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裁判例: 逸失利益

交通事故
上肢
神経・精神

職業を重視して認定された等級以上の労働能力喪失率を認めた裁判例【後遺障害併合12級】(大阪地裁 平成18年6月16日判決)

事案の概要

交差点の横断歩道上のX運転の自転車に、Y運転の普通乗用車が衝突したという交通事故により、右肩・肘・膝の打撲傷、右肩関節外傷後拘縮、右上肢不全麻痺等の傷害を負ったXがYに対し、損害賠償を求めた事案。

Xの職業は画家だったが、本件事故によって利き手の右手が思うように使えなくなる、絵が書けなくなるなど、主に右上肢に運動機能障害、脱力感、知覚障害などの自覚症状が生じていた。自賠責保険からは、右肩関節の運動機能障害につき後遺障害等級12級6号、右手指の神経症状につき後遺障害等級12級12号(現13号)に該当するとされ、後遺障害等級併合11級の認定を受けていた(他の右膝関節の症状については非該当)。

<主な争点>

①右肩関節の運動機能障害と右手指の神経症状の後遺障害等級
②右手指の神経症状による労働能力喪失率

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 69万7490円 69万7490円
休業損害 294万6904円 254万6005円
傷害慰謝料 80万0000円 80万0000円
逸失利益 5850万0726円 1814万6213円
生活介護費用 441万1025円 0円
後遺障害慰謝料 390万0000円 390万0000円
小計 7125万6145円 2608万9708円
損害の填補 ▲547万8722円 ▲547万8722円
弁護士費用 600万0000円 200万0000円
合計 7177万7423円 2261万0986円

<判断のポイント>

(1)Xの右肩関節の運動機能障害については、自賠責保険から、腱板損傷後の拘縮により、患側の右肩関節の可動域が健側の左肩関節の4分の3まで制限されているとして12級6号の後遺障害が認定されていました。

しかし、裁判所は、症状固定前の検査では健側の4分の3まで制限されていたものの、症状固定後、しばらく経過した後に行われた検査では、可動域が改善され、健側の4分の3までは可動域が制限されていなかったこと、また、可動域制限以外に他覚的所見が認められないことを認定し、右肩関節の症状については、局部の神経症状として14級10号(現9号)に該当すると判断しました。

自賠責保険の後遺障害等級認定は、症状固定日までの症状の経過や治療状況、検査結果を記載した診断書等の書面に基づいて審査され、その審査の結果、認定基準を満たすと判断されれば、後遺障害と認定されることになります。

そのため、本件の自賠責保険の認定は、あくまでも症状固定日までの検査結果に基づくものとして、一概に誤った判断とは言い難いと思います。

他方で、後遺障害は、形式的には症状がずっと残ることが前提となっているので、症状固定後に症状が改善したことにより、後遺障害等級の認定基準を満たさなくなったということであれば、それは後遺障害等級には該当しないと判断されるのもいわば当然であり、裁判所の判断は妥当なものといえるでしょう。

(2)右手指の神経症状については、裁判所は、神経学的所見として、筋力低下や知覚障害、筋電図の異常所見が見られること、事故の態様からすると右腕神経叢不全損傷の可能性も否定できないことから、局部の頑固な神経症状として12級12号に該当すると判断しました。

この点、後遺障害等級12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」として認定されるためには、他覚的所見によって、神経症状の存在が医学的に証明される必要があります。

たとえば、骨折後に生じた神経症状であれば、骨がうまくくっ付いていない(癒合不全)の状態であることが、レントゲン画像によってはっきり分かる場合には、神経症状の存在が医学的に証明されているものとして、12級が認定される可能性は高いです。

この事案で裁判所は、Xの右手指の症状の原因として認定した、右腕神経叢不全損傷について、画像所見等が存在しないことから、「可能性も否定できない」と直接的な表現は避けていますが、神経学的検査の結果、多数の異常所見が認められることや、事故態様などにより、間接的に証明されたものとして12級の後遺障害を認定したものと思われます。

画像所見のような直接的な証拠がなくても、間接的な証拠の積み重ねによって、神経症状の存在が証明されるという、X側の立証活動が功を奏した例といえるのではないでしょうか。

(1)前置きが少し長くなりましたが、今回の事案で着目すべきは、裁判所が認定したXの労働能力喪失率です。

上記のように、右肩関節の運動機能障害について14級の局部の神経症状として認定された結果、Xの後遺障害等級は、併合11級ではなく、併合12級と、自賠責保険の認定よりも下の等級が認定されました。
もっとも、Xの労働能力喪失率について、裁判所は、Xが画家としての能力を喪失していると認められること、Xの年齢(症状固定時61歳)や経歴、後遺障害の程度を考えると、Xが就くことができる職業がかなり限られることを考慮すると、労働能力の喪失の割合は、一般的な事例と比較して大きく評価するのが相当であるとの判断を示しました。

そして、後遺障害の部位が右手指と右肩のみで、身体全体の機能はかなりの割合で維持されているため、Xの主張していた100%の労働能力の喪失は認めなかったものの、50%という喪失率を認定しました。

(2)後遺障害等級12級の労働能力喪失率の目安は、14%とされており、裁判所も、この目安に従って喪失率を認定するのが通常です。

もっとも、この喪失率はあくまでも目安に過ぎないため、それ以上に労働能力が喪失していることが立証されれば、より高い喪失率が認定されることもあります(逆に低い喪失率が認定される場合もあります)。

今回は、Xが、本件事故当時、画家として絵画教室を行い、また、描いた絵画を展覧会に出品し、販売するなど、絵画のみで生計を立てていたこと、後遺障害により利き手である右手で絵を描くことができなくなったことなどの事実が認定されており、これに61歳という年齢や経歴から、他の職業に就くことが難しいという事情も考慮されて、目安の14%を大きく上回る50%という労働能力喪失率が認定されました。

労働能力喪失率は、仕事にどれだけ影響を及ぼすか、という点が大きいため、後遺障害の程度もさることながら、被害者の方の職業やその職業と後遺障害が残存した身体の部位との関係が重視されます。

たとえば、骨盤や右橈骨の骨折後の神経症状につき併合14級が認定されたダンスのインストラクターについて、神経症状によって身体の部位の可動域が制限され、指導ができなくなったことなどから、同様に50%の労働能力の喪失を認めた裁判例もあります(札幌地裁平成27年2月27日判決)。

神経症状の後遺障害で50%という喪失率が認定されるのは、かなりレアケースですが、裁判では様々な事情が考慮されて、事実認定や評価が行われるため、目安とされる喪失率を超える割合を認定した事案は、少なからず存在します。

しかし、目安よりも高い喪失率が認定されるためには、その根拠となる事情についてしっかりと主張立証することが必要でしょう。

目安とされる労働能力喪失率や喪失期間よりも実際の影響が大きいと考えられる職業の方でも、示談交渉において、相手方の任意保険会社が目安より高い喪失率や喪失期間を認めることはかなり少なく、逆に目安よりも低い提示さえしてくることも珍しくありません。

相手方の提示に納得が行かないという場合には、まずはご相談いただければと思います。

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交通事故
上肢

他覚所見がなくとも後遺障害が認定された事例【後遺障害14級9号相当】(横浜地裁 平成28年3月24日判決)

事案の概要

X(原告:28歳男性)が、自動二輪車を運転して進行中、右前方を走行していたY運転の乗用車が左折をするためハンドルを左に切って衝突、転倒して右肩関節腱板炎、右上腕二頭筋長頭腱炎等の傷害を負い、約10ヶ月通院して、右肩関節痛等から12級13号後遺障害を残したとして、既払金288万9473円を控除して1935万7076円を求めて訴えを提起した。

<主な争点>

①Xの過失の程度と過失相殺の可否
② Xの傷害、後遺障害の有無及び内容

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 87万1885円 87万1885円
通院交通費 2万5046円 2万5046円
休業損害 278万5415円 154万8420円
通院慰謝料 146万5000円 89万0000円
後遺障害慰謝料 290万0000円 110万0000円
小計 2048万6815円 516万4317円
既払金 ▲288万9473円 ▲288万9473円
弁護士費用 175万9734円 22万0000円
合計 1935万7076円 249万4844円

<判断のポイント>

(1)Xの過失の程度と過失相殺の可否

本件では、Yが安全確認を怠ったまま直近で左折した著しい不注意があるとXが主張していたのに対し、Yは、Xの運転するバイクの右側前方で、左折の方向指示器を出した後に左折を開始したのであり突然左折したのではない、また、XはY車が左折することを予見し回避することができたことから過失があるとして争っていました。

まず、本件のような事故態様では、一般的には、自動二輪車の側が2割、自動車の側が8割の過失割合と考えられています。

ここで一般的とは、交差点の手前30mの地点で、自動二輪車に先行している自動車が左折の合図を出して左折を開始した場合が想定されています。

自動二輪車に2割の過失があるとされているのは、交差点の30m以内は追越しが禁止されているので(道路交通法38条3項)、先行する自動車がある場合には、その前に出ようとすることは許されないという考えがあるためです。前方に自動車があることをわかっているのだから、自動車が左折するなどの動きを見せるかもしれない、その場合には減速するなどして事故を回避しなさいというような注意義務が課せられているのです。

ただ、本件でXが主張するように、突然前方の自動車が左折して事故を回避できない場合には、過失割合が修正されて、自動二輪車に1割の過失だったり、過失なしの認定がなされたりします。

本件において裁判所は、Y車が左折方向指示器を出した地点と本件事故現場(約10m)との距離や、本件事故直前のY車のスピードから、Y車が左折指示器を出してから左にハンドルを切るまでに進んだ時間は2秒にも満たない時間であると認定しました。

そして、Yにそのような過失がある以上、Xには何らの過失もないとして過失相殺を認めませんでした。

本件において裁判所は、方向指示器を出して左折するまでの距離(10m)ではなく方向指示器を出して左折するまでの時間(2秒未満)を重視しているようです。

進路変更するにあたっては、その3秒前に合図を行う義務(道路交通法53条1項、同法施行例21条)があることはみなさんご存知かと思われます(もしかしたら忘れている方もいるかもしれませんが…)。

しかしながら、残念なことに、進路変更する直前に方向指示器を出される方もたまに見かけます。

近所の慣れている道路で、交通量の少ない道路であれば大丈夫と考えている方もいるでしょう。

ですが、仮にそれで事故を起こしてしまった場合、2割の過失相殺もされない可能性があるのです。

逆に、被害者となってしまった方は、もしかしたら警察などから一般的な基準を用いられて2割の過失はあるなどと言われるかもしれません。

しかし、警察の言うことは、最初の段階でまだ十分な検討がなされていない状況で判断されている場合も多いのです。

相手の保険会社から言われる場合も同様です。

そこであきらめず、実況見分調書などの客観的な資料に基づいて、事故を回避できないことを証明することによって、過失相殺などされず損害の全額が支払われることは十分にあります。

警察や相手方保険会社から言われた過失割合に納得できないときには、是非当事務所にご相談ください。

(2)Xの傷害、後遺障害の有無及び内容

本件では、Xの後遺障害逸失利益も争点となりました。

Xは、本件事故により、右肩関節痛などの症状が残存し、後遺障害等級表12級13号に該当すると主張し、Yはレントゲン検査やMRI検査で、外傷性の異常所見は認められていないとして全面的に否認しました。

確かに、後遺障害の認定には、画像所見や神経学的所見などの他覚所見が有効になります。

自覚症状だけでは、裁判所も後遺障害の認定には消極的と思われます。

しかし、画像所見や神経学的所見などの他覚所見が認められなくても、①事故態様が相当程度重いものであること、②当初から通院を継続(多数回あればなおよし)していること、③通院当初から症状が一貫していることなどから、後遺障害が認められることもあります。

本件において裁判所は、自動二輪車を運転していた際の転等による衝撃の程度も決して軽微とはいえないこと、事故当日ではないものの、通院の当初から右肩鎖関節部をはじめとする右肩痛を訴えていたことなどから、Xは、右上腕二頭筋長頭腱炎の傷害を負ったことが認められるとしました。

また、MRI検査の画像上、異常所見が確認されないのは、上関節上腕靭帯の断裂という軽度損傷である可能性があり、MRI検査が受傷から1ヶ月が経過していたためと考えられると述べています。

そして、12級13号は認められないが、以上の事実から14級9号の後遺障害を負ったものと認めるのが相当という判断をしました。

このように、画像所見や神経学所見など他覚所見がなくとも、後遺障害が認定されることは十分にあります。

MRIを撮って、医者から異常なところは見当たらないなどと言われてしまったとしてもあきらめてはいけません。

事故当初から、継続的に通院をし、症状を訴え続けることが大事です。

当事務所でも、MRI画像などの他覚所見がない方でも、事故当初からアドバイスをしていたことにより、後遺障害認定がされたケースはたくさんあります。

ただ、事故当初から、後遺障害が認定される見通しをつけるのは困難ですし、わからない方がほとんどだと重います。

しかし、これまで述べたように、事故直後の行動が大事になってきますので、もし事故に遭われてしまったら、後遺障害の有無や見通しについても相談に乗ることができますので、早い段階で当事務所にご相談いただければと思います。

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交通事故
上肢

労働能力喪失の有無【後遺障害10級10号】(大阪地判 平成21年7月28日)

事案の概要

X(34歳、宅配作業員)の運転する自動二輪車が道路左端を走行中、同方向に走行していたYの運転する普通貨物自動車が路外ガソリンスタンドへ入るために左折した結果、両車両が衝突。
Xは、右手舟状骨骨折、右膝外側半月板損傷の傷害を負い、自賠責保険会社から後遺障害等級10級10号に該当する旨の認定を受け、賠償請求に及んだ。

<主な争点>

①Xの残存症状は後遺障害等級何級相当か?
②Xには逸失利益がどの程度認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 7万3486円 28万1798円
通院交通費 2万2280円 2万2280円
休業損害 8万4495円 8万4495円
通院慰謝料 150万0000円 150万0000円
逸失利益 3163万6902円 3163万7891円
後遺障害慰謝料 550万0000円 530万0000円
過失相殺 5%
損害の填補 ▲570万4098円
弁護士費用 310万0000円
合計 3428万0103円

<判断のポイント>

(1)後遺障害等級認定

本件では、Xの右手の可動域制限について訴訟提起前に「1上肢の3大関節の中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として後遺障害10級10号が認められていました。

この後遺障害は、手首、肘、肩のうちの一箇所が、健康な方の腕と比べて3分の1までしか曲がらないというものです。

しかし問題となったのは、通院先病院のカルテに、右手の可動域の測定結果が記載されていなかったことです。

これをもって、Y側は、後遺障害診断書の記載は症状固定時のものではないと反論したのです。

裁判所は、確かにカルテには記載はないものの、通常後遺障害診断書に記載されているのは症状固定時点の測定結果だと推定できるとし、さらに医療記録の中にも測定結果として記載があることから、可動域制限の事実を認めました。

このことから、やはり裁判所は、後遺障害診断書にどのように記載されているかをかなり重要視していることが分かります。

(2)逸失利益

本件では、Xが症状固定後も、事故以前と同じ職場で同様に勤務し、実際の減収は生じていないことから、逸失利益が発生するのか、発生するとしてもどの程度なのかも問題となりました。

逸失利益とは、後遺障害が残存することによって労働に支障が出る結果、労働の対価である収入にも影響(減収)が生じるだろうという発想のもとに認められるものです。

ですから、後遺障害が残存していても、労働には支障がなかったり、収入に影響しなかったりする場合には逸失利益は発生しないともいえます。

この点本件では、Xの職業が宅配便の集配作業であり、重量が500キログラム近くになる運搬用の箱を押して移動したり、台車を押したりするなど、手を使う作業が多くあり、利き手である右手首が十分に曲がらないために非常に苦労しているとし、そのような後遺障害がありながら、自らの努力で仕事の効率を低下させないようにしていることも認められるとし、労働能力喪失率を27パーセント、喪失期間を67歳までの33年間として、逸失利益を認めました。

この判断は、とても重要です。

障害が残ってしまったが、何とかこれまでと同じように稼動しようと努力をした者には逸失利益が認められず、漫然と支障を来たしたものにだけ補償が与えられるとなっては、不平等です。

裁判所に対して、実際の仕事内容、後遺障害が仕事に与えうる支障、被害者の苦労や努力を具体的に主張していき、逸失利益を認めさせることが大切になります。

まとめ

本件は、請求額とほぼ同額が認定されている、珍しい裁判例です。

判決は大分簡略化されているため詳細は不明ですが、当初から金額についてはそこまで大きな争いはなかったのかもしれません(実際は上記争点の他に、事故態様が大きな争点となっていました。)

もっとも、「カルテに記載がない」や「減収が生じていない」という反論は、事前に把握をしていないと一瞬ドキリとするものです。

これらの反論に対して、適切な証拠を用いて、きちんとした対応をしていかなければ、後遺障害が認められなかったり、逸失利益がゼロになったりする可能性もあります。

自身に有利な証拠、不利な証拠を見極めたうえで、適切な対処を心がける必要があるといえるでしょう。

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交通事故
上肢

労働能力喪失の有無【後遺障害10級10号】(大阪地判 平成21年7月28日)

事案の概要

X(34歳、宅配作業員)の運転する自動二輪車が道路左端を走行中、同方向に走行していたYの運転する普通貨物自動車が路外ガソリンスタンドへ入るために左折した結果、両車両が衝突。

Xは、右手舟状骨骨折、右膝外側半月板損傷の傷害を負い、自賠責保険会社から後遺障害等級10級10号に該当する旨の認定を受け、賠償請求に及んだ。

<主な争点>

①Xの残存症状は後遺障害等級何級相当か?
②Xには逸失利益がどの程度認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 7万3486円 28万1798円
通院交通費 2万2280円 2万2280円
休業損害 8万4495円 8万4495円
通院慰謝料 150万0000円 150万0000円
逸失利益 3163万6902円 3163万7891円
後遺障害慰謝料 550万0000円 530万0000円
過失相殺 5%
損害の填補 ▲570万4098円
弁護士費用 310万0000円
合計 3428万0103円

<判断のポイント>

(1)後遺障害等級認定

本件では、Xの右手の可動域制限について訴訟提起前に「1上肢の3大関節の中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として後遺障害10級10号が認められていました。

この後遺障害は、手首、肘、肩のうちの一箇所が、健康な方の腕と比べて3分の1までしか曲がらないというものです。

しかし問題となったのは、通院先病院のカルテに、右手の可動域の測定結果が記載されていなかったことです。

これをもって、Y側は、後遺障害診断書の記載は症状固定時のものではないと反論したのです。

裁判所は、確かにカルテには記載はないものの、通常後遺障害診断書に記載されているのは症状固定時点の測定結果だと推定できるとし、さらに医療記録の中にも測定結果として記載があることから、可動域制限の事実を認めました。

このことから、やはり裁判所は、後遺障害診断書にどのように記載されているかをかなり重要視していることが分かります。

(2)逸失利益

本件では、Xが症状固定後も、事故以前と同じ職場で同様に勤務し、実際の減収は生じていないことから、逸失利益が発生するのか、発生するとしてもどの程度なのかも問題となりました。

逸失利益とは、後遺障害が残存することによって労働に支障が出る結果、労働の対価である収入にも影響(減収)が生じるだろうという発想のもとに認められるものです。

ですから、後遺障害が残存していても、労働には支障がなかったり、収入に影響しなかったりする場合には逸失利益は発生しないともいえます。

この点本件では、Xの職業が宅配便の集配作業であり、重量が500キログラム近くになる運搬用の箱を押して移動したり、台車を押したりするなど、手を使う作業が多くあり、利き手である右手首が十分に曲がらないために非常に苦労しているとし、そのような後遺障害がありながら、自らの努力で仕事の効率を低下させないようにしていることも認められるとし、労働能力喪失率を27パーセント、喪失期間を67歳までの33年間として、逸失利益を認めました。
この判断は、とても重要です。
障害が残ってしまったが、何とかこれまでと同じように稼動しようと努力をした者には逸失利益が認められず、漫然と支障を来たしたものにだけ補償が与えられるとなっては、不平等です。裁判所に対して、実際の仕事内容、後遺障害が仕事に与えうる支障、被害者の苦労や努力を具体的に主張していき、逸失利益を認めさせることが大切になります。

まとめ

本件は、請求額とほぼ同額が認定されている、珍しい裁判例です。

判決は大分簡略化されているため詳細は不明ですが、当初から金額についてはそこまで大きな争いはなかったのかもしれません(実際は上記争点の他に、事故態様が大きな争点となっていました。)

もっとも、「カルテに記載がない」や「減収が生じていない」という反論は、事前に把握をしていないと一瞬ドキリとするものです。

これらの反論に対して、適切な証拠を用いて、きちんとした対応をしていかなければ、後遺障害が認められなかったり、逸失利益がゼロになったりする可能性もあります。

自身に有利な証拠、不利な証拠を見極めたうえで、適切な対処を心がける必要があるといえるでしょう。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)
高次脳機能障害

後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めた裁判例【後遺障害3級3号】(札幌高裁 平成30年6月29日判決)

事案の概要

4歳の男児X1が、市道を歩行横断中、Yの運転する大型貨物車に衝突され、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、症状固定後も残存した高次脳機能障害につき、後遺障害等級3級3号が認定された。

その後、X1とその両親X2及びX3は、Yに対して、将来介護費と後遺障害逸失利益については定期金賠償を求める形で、損害賠償請求訴訟を提起した。

<主な争点>

後遺障害の逸失利益の支払方法について、定期金賠償が認められるか

<本事案の経過>

(1)当事者の主張と第一審判決
本件では、X1が3級3号という重度の高次脳機能障害により、将来において単独で日常生活を送ることは到底不可能であるとして、将来介護費の定期金賠償を求めました。

また、本件事故によって労働能力が100%喪失したとして、男子学歴計全年齢の平均賃金を基礎収入として、18歳から67歳までの49年間にわたり、月1回の定期金賠償を命じる判決を求めました。

これに対しては、Yが、定期金賠償を求めている点を含め、逸失利益自体を争ったところ、第一審である札幌地裁(平成29年6月23日判決)は、判決において、X1の高次脳機能障害について、将来において完全に自立した生活を送ることができる見込みがないと認定したうえで、X1は本件事故により労働能力を完全に喪失したと認めました。

そしてそのうえで、逸失利益の定期金賠償の可否についても、X側が求めるとおりの算定方法により計算した金額の月1回の定期金賠償を認める判断を行いました。

(2)控訴審判決
控訴審判決も、第一審判決同様に、後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めました。

同判決は、その理由として、

①実務上定期金賠償が一般的に認められている将来介護費と比較した場合、事故発生時にその損害が一定の内容のものとして発生しているという点や、将来の時間的経過によって請求権が具体化するという点で、後遺障害逸失利益も共通していること

②定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えについて規定する民訴法117条も、後遺障害逸失利益について、定期金賠償が命じられる可能性があることを前提にしていること

③本件におけるX1の後遺障害逸失利益については、将来の事情変更の可能性が比較的高いものと考えられること

④被害者側が定期金賠償によることを強く求めていること

⑤④が、後遺障害や賃金水準の変化への対応可能性といった定期金賠償の特質を踏まえた正当な理由によるものであること

⑥将来介護費について長期の定期金賠償が認められている以上、本件において後遺障害逸失利益について定期金賠償を認めても、Y側の損害賠償債務の支払管理等において特に過重な負担にはならないと考えられることを挙げました。

まとめ

(1)定期金賠償
定期金賠償とは、交通事故によって発生した損害の賠償方法のひとつで、その損害を一括ではなく分割して、将来にわたって定期的に賠償をする方法です。

定期金賠償は、損害の性質上、交通事故の場合に多くみられる一括払いの方法(一時金賠償)では不都合が生じると考えられる場合に用いられる方法で、たとえば、本件でも認められているように、一生涯にわたって他者による介護を要するような重度の障害を負ってしまった場合の将来介護費などは、現実にいつまで必要となるかが分からないので、「被害者が死亡するまで」、という不確定期間の定期金で支払が行われることが多いです。

定期金賠償については、色々なメリット・デメリットがあるのですが、この点についてもう少し詳細が知りたいという方は、当サイトの「定期金賠償のメリットデメリットを解説!一時金賠償方式との違いとは?」のコラムをご覧ください。

(2)本件について
本件では、第一審判決、控訴審判決のいずれも、後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めました。

将来介護費については、定期金賠償での請求方法が確立されているため、これを請求する場合、そのほとんどが定期金賠償の方法で行われていますが、これに対して、後遺障害逸失利益については、基本的に一時金賠償で請求されているため、後遺障害逸失利益の定期金賠償の可否について問題になることはありませんでした。

もっとも、上記①で指摘されているように、後遺障害逸失利益も、将来介護費と同様に、事故の時点で一定の内容として発生し、将来において具体化する損害という点で共通していますので、本来は、一時金賠償よりも定期金賠償になじむものといえます。

それにもかかわらず、後遺障害逸失利益については一時金賠償で請求されることが多いのは、第一審判決で指摘されている、適切な金額の算定が可能であり、多くの場合、被害者側が一時金による賠償を望んでいるから、という理由に尽きます。

そのため、被害者側が望み、また、定期金賠償によることが相当といえる場合には、定期金賠償を認めても何ら問題ないと考えられます。

そして、定期金賠償の方法が相当かどうか、という点について、控訴審判決は、上記③~⑥の事情を総合的に考慮して、これを認めたのです。

一時金賠償は、短期間にまとまった金額が得られるという意味でのメリットは大きいものの、中間利息控除によって、定期金賠償よりも得られる総額が少なくなる可能性があるというデメリットもあるため、どちらの方法も選択できるというのは、被害者にとって望ましいことといえるでしょう。

本事案は、後遺障害逸失利益についても定期金賠償が可能であるということを明確にしたという点で、大きな意義があるものといえます。

損害賠償の請求において、どのような方法をとることができるのか、そして、被害者の方にとってどの方法が一番望ましいか、具体的な事情に応じてそれを提案するのも、弁護士の役割であるといえます。

交通事故でお困りの方は、当事務所にご相談ください。

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