遺障害が生じた場合に認められる逸失利益は、労働能力の喪失により、将来得られるべき利益を得られなくなった損害として認められるものです。

そのため、後遺障害を負った被害者が、賠償上、逸失利益の金額が確定する前に別の原因で死亡してしまった場合、そもそも逸失利益を算定するに当たっての労働能力喪失期間は、死亡時までのものに限定されるのではないか、という問題が生じます。

しかし、この点に関しては、最高裁平成8年4月25日判決で、交通事故の時点で、被害者に死亡する原因となる具体的な事由が存在し、近い将来、死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡によって、逸失利益の算定の基礎となる労働能力の喪失期間は左右されないという判断を示しました。

したがって、賠償実務上も、上記の最高裁判例にならい、原則として、被害者が死亡した場合でも、逸失利益は死亡後の労働能力喪失期間も含めて計算されることになります。

2 本件の問題点

(1) 本件も、本件事故で後遺障害を負った被害者Aが、その賠償金額が確定する前に別件事故で死亡した事案なので、上記の最高裁判例に従えば、認定された後遺障害等級を前提に、逸失利益が算定されることになるのが原則です。

しかし、本件では、特殊な点として、別件事故の訴訟で、Aの死亡による労働能力喪失率を100%として、逸失利益が認定されたという事情がありました。

(2) この事情によって生じる問題として、別件事故によって、すでに死亡後の労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認められている以上、本件事故でも同じ期間分の逸失利益を認めることは、いわば逸失利益の二重取りになるのではないか、という点があります。

(3) また、本件事故でのXらの後遺障害による逸失利益が認められるとの主張を前提とすると、別件事故の時点で、Aはすでに本件事故によって労働能力が一部喪失していたとして、それを前提に、逸失利益が算定されるべきとも考えられます。

しかし、Xらは別件事故の訴訟において、別件事故の当時、Aが完全な労働能力を有していたことを前提として、逸失利益を請求し、100%の労働能力喪失率が認められたので、果たして本件事故で、後遺障害による労働能力の喪失を主張することが、別件事故でのXらの主張と矛盾するものとして許されないのではないか(信義則に反しないか)、という点も問題となります。

そして、実際にY側は、上記の点を主張して、Aの逸失利益を争いました。

3 裁判所の判断

(1) 裁判所は、まず、上記の最高裁平成8年判決を引用し、本件では、同判決の示すような特段の事情は存在しないため、別件事故での死亡の事実を労働能力喪失期間の認定において考慮すべきではない、としました。

そのうえで、逸失利益の二重取りにならないかという点については、別件事故の訴訟での主張立証の結果、100%の労働能力喪失率で逸失利益が認定されたからといって、Yが本来負うべき賠償義務を免れるのは相当ではなく、二重取りの問題については、Xらと別件事故の加害者との間で解決すべき問題であるとしました。

(2) また、Xらの主張が信義則違反に当たらないかという点についても、別件事故の訴訟当時は、本件事故によるAの労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、後遺障害等級認定もされていなかったから、Xらが別件事故の訴訟で本件事故によるAの労働能力喪失を主張しなかったとしても、信義則違反には当たらないとしました。

(3) そして、結論として、別件事故の訴訟において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えず、逸失利益は認められる、と判断しました。

コメント

本件の判決は、最高裁平成8年判決の判断に従って、Aの後遺障害逸失利益を認めたものですが、別件事故の訴訟で認められた逸失利益と、本件事故による逸失利益の両方を認めることについては、それが二重取りであることを否定しているわけではありません。

実際、Aの死亡後の労働能力喪失期間中の逸失利益は、別件事故の訴訟で認められているわけですから、さらに後遺障害逸失利益まで認められるというのは、違和感はあります。

しかし、判決も示しているとおり、最高裁平成8年判決に従えば、本来、YがAの後遺障害逸失利益については、Aの死亡後の分もその責任を負うべきものであり、別件事故での死亡逸失利益が認められたからといって、その責任を免れるというのは、相当ではないといえます。

本来は、別件事故の訴訟において、本件事故でAに生じた後遺障害による労働能力喪失を前提として死亡逸失利益が算定されるべきであったともいえますが、必ずしも先に起こった事故について、先に解決しなければいけない、という法律もないため、この点は、やむを得ないことといえるでしょう。

逸失利益は、不確定要素の大きい将来の損害であるため、その算定に当たっては、様々な問題が生じ、当事者間で激しく争われる損害の1つです。

そのため、適切な賠償を受けるためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な主張が必要不可欠です。

適正な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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