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既存障害と同一部位を受傷したことにより残存した後遺障害について、加重を認めなかった裁判例【後遺障害併合9号】

加重を認めなかった裁判例

既存障害と同一部位を受傷したことにより残存した後遺障害について、加重を認めなかった裁判例(大阪地裁平成25年1月29日判決)

事案の概要

グラフィックデザイナーであるXがバイクを運転して走行していたところ、道路路肩に停車していたY運転の乗用車がウインカーを出さずに発進し、転回してきたためにXに衝突し、左尺骨遠位端骨折、左大腿骨骨折、第5左肋骨骨折等の傷害を負ったため、XがYに対し損害賠償を求めた事案。
Xに残存した症状は、損保料率機構より、左尺骨遠位端骨折に伴う左手関節の機能障害について、後遺障害等級10級10号、左尺骨遠位端骨折後の変形障害について12級8号、左膝関節の可動域制限について12級7号、左足の付け根の痛みについて14級9号が該当し、両腕のしびれと痛みについては後遺障害には該当しないと認定され、上記を総合的に考慮し、後遺障害等級併合9級が認定されていた。
なお、Xは過去にも2度、今回の事故と同じ部位を負傷して、一方の事故では左下肢の短縮障害(13級8号)と左膝部の神経症状(12級13号)で併合11級、他方の事故では右足関節の神経症状(12級13号)の後遺障害が認定されていた。

<主な争点>
①過去の後遺障害による加重の是非
②Xの具体的な労働能力喪失率

<主張及び認定>

主張 認定
治療費(既払金) 250万円 250万円
入院雑費 12万円 12万円
通院交通費 61万円 60万円
通信費 3万円 3万円
休業損害 800万円 528万円
逸失利益 4210万円 1661万円
入通院慰謝料 260万円 245万円
後遺障害慰謝料 830万円 670万円
既払金 ▲1373万円 ▲1373万円
遅延損害金 67万円 67万円
弁護士費用 400万円 206万円
合計 5521万円 2331万円

判断のポイント

①過去の後遺障害による加重の是非

1 加重障害とは?
本件では、Xが過去の事故によって生じていた後遺障害との関係で、本件事故によって生じた後遺障害が、加重障害に当たるかどうかが問題となりました。
自賠責保険における後遺障害等級認定制度では、既存障害が存在する身体の部位と同一部位に、事故によって、さらに重い後遺障害が残った場合、その障害は加重障害と扱われます。この場合、既存障害を考慮して、重い後遺障害等級に相当する保険金から、既存障害の後遺障害等級に相当する保険金の額を差し引いて、支払金額が算定されることになります。

たとえば、すでに肩関節について後遺障害12級6号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の4分の3以下に制限されているもの)の障害に該当する症状を呈していた人が、交通事故によって肩関節を負傷し、10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の3分の1以下に制限されているもの)の障害に該当する症状が残ってしまった場合は、10級10号の自賠責保険金に相当する461万円から、12級6号の自賠責保険金224万円を差し引いた、237万円が支払われることになります。

既存障害がある部位と同一部位について、事故によってさらに重い後遺障害が残った場合に、既存障害を考慮せずにそのまま重い後遺障害等級に相当する保険金が支払われるのは公平ではないことから、このような加重障害の制度が定められているのです。
そして、後遺障害が認定された場合、事故の相手方に対する損害賠償請求では、一部の後遺障害を除き、逸失利益が認められますが、その算定の際に用いられる労働能力喪失率についても、加重障害によって生じた労働能力の喪失率から既存障害により生じている喪失率を差し引いて、計算するという手法が取られることがあります。

2 本件におけるYの主張と裁判所の判断
Yは、Xが本件事故当時、過去の交通事故による既存障害により少なくとも20%の労働能力を喪失していると考えられることから、本件事故によるXの労働能力喪失率は、多くとも9級の喪失率35%から11級(併合)の喪失率である20%を差し引いた15%のみが労働能力喪失率として認められるべきであると主張しました。
しかし、裁判所は、左下肢の短縮障害と左膝部の神経症状の後遺障害について、本件事故と負傷部位が共通することは認めながらも、左下肢の短縮障害については、本件事故の後遺障害等級認定において加重障害に当たらないとして後遺障害としては評価されていないこと、左膝部の神経症状については、その症状固定時期から13年以上経過しているため、それだけの期間が経過すれば、馴化により、労働能力を回復することも十分考えられるとして、これらの症状によりXの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断しました。

また、右足関節の神経症状についても、本件事故によって負傷した部位とは別個であることから、その存在を考慮して、Xの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断して、Yが主張するような15%のみの労働能力の喪失率を認定することはしませんでした。

3 コメント
本件事故でXに残存した左足の付け根の痛み及び左膝関節の可動域制限と、過去の事故で生じた左下肢の短縮障害及び左膝部の神経症状は、いずれも左下肢を負傷したことにより生じた後遺障害であるため、上記のような自賠責保険の加重障害の考え方からすると、本件事故で生じた後遺障害については加重障害に当たるともいえ、その場合、労働能力喪失率は、既存障害による喪失率を差し引いて考えられるべきとも思えます。
しかし、裁判所は、損保料率機構が左下肢の短縮障害との関係で左膝関節の可動域制限を加重障害に当たらないものとしたことをもって、その判断に従い、加重障害とは認めませんでした。具体的な判断理由は示されていませんが、いずれも左下肢に負傷しているとはいえ、足全体について短縮が生じていることを後遺障害と評価される短縮障害と、膝関節の可動域が制限されていることを後遺障害と評価されるものが加重障害として判断されるのは違和感があるため、これを加重障害と評価しなかった裁判所の判断は妥当なものであると思います。

なお、左膝部の神経症状については、上記のとおり症状固定から13年以上経過していることを理由として、すでに労働能力の喪失が回復していると考えられることをもって本件事故により生じた後遺障害の労働能力喪失率を低減させることを否定していますが、これは、賠償実務上、神経症状の後遺障害については、5年ないし10年もすれば自然に回復するであろうと考えられていることによるものと思われます。

②Xの具体的な労働能力喪失率

1 裁判所の判断
①のように、裁判所は加重によるXの労働能力の喪失率の低減については否定しましたが、本件事故によってXに生じた後遺障害と既存障害は、いずれも下肢に属するものであり、歩行等については相互に関連すること、Xのグラフィックデザイナーという職業や仕事の内容等を考慮すると、労働能力喪失率は30%と評価するのが相当であると判断しました。

2 コメント
本件事故によりXに生じた後遺障害が、既存障害との関係で加重障害と評価される場合、Y主張のような、前者の労働能力喪失率から後者の喪失率を差し引く形で労働能力喪失率が計算されることになり得るため、本件事故でXに生じた後遺障害の内容からすると、これを加重障害として評価されるべきではないと思いますが、他方で、裁判所の指摘するように、いずれも下肢に属する後遺障害であるため、その影響は相互に関連・重複することになることから、その点を考慮しないとすれば、逆にXを保護しすぎることになってしまいます。また、Xの職業的には、足よりも手を使う仕事であることからすれば、足に後遺障害が残ったとしても、仕事への影響は限定的であるといえます。
そのため、上記のように、事案に即して具体的にXの労働能力喪失率を認定した裁判所の判断は極めて妥当なものであると思います。

この裁判例のように、過去に後遺障害が認定されていて、その後さらに後遺障害が残るような怪我を負ってしまった場合などは、加重のように複雑な制度が絡んでくることもあり、個人の方ではどのように後遺障害が認定されることになるのか判断が難しいと思います。そのようなことでお困りの際には、まずは当事務所までお気軽にご相談ください。

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