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裁判例: 逸失利益

交通事故
上肢
顔(目・耳・鼻・口)

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例(横浜地裁 平成30年9月27日判決)

事案の概要

横断歩道を青信号で自転車に乗車して横断していたAが、赤信号を無視したY運転の自動二輪車に衝突され(本件事故)、右小指深指屈筋腱断裂、右眼窩底骨折、右頬骨骨折等の障害を負い、約11か月の入通院治療後に症状固定となり、自賠責保険から後遺障害10級1号(右眼資力低下)、13級6号(右小指機能障害)、14級9号(右頬部、口唇、口腔内のしびれ)に該当するとして、併合9級が認定された。

Aは症状固定日の3日後に、別件事故で死亡し、Aの遺族であるX1、X2及びX3は、別件事故の加害者に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部認容判決を受けた。同判決において、Aは死亡による労働能力喪失率が100%で逸失利益が認定された。

その後、Xらは、本件事故に関し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<争点>

第2事故の訴訟で逸失利益に関して労働能力喪失率100%で損害認定を受けたことが、第1事故での逸失利益算定に影響を与えるか否か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 ※1
文書料 5万3812円 5万3812円
器具装具代 2万0331円 2万0331円
入院雑費 4万0500円 4万0500円
通院交通費 3510円 3510円
入院付添費 17万5500円 0円
休業損害 48万2909円 48万2909円
入通院慰謝料 180万0000円 175万0000円
逸失利益 2342万0639円 1338万3222円
後遺障害慰謝料 690万0000円 690万0000円
小計 9万0673円 1万8113円
弁護士費用 330万0000円 210万0000円
合計 3628万7874円 ※2 2319万7714円

※1 労災保険利用のため、治療費は損害として計上されず。
※2 受領済みの自賠責保険金から、受領日までの遅延損害金を差し引いた金額を控除した金額

<後遺障害を負った被害者が死亡した場合の逸失利益の算定について>

被害者が事故による受傷後、後遺障害が生じた場合に認められる逸失利益は、労働能力の喪失により、将来得られるべき利益を得られなくなった損害として認められるものです。

そのため、後遺障害を負った被害者が、賠償上、逸失利益の金額が確定する前に別の原因で死亡してしまった場合、そもそも逸失利益を算定するに当たっての労働能力喪失期間は、死亡時までのものに限定されるのではないか、という問題が生じます。

しかし、この点に関しては、最高裁平成8年4月25日判決で、交通事故の時点で、被害者に死亡する原因となる具体的な事由が存在し、近い将来、死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡によって、逸失利益の算定の基礎となる労働能力の喪失期間は左右されないという判断を示しました。

したがって、賠償実務上も、上記の最高裁判例にならい、原則として、被害者が死亡した場合でも、逸失利益は死亡後の労働能力喪失期間も含めて計算されることになります。

<本件の問題点>

(1)本件も、本件事故で後遺障害を負った被害者Aが、その賠償金額が確定する前に別件事故で死亡した事案なので、上記の最高裁判例に従えば、認定された後遺障害等級を前提に、逸失利益が算定されることになるのが原則です。

しかし、本件では、特殊な点として、別件事故の訴訟で、Aの死亡による労働能力喪失率を100%として、逸失利益が認定されたという事情がありました。

(2)この事情によって生じる問題として、別件事故によって、すでに死亡後の労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認められている以上、本件事故でも同じ期間分の逸失利益を認めることは、いわば逸失利益の二重取りになるのではないか、という点があります。

(3)また、本件事故でのXらの後遺障害による逸失利益が認められるとの主張を前提とすると、別件事故の時点で、Aはすでに本件事故によって労働能力が一部喪失していたとして、それを前提に、逸失利益が算定されるべきとも考えられます。

しかし、Xらは別件事故の訴訟において、別件事故の当時、Aが完全な労働能力を有していたことを前提として、逸失利益を請求し、100%の労働能力喪失率が認められたので、果たして本件事故で、後遺障害による労働能力の喪失を主張することが、別件事故でのXらの主張と矛盾するものとして許されないのではないか(信義則に反しないか)、という点も問題となります。

そして、実際にY側は、上記の点を主張して、Aの逸失利益を争いました。

<裁判所の判断>

(1)裁判所は、まず、上記の最高裁平成8年判決を引用し、本件では、同判決の示すような特段の事情は存在しないため、別件事故での死亡の事実を労働能力喪失期間の認定において考慮すべきではない、としました。

そのうえで、逸失利益の二重取りにならないかという点については、別件事故の訴訟での主張立証の結果、100%の労働能力喪失率で逸失利益が認定されたからといって、Yが本来負うべき賠償義務を免れるのは相当ではなく、二重取りの問題については、Xらと別件事故の加害者との間で解決すべき問題であるとしました。

(2)また、Xらの主張が信義則違反に当たらないかという点についても、別件事故の訴訟当時は、本件事故によるAの労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、後遺障害等級認定もされていなかったから、Xらが別件事故の訴訟で本件事故によるAの労働能力喪失を主張しなかったとしても、信義則違反には当たらないとしました。

(3)そして、結論として、別件事故の訴訟において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えず、逸失利益は認められる、と判断しました。

まとめ

本件の判決は、最高裁平成8年判決の判断に従って、Aの後遺障害逸失利益を認めたものですが、別件事故の訴訟で認められた逸失利益と、本件事故による逸失利益の両方を認めることについては、それが二重取りであることを否定しているわけではありません。

実際、Aの死亡後の労働能力喪失期間中の逸失利益は、別件事故の訴訟で認められているわけですから、さらに後遺障害逸失利益まで認められるというのは、違和感はあります。

しかし、判決も示しているとおり、最高裁平成8年判決に従えば、本来、YがAの後遺障害逸失利益については、Aの死亡後の分もその責任を負うべきものであり、別件事故での死亡逸失利益が認められたからといって、その責任を免れるというのは、相当ではないといえます。

本来は、別件事故の訴訟において、本件事故でAに生じた後遺障害による労働能力喪失を前提として死亡逸失利益が算定されるべきであったともいえますが、必ずしも先に起こった事故について、先に解決しなければいけない、という法律もないため、この点は、やむを得ないことといえるでしょう。

逸失利益は、不確定要素の大きい将来の損害であるため、その算定に当たっては、様々な問題が生じ、当事者間で激しく争われる損害の1つです。

そのため、適切な賠償を受けるためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な主張が必要不可欠です。

適正な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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交通事故
下肢

自転車vs自動車 ~傘差し運転の過失割合【後遺障害12級13号相当】

事案の概要

X(原告:64歳女性)が、交差点で傘を差して自転車に搭乗中、衝突までXに気付かなかったY(被告:83歳男性)運転の乗用車に出会頭に衝突され、左大腿骨転子下骨折、左下腿打撲等の傷害を負い、約1年2ヶ月入通院して、自賠責14級9号後遺障害認定を受けたが、12級7号または13号左股関節部の疼痛、14級9号左足関節の痛み等から併合12級後遺障害を残したとして、既払金201万8006円を控除し、1354万3374円を求めて訴えを提起した。

<主な争点>

①Xの過失の程度と過失相殺の可否
②Xの傷害、後遺障害の有無及び内容

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 151万8006円 151万8006円
入院雑費 9万9000円 9万9000円
通院交通費 1793円 1793円
文書料 1万0800円 1万0800円
装具購入費 1万9300円 1万9300円
休業損害 246万5545円 124万3400円
後遺障害逸失利益 440万1436円 236万7911円
入通院慰謝料 225万0000円 200万0000円
後遺障害慰謝料 350万0000円 280万0000円
物損 9万5500円 9550円
過失相殺 ▲15%
既払金 ▲201万8006円 ▲201万8006円
弁護士費用 120万0000円 65万0000円
合計 1354万3374円 719万1290円

<判断のポイント>

① Xの過失の程度と過失相殺の可否

本件の具体的な検討に入る前に、過失や過失相殺について少し説明をします。

過失とは、ざっくりと言えば不注意のことを言います(法律的には客観的注意義務違反といいます)。

そして過失相殺とは、被害者が加害者に対して損害賠償請求をする場合、被害者にも過失があったときに、公平の観点から、損害賠償額を減額することを言います。

その減額の度合いは過失割合で決まります。

交通事故においては、過失割合は事故態様に応じて類型化されており、ある程度決まっています。

実務においては、判例タイムズ社という出版社が出している「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」という本が使われていますが、これは裁判例をもとにして過失割合の基準が決められています。

典型的な事故の場合には、その基準をそのまま用いる場合もありますが、ある程度修正要素も定められており、個別具体的な事情に応じて過失割合の修正がなされます(あくまで目安ですが)。

例えば、本件のように、自転車と四輪者が信号のない同幅員の交差点で出会いがしらの衝突事故に遭った場合、基本的には自転車が2割、自動車が8割の過失があるとされます(20:80と表現されます)。

ただ、自転車の側が児童や高齢者である場合には被害者の過失割合から-5の修正を行い(すなわち15:85)、自動車に著しい過失(要はひどい不注意)がある場合には被害者の過失割合から-10の修正を行うとされています(すなわち10:90となります)。

過失割合は、上で述べたように、過失相殺で減額する度合いを言いますから、被害者が請求できる損害賠償額にかかわってきます。

つまり、被害者が怪我をして100万円の損害が生じている場合、20:80の過失割合であるときには、被害者は80万円の請求しかできないことになります。

それでは、これらの点を踏まえて本件の裁判例を見てみたいと思います。

本件では、Xは、高齢者に準ずる者であること、Y車の速度の点やY車が衝突するまでX車に気付かない点でYに著しい過失があることからすれば、過失相殺すべき事案ではないと主張しています。

これに対してYは、Y車がX車の左方車であり優先関係にあること、Xが折りたたみ傘を持って片手運転をしていたことから、Yの過失割合を加重する理由にはならないと反論しました。

この点につき裁判所は、Yには、X車と衝突した後にすら、右方から進入してきたX車について、左方から進入してきたと当初思っていたほどX車の発見が遅れたことからすれば、Yには前方不注視及び交差道路の安全不確認という点で、一般的に想定される程度以上の著しい過失があるとしました。

また、Xには、右手に傘を差したまま片手で自転車を運転した点、左方のY車を発見したにもかかわらず停止するものと軽信して進行したことについて過失があるとする一方、64歳であり注意力・判断力が低下しがちな要保護性の高い存在であることも考慮すべきとしました。

その結果、Xに15%の過失相殺を行うのが相当と判断しました。

上で述べた過失相殺の例のように、目安としては、自転車の運転者が高齢者の場合は-5、相手に著しい過失がある場合は-10を、被害者の過失割合において修正します。

もっとも本件では、その両方が考慮されているにもかかわらず、Xに15%の過失割合が認定されています。

すなわち、Xの傘差し運転などの過失が相当程度考慮されていることがわかります。

近年、自転車事故が多くなり、取り締まりや罰則も厳しくなっていることからも、この裁判例の結論は妥当なものと言えるでしょう。

② Xの傷害、後遺障害の有無及び内容

本件では、Xの後遺障害逸失利益も争点となりました。

Xは、左股関節部につき12級7号又は12級13号、左足関節部につき14級9号、左下肢の醜状につき準114級とされるべきで、併合12級が相当であると主張し、Yは全面的に否認しました。

裁判所は、Xは、本件事故により左大腿骨転子下骨折の傷害を負い、インプラント(髄内釘)を固定する手術を受けたこと、骨癒合が完成し症状固定時まで一貫して疼痛を訴えていたこと、症状固定時において疼痛が残存し、担当医師は症状固定時においても大転子部にインプラント突出部位があることが疼痛の原因となっている旨診断していることを認定しました。

そのうえで、Xの左臀部の疼痛は、インプラントの突出部位の刺激によると説明でき、この症状は疼痛と整合する部位にインプラントが残置されていることに裏付けられ、医師の診断もあることから、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害等級12級13号に該当すると判断しました。

まとめ

本件は、自転車と自動車の事故を紹介しました。

そして、例に出した事故態様だと、過失割合は20:80が基準となります。

ここで、そもそも修正前の過失割合が、自動車の側に不利になっていることに疑問をもたれる方もいらっしゃると思います。

もっとも、これは自動車の方がスピードも出るし車体が大きく安定性があるので、自転車と自動車が衝突した場合、双方の損害に必然的に差が生じることからです。

そこで、交通事故を避けるべき注意義務は、自動車の側に大きく課されることになります。

そして、修正を行って適正な過失割合を決めて賠償額を確定するのですが、過失割合は本件のように様々な事情を考慮して決められるものです。

過失割合が5%も違えば、賠償額も大きく異なります。

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交通事故
下肢
神経・精神

もうアルバイトはできない!?【後遺障害等級併合14級】(東京地判平成27年3月25日)

事案の概要

信号機のある交差点を右折しようとしたY運転の中型貨物自動車に、対向方向から直進してきたX運転の自動二輪車が衝突。

Xは右膝打撲挫創等の傷害を負い、自賠責保険から、右膝に残った約14センチメートルの縫合創とV字の挫創痕創縫合痕については後遺障害等級14級5号、右膝から下腿外側にかけての疼痛やしびれ、しゃがんで起立する際の疼痛等の症状については後遺障害等級14級9号に該当するとして後遺障害等級併合14級の認定を受けた。

<主な争点>

逸失利益の金額(労働能力喪失率・期間)

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 37万5680円 37万5680円
入院雑費 1万5000円 1万5000円
通院交通費 13万0370円 13万0370円
休業損害 74万0663円 74万0663円
逸失利益 1251万8312円 136万7700円
傷害慰謝料 164万円 142万円
後遺障害慰謝料 110万円 110万円
物件損害 10万4190円 10万4190円
弁護士費用 146万1763円 24万円
過失相殺 ▲78万8040円
損害のてん補 ▲200万6583円

<判断のポイント>

①労働能力喪失率・期間
②過失相殺

後遺障害が残ってしまうと、痛みや動かしにくさなどのせいで、思うように働くことができなくなってしまいます。

この“働きにくさ”を「労働能力喪失率」と呼び、“働きにくさ”が残ってしまう期間を「労働能力喪失期間」と呼びます。

そして、「逸失利益」とは、“後遺障害がなかったら、(もっと)稼げたはずの収入”のことをいい、おおざっぱに説明すると、事故前の収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間で計算できます。

Xは、事故前、美容室勤務に加え、焼肉店とファミレスでのフロア係のアルバイトを掛け持ちしていました。

X側は、美容師としての美容室勤務については労働能力喪失率5%だが、焼肉点とファミレスでのアルバイトについては以下の通り労働能力喪失率100%だと主張しました。

X側は、①しゃがんで起立する際に強く痛むため、フロア係のアルバイトを辞めざるをえなかったこと、②本件事故の後遺障害により,美容師として立ち仕事をすると足が非常にむくむようになり、夜間にアルバイトをすることが難しくなってしまったこと、③Xは、症状固定時52歳の女性であり、長年にわたり美容師として稼働してきたので、立ち仕事以外のアルバイトで雇用されることは難しいことから、Xは現実にアルバイトの収入を失い、今後も原告がアルバイト収入を得られる可能性はほとんどないといえるとして、アルバイトとしての稼働分についての労働能力喪失率は100%とすべきと主張したのです。

また、いずれの仕事に関する逸失利益についても、労働能力喪失期間は16年と主張したことから、X側の主張する逸失利益は極めて高額となりました。

これに対して裁判所は、①いずれの仕事も立ち仕事や膝を曲げる必要がある業務が中心で、膝や下腿への負担が大きい業務であって、Xは美容室の勤務には復帰できたものの焼肉店やファミレスでのアルバイトには復帰できないまま退職したのだから、Xに残った痛みやしびれの症状が労務へ及ぼす影響を軽視することはできないこと、②Xは事故から2年近くが経過した裁判の時点でも、しびれや痛み、むくみ等の症状が続き、整骨院の通院を続けていて、現段階で直ちに症状が緩解する傾向にあるとは認められないことから、Xの労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は7年間と判断しました。

また、X側が主張した「立ち仕事以外のアルバイトには就けないだろうから、アルバイトに関して労働能力喪失率100%だ!」という主張に対して、Xの後遺障害は右膝から右下腿外側に限られた症状であり、この後遺障害の部位・程度に照らせば、アルバイトとして稼働することが不可能になったとは認められず、アルバイトとしての稼働分も含めて労働能力喪失率を5%と認めるのが相当と判断したのです。

本来、後遺障害は、“もう治らない”として認定されるものですが、一般的に後遺障害の中では軽症とされる14条9号などの場合は、労働能力喪失期間も5年などと短期でしか認められない傾向があります。

もちろん、具体的な事情によってもっと長く認定されたり、逆に短く認定されるものもあります。

この事件の場合は、事故から2年近くも経っているのに症状が続いていて整骨院にも通っていることから、普通より少し長い7年の労働能力喪失期間が認定されていますが、このような事情だけからすぐに他の事案でも長めで認められるとは限りません。

それぞれの事案の特徴や固有の事情なども考慮して慎重に判断しなければならないものなのです。

また、この事件では、Xの過失が15%として、15%分賠償額が差し引かれました。
この事件では、過失割合についてXとYで争いがなく、X側も15%分差し引かれることは分かっていたので、それほど問題はなかったかもしれません。

しかし、過失割合は、お客様の得られる賠償額に大きく影響してくるものです。当事務所にも、「保険会社が提示してくる過失割合が妥当か」、「どうして自分に過失があるのか分からない」など過失割合について多くのご相談が寄せられます。

まとめ

過失割合は、法律の専門家である弁護士でも、被害者の方や目撃者の方にから事故状況についてよくよく伺った上で、場合によっては警察・検察から捜査記録を取寄せる等しなければ判断できない難しいものです。

ぜひ、一度当事務所にご相談ください。

みなさまが適正な損害賠償を受けられるためのお手伝いをさせていただければと思っております。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)

年少者の嗅覚障害等に67歳まで14%の労働能力の喪失を認めた裁判例【後遺障害併合11級】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

父親運転の乗用車に乗っていた12歳の男子Xが、Y運転の大型貨物車による衝突で、脳挫傷等の傷害を負い、後遺障害も残存したため、Yに対して損害賠償を求めた事案。

Xは、自賠責保険から、頭部外傷後の神経機能・精神障害について12級13号、嗅覚障害について12級相当の後遺障害に該当するとして、併合11級の後遺障害認定を受けた。

<争点>

嗅覚障害の労働能力喪失率・喪失期間

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 51万8609円 51万8609円
入院雑費 2万5500円 2万5500円
通院交通費 2万6040円 2万6040円
付添費用 15万6700円 15万6700円
逸失利益 1492万1756円 1044万5229円
入通院慰謝料 175万0000円 175万0000円
後遺障害慰謝料 420万0000円 420万0000円
小計 2159万8605円 1712万2078円
過失相殺(10%) ▲171万2208円
既払金 ▲61万8609円 ▲62万0369円
弁護士費用 200万0000円 147万8950円
合計 2297万9996円 1626万8451円

<嗅覚障害の内容>

嗅覚に関する後遺障害は、後遺障害別等級表上、鼻の欠損を伴う機能障害について、9級5号が定められていますが、欠損を伴わない機能障害については、等級表には載っていません。

もっとも、実務上は、嗅覚脱失(嗅覚が機能しない場合)は12級13号、嗅覚減退は14級9号が準用されて等級認定されることになります。

<嗅覚障害に逸失利益が認められるか否か>

本件でXには、頭部外傷後の神経機能・精神障害につき12級13号、嗅覚脱失につき12級相当の後遺障害が認められました。

後遺障害別等級表上、12級の後遺障害の労働能力喪失率の目安は、14%とされています。

しかし、嗅覚障害に関しては、顔などに傷痕が残る外貌醜状と同じように、身体の機能や判断能力などに制限が生じないため、一般的には、特に嗅覚が重要な職業でなければ、後遺障害として残ったとしても、仕事への影響に乏しいとして、逸失利益が認められにくい傾向にあります。

また、12級13号の神経症状に関しては、仮に仕事への影響があると認められたとしても、影響を受ける期間(労働能力喪失期間)は、10年と認定されることが多いです。

<裁判所の判断>

本件でも、Y側は、嗅覚はそれを重要な要素とする職業自体が極めて限定されているため、就労全般に与える影響は乏しいこと、仮に影響があるとしても、長くとも就労可能年齢から10年程度であるから、後遺障害慰謝料によって填補されているとして、逸失利益自体を認める必要はないと主張しました。

このようなYの主張に対して、裁判所は、まず、Xの頭部外傷後の神経機能・精神障害と嗅覚障害が事実として認められるとしたうえで、労働能力喪失率を、これらの後遺障害の影響を総合考慮して14%と認定しました。

また、労働能力喪失期間に関しては、就労可能年齢である18歳から、就労可能年限である67歳までを労働能力喪失期間と認めています。

<判断のポイント>

(1)労働能力喪失率・期間

通常、14級を超える後遺障害が複数認定されると、後遺障害の程度に応じて併合等級として1等級~3等級繰り上がって認定されることになります。

そして、後遺障害別等級表では、等級ごとの労働能力喪失率の目安が記載されており、等級が上がるごとに労働能力喪失率も大きくなっていきます。

本件でいえば、12級13号の神経機能・精神障害と12級相当の嗅覚障害により、1等級繰り上がって併合11級と認定されているため、等級表どおりであればXの11級の労働能力喪失率は20%と認められることになります。

しかし、Xの神経機能・精神障害に関しては、Xの日常活動や学習などの面で受傷前後に変化があったものの、身体機能や認知能力等は医学的に正常と診断されていたことから、将来の仕事に影響を及ぼすか不明であるとして、労働能力喪失率が20%まであるとは考え難いと判断されました。

他方で、嗅覚障害については、脱失の程度まで至っていること、それが回復する見込みは薄いことなどを理由に、上記神経機能・精神障害も併せ考慮して、12級の目安である14%の労働能力喪失率を認定しています。

労働能力喪失の程度は、裁判では、具体的に立証されなければならず、本件ではXの将来の仕事への影響が不明とされた上記神経機能・精神障害だけでは、労働能力の喪失率の認定は困難であったと考えられます。

しかし、本件では、神経機能・精神障害と嗅覚障害と併せ考慮することで、後遺障害全体として労働能力の喪失を認定しており、この点は合理的な判断がなされているといえます。

ただ、労働能力喪失率の判断の理由とされている、回復の見込みが薄いという事情は、どちらかというと労働能力喪失期間で斟酌されるべきことでしょう。

裁判所はXの労働能力喪失期間を、就労可能年限である67歳までと認定し、その理由として、嗅覚障害が一生涯に及ぶことのほか、Xの職業選択の範囲が制限されることを挙げていますが、この職業選択の範囲が制限されているという点は、むしろ労働能力喪失率を考えるに当たっては重要と考えられるため、理由が逆ではないかという印象です。

(2)年少者の逸失利益の特殊性

本件の特殊性として、Xが事故当時12歳であったという事情があります。

当然仕事はしておらず、具体的な就労の予定もない年齢ですが、その後、Xが成長してどのような仕事に就くかを決める際に、料理人やソムリエなど、嗅覚が必要不可欠、もしくは重要な職業に就くことが困難なため、職業の選択の範囲が必然的に狭まってしまい、観念的には生涯にわたって影響を受け続けるという大きな不利益が生じます。

裁判所は、このような点を捉えて、嗅覚障害という、一般的には逸失利益を認められにくい後遺障害でも、就労可能年限までの逸失利益を認めるべきとの判断をしたものといえます。

このような考え方からすると、すでに仕事をしている一般社会人や、就職が決まっている学生などと異なり、いまだ進路の方向すら決まっていないような年少者については、一般的には仕事に支障が生じないような後遺障害(歯牙障害など)についても、逸失利益が認められやすいといえるでしょう。

まとめ

交通事故によって、お子さんに生涯にわたって残る後遺障害が生じてしまった場合、その後の人生が大きく変わってしまいかねませんので、そのことに対する適切な金額の賠償はしっかりと受けられるようにすべきです。そのために、まずは一度弁護士にご相談いただければと思います。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)

逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例【後遺障害等級11級相当】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

X(原告)が、交差点の青信号に従い横断歩道を渡っていたところ、同交差点を右折通過しようとしたY(被告)運転の加害車両にはねられ、頭部挫創、脳挫傷等の傷害を負い、頭部外傷後の頭蓋内の損傷については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、後遺障害等級12級13号に該当し、頭部外傷に伴う嗅覚脱失については、12級に相当し、頚椎捻挫後の頚部痛の症状については、「局部に神経症状を残すもの」として14級9号に該当するものとされ、これらを併合して11級相当の後遺障害認定を受け、Yに対して、3212万4266円を求めて訴えを提起した。

<争点>

Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
休業損害 46万8317円 46万8317円
傷害慰謝料 130万円 110万円円
後遺障害逸失利益 2316万0551円 1503万5949円
後遺障害慰謝料 420万円 420万円
既払金 ▲3万円 ▲3万円
弁護士費用 300万円 208万円
合計 3209万8868円 2285万4266円

<鼻の障害について>

鼻の障害は、大きく分けて2つあります。

1つは、鼻軟骨部の全部又は大部分を失った「欠損障害」。

もう1つは、鼻を欠損しないで鼻の機能が喪失又は制限されてしまった「欠損を伴わない機能障害」があります。

①「欠損障害」

後遺障害等級表においては、「鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの」と認められる場合に、第9級5号が認定されることになります。

ここで、
「鼻を欠損」とは、上記のとおり、鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損をいい、
「機能に著しい障害を残すもの」とは、鼻呼吸困難又は嗅覚脱失をいいます。

このように、後遺障害等級表上では、
「鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損」+「鼻呼吸困難又は嗅覚脱失」があれば第9級5号が認定されます。
「欠損」の他に「機能障害」も認められる必要があることに注意です。

②「欠損を伴わない機能障害」

後遺障害等級表には、鼻を欠損しないで鼻の機能障害のみを残すものについては特に定められていませんが、鼻の機能障害の程度に応じて、次のように準用等級が定められています。

・「嗅覚脱失又は鼻呼吸困難が存するもの」については、第12級12号が準用されます。
・「嗅覚の減退のみが存するもの」については、第14級9号が準用されます。

そして、嗅覚脱失及び嗅覚の減退については、T&Tオルファクトメータによる基準嗅力検査の認知域値の平均嗅力損失値により、次のように区分されます。

5.6以上      嗅覚脱失
2.6以上5.5以下  嗅覚の減退

なお、T&Tオルファクトメータとは、嗅覚測定用基準臭ともいい、5種類のにおいにつき各々8段階の濃度が設定され、濃度が低い順からにおいを嗅いでいき、初めてにおいを感じたときに認知域値をとります。

<聴力障害の検査方法<

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。

また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。

{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6

そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。

難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。

もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

<Xの逸失利益の有無>

<Xの主張>
Xは、会社の従業員としてNAS電池の製造に従事しているが、その製造過程においては熱源としてLNGガスを使用するほか、製品の材料として硫黄等を用いるため、現場の管理には嗅覚による判別能力を必要とするところ、本件事故により嗅覚をまったく失ったため、職場安全衛生委員を退任しただけでなく、同製造過程の焼成工程を指揮することを見送らざるを得なくなったことから、67歳までの就労可能年数29年間、少なくとも事故当時の給与所得年額764万8290円につき20%の逸失利益が生じていると主張しました。

<Yの主張>
これに対してYは、Xには後遺障害による就労への影響は現実的には考えられず、逸失利益は認められないと反論しました。

すなわち、嗅覚は、専ら日常生活の面に影響する生活能力であり、嗅覚が重要な要素となる職業(調理師あるいは主婦等)を除いては、原則として労働能力に影響を与えることはない。

Xは、嗅覚が必要不可欠という職業に就いているわけでもなく、嗅覚が重要な要素となる仕事に従事しているわけでもないのであり、嗅覚がなくなったとしても、それだけで現在の職業や仕事ができなくなるわけではないことから、Xが、嗅覚を脱失したとしても、労働能力に影響を及ぼすとは考えられないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所はまず、Xの職務内容として、技術者としての職歴を有することから、今後とも、化学物質等を用いた製品の製造、研究、開発等の職務を担当する蓋然性が高いことを認定しました。

もっとも、本件事故発生前に比べて、Xの収入の減少はなく、降格もされていない、さらに、会社はXを現在の職場から他の職場に配置転換することは予定していないとも認定しています。

その上で、Xには収入の減少や降格といった不利益は生じていないのであるが、Xの職務内容や勤務先会社の業務内容等を考慮するならば、Xの嗅覚脱失という障害が原告の労働能力に相当の影響を与えるものであることは明らかであるとし、将来、嗅覚脱失の障害による経済的不利益が生じるおそれが高いというべきと判断しました。

そして、逸失利益の算定方法としては、労働能力喪失期間をXの就労可能年数の29年間、労働能力喪失率は14%が相当であるとして、1503万5949円を認めました。

まとめ

本件では、Xが特殊な仕事に就いていたことから、逸失利益が認められました。

しかし、嗅覚が失われたとしても、労働能力に影響を与える場面というのは少なく、逸失利益が認められないケースは多いです。

本件のYが主張するように、嗅覚障害の場合、調理師や主婦など、嗅覚が多大な影響をもたらす職業であれば認められやすいですが、とくに影響がない職業の場合は、嗅覚障害により具体的な減収があることを主張しない限りなかなか逸失利益を立証することは難しいでしょう。

しかし、その場合には後遺障害慰謝料の増額が見込まれる場合があります。

そこでも、嗅覚障害により、どのような支障が仕事上あるいは日常生活上生じているのか、きちんと説明する必要があります。

現在の症状はどのような障害として残る可能性があるのか、どのような検査を行えばよいのか、後遺障害が残っていても適切な賠償額を得られるのか、1人では判断が難しいと思います。

そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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