裁判例

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交通事故
死亡
相場を超えた判断(さいたま地判平成24年10月22日)

事案の概要

A(32歳・女性)は自転車を運転し歩道上を走行していたところ、車道から路外の駐車場に進入するために左折してきたY運転の普通貨物自動車に衝突させられた。

Aは、緊急搬送され集中治療を受けたが、事故から13日後に脳挫傷により死亡した。

これにより、Aの配偶者であるX1及びAの両親であるX2、X3がYに対して損害賠償請求をした。

<主な争点>

①葬儀費用としての損害はいくらか
②死亡に対する慰謝料はいくらか

<主張及び認定>

主張 認定
文書料 2250円 2250円
入院付添費 9万1000円 9万1000円
入院雑費 2万1000円 2万1000円
付添人交通費 1万6300円 1万6300円
葬儀関係費用 738万8949円 300万0000円
損賠請求関係費 6450円 6450円
休業損害 13万4243円 13万3824円
傷害慰謝料 35万0000円 35万0000円
死亡逸失利益 4011万5644円 3999万0708円
死亡慰謝料 3400万0000円 2900万0000円
小計 8212万5836円 7261万1532円
既払金 ▲3747万4145円 ▲3747万4145円
損害合計 4465万1691円 3513万7387円
確定遅延損害金 151万9320円 151万9320円
弁護士費用 462万0000円 366万0000円
総計 5079万1011円 4031万6707円

<判断のポイント>

(1)葬儀費用としての損害はいくらか

現在の我が国では、人が亡くなった際には葬儀が執り行われるのが一般的です。

したがって、交通事故被害者がお亡くなりになった場合には、葬儀費用が損害として認められます。

もっとも、葬儀に要する費用もその規模やグレードによってピンからキリまであります。

華美で豪奢な葬儀を執り行い、何千万もかかったとしても、その全てを加害者に支払わせるのは酷といえる場合もあります。

そこで、裁判所は原則として相当な葬儀費用を150万円と考えています。

そして、それを超える金額については、故人の地位や属性によって、そのような葬儀を行う必要があったといえるか否かを判断することになります。

本件では、Xらは、Aのために新たに墓を建立したことから、150万円を超える金額の請求をしました。

これに対して、Yは、墓は一家全員のために購入するものであるから、補償範囲に入らず、150万円の限度で認められるべきだと反論しました。

この点、裁判所は、まず本件の事故態様がYの重大な注意義務違反によって起こされた悲惨なものであったと認定し、その上、Aが婚姻後3年も経過していない若い女性であり、事故後一度も意識を回復せずに死亡したことから、「遺族である原告らが葬送等に手厚く対応しようとしたことは無理からぬものというべき」と判断しました。

その上で、「墓の建立費用に関し、亡Aの夫の原告X1は、当初、原告X1の家の墓として納骨することを考えたが、原告X2ら夫婦において、原告X1が若く、将来再婚した時のことを考慮し、かつ、原告X1と原告X2の双方の自宅から近い霊園に、亡Aのための墓を建立することを提案し、亡Aのためだけの墓として、新たに建立するに至ったことが認められ、本件事故がなければ、上記の亡Aの墓が建立されることはなかったといえる」と説示し、「その建立に要した費用のうち社会通念上相当と認められる額について、本件事故による損害として認められるべき」と300万円を認定しました。

この金額は、通常の2倍の金額であり、他の裁判例と比較してもなかなか見られない高額な認定です。

本件では、亡Aのためだけに新たに墓を建立したという点、そしてその理由が極個人的なものではなく、一般にも受け入れられるものであるという点で、大幅な増額が認められています。

(2)死亡に対する慰謝料はいくらか

交通事故被害者が死亡した場合には、被害者自身に発生する慰謝料と、被害者の近親者に発生する慰謝料の2種類が認められます。

もっとも、これらの金額についても、過去の裁判例の蓄積により、一定の均一化が図られており、裁判所は亡くなった人が一家のどのようなポジションかという点で下記のような認定をする傾向にあります。

①一家の支柱  2800万円
②母親、配偶者 2500万円
③その他    2000万円~2500万円
注意が必要なのは、これは被害者自身と近親者の慰謝料を合計した金額が、上記金額程度になるということです。

例えば、一家の支柱が亡くなり、その妻と子どもが二人残された場合には、被害者本人が2200万円、配偶者が300万円、子どもがそれぞれ150万円ずつ、といったような認定がされることが多いのです。

本件では、被害者は兼業主婦である女性だったため、上記②の範疇に該当することとなります。

本件事故時は、上記②は2400万円程度とされていたため、裁判所も「原則として一般的には、配偶者の場合は2400万円が相当とされ」ると明言しています。

しかし、増額に値する具体的事情があるとして、合計2900万円もの慰謝料が認められることとなりました。

本件で増額事情となったのは、まずAの生活状況です。

Aは、X1と結婚をして、兼業主婦として家族を支え、子どもを授かれば専業主婦となって子育てに従事して家族で暮らすためのマイホームを購入したばかりの、いわば「幸福の絶頂期」に本件事故に遭い、「結婚後3年も経たない32歳の若さで、一度も意識を戻すことなく、生命を絶たれたものであり、その無念さは、筆舌に尽くせない」と判示されています。

加えて、Yの態度も問題視されています。

Yは、本件事故の刑事手続において「今後、ご遺族の方々には、直接お会いしてお詫びし、一生謝罪し続けるつもりです。」と誓ったにもかかわらず、執行猶予となるや遺族に対して面会はおろか、謝罪文や献花等も一切行っていません。

さらに、その点を本件裁判の中で裁判所から指摘されても、言い訳を述べ、謝罪を行わないYに対し、裁判所は「遺族に対して謝罪の気持ちを表して慰謝すべき思慮と自覚をうかがうことができない」と判断しています。

これらの事情と、本件事故態様からすると、「亡A本人及び原告らそれぞれの受けた精神的苦痛は、あまりにも大きく、甚大」として、上記2900万円を下回ることはないと認定されています。

このように、喪われたものはいかに重大なものだったのか、その喪われ方やその後の対応はいかなるものだったのか、という点が、慰謝料という精神的損害を判断する上では重要となってきます。
本件では、加害者の事故時の不注意やその後の無関心さに加え、Aがどれだけ充実した日々を生きていたのかという点が大きな意味を持ちました。

まとめ

本裁判例は、いわゆる「相場」や「基準」という金額から、大きく増額を認めたもので、被害者に寄り添った内容となっています。

また、判決文は「愛する家族」「幸福の絶頂」「(精神的苦痛が)察するに余りある」等の表現が用いられていて、かなり被害の内容に踏み込んだ判断をしているといえます。

どうしても裁判所は、冷静な視点でぶれない判断を強いられるため、その認定は硬直化していく傾向にあります。

人の命に値段を付けられるのか?貴賎を付けられるのか?というジレンマもあります。

しかし、被害者やその遺族の負った苦しみや辛さは、抽象化や均質化には馴染みません。

どのような人生を送っていた命が奪われたのか、それに対して周囲の人間がどのような苦痛を味わっているのかを詳細に訴え、適切な評価を目指すべきです。

「相場から行くとこんなものか」と示談してしまう前に、弁護士にご相談ください。

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