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14級
主治医の診断を採用せずに後遺障害の程度を判断した裁判例【後遺障害14級9号】

主治医の診断を採用せずに後遺障害の程度を判断した裁判例

大阪地裁平成28年6月30日判決(14級9号)

事案の概要

家族4人(母X1、子3人X2、X3、X4)が乗っていた乗用車が、交差点内で右折をするため停止していたところ、Y運転車両に追突された。X1及びX4は、事故後に残った後遺症について、損保料率機構より、それぞれ後遺障害14級9号が認定されたが、X1は、主治医より外傷性頚椎椎間板ヘルニア及び頚椎捻挫の診断を受け、また、X4については、中心性頚髄損傷、環軸椎関節亜脱臼及び外傷性頚椎環軸不安定症との診断を受けていたことから、X1及びX4がそれぞれ、より重度の後遺障害に該当すると主張して損害賠償を求めた事案(X2、X3も同様に訴訟を提起した)。

<主な争点>
①X1及びX4の後遺障害の程度
②X4(症状固定時11歳)の後遺症による逸失利益

<主張及び認定>

①X1

主張 認定
治療費 164万4162円 164万4162円
薬代 10万4410円 10万4410円
通院交通費 8万3974円 4万3355円
休業損害 95万6702円 95万1666円
入通院慰謝料 185万0000円 130万0000円
逸失利益 547万8082円 76万7880円
後遺障害慰謝料 390万0000円 120万0000円
損害の填補 ▲179万4327円 ▲179万4327円
弁護士費用 122万0000円 42万0000円
合計 1344万3003円 463万7146円

②X4

主張 認定
治療費 179万7970円 179万7970円
薬代 9万1760円 9万1760円
入院雑費 2万8500円 2万8500円
通院付添費 56万7000円 56万7000円
通院交通費 3万4135円 3万4135円
入通院慰謝料 215万0000円 145万0000円
後遺障害慰謝料 550万0000円 120万0000円
小計 2391万0011円 516万9365円
損害の填補 ▲213万2043円 ▲213万2043円
弁護士費用 217万0000円 30万0000円
合計 2394万7968円 333万7322円

判断のポイント

① X1及びX4の後遺障害の程度

1 裁判所の判断
X1は、本件事故後に左肩・首・肩甲骨周辺の重いつっぱり感や左肩・肩甲骨の疼痛など、頚部から左肩、左小指・薬指にかけて疼痛に伴う神経症状が生じていること、頚椎のMRIでも残存症状に整合する外傷性頚椎椎間板ヘルニアの画像所見が出ており、主治医であるA医師からも外傷性頚椎椎間板ヘルニアとの診断を受けていること、A医師の意見として、X1の主婦としての労働能力は20%程度、ピアノ講師としての労働能力は40%程度喪失しているとの判断があることなどを根拠に、少なくとも12級13号相当の後遺障害が残存していると主張しました。

また、X4は、本件事故後に左手の筋力低下、左手の知覚障害などの症状が残っていること、A医師から環軸椎関節亜脱臼、外傷性頚椎環軸関節不安定症、中心性頚髄損傷等の診断を受けており、また、X4の肉体的労働能力は30%喪失しているとの意見を受けていることなどを根拠に、9級10号相当の後遺障害が残存していると主張しました。

しかし、裁判所は、カルテの記載内容や頚椎MRI検査を行った他院の医師の読影結果などから、事故後まもない時期に行われた神経学的検査上異常がなかったことやMRI検査結果の内容から、X1の受傷内容は外傷性頚椎椎間板ヘルニアではなく、変形性頚椎症(画像上異常所見がない、もしくは経年性変化により頚部痛等の症状が出ている状態)であると判断しました。

また、X4の受傷内容についても、X1と同様に、カルテの内容や他院での画像の読影結果などから、A医師の上記診断を否定し、X1及びX4の残存症状については、損保料率機構の認定と同様に、いずれも局部の神経症状として、14級9号の後遺障害であると認定しました。

2 コメント
以上のように、裁判所は、X1及びX4のいずれの残存症状についても、より上位の後遺障害等級を認定せず、損保料率機構の判断どおり、後遺障害14級9号に該当すると判断しました。
この事案においてポイントとなるのは、裁判所が、X1及びX4の主治医であったA医師の診断をすべて採用しなかったことです。

(1)医師の診断の正確性
医師のイメージとして、医学の知識や経験が豊富であり、診断内容が間違っていることはあまり考えられないと思う方もいらっしゃるかもしれません。確かに、医師の先生は、医師になるための知識や経験を積んできており、実際、多くの先生が正しい診断をされていると思います。
しかし、医師も人間である以上、絶対に正しい診断がされる保証はありません。たとえば、患者さんに寄り添おうとする思いが強いあまりに、客観的にはそこまでひどい怪我でなくとも、実際に残っている症状よりも重い症状が残っていると診断されてしまうこともあります。また、逆に、本当は重い症状が残っているにもかかわらず、そこまで大した怪我ではないとの理由で、軽い症状で診断されてしまうという場合もあります。
前者の医師の先生は、特に交通事故被害者の方からすると、自分のことを親身に思ってくれる良い先生という側面もありますが、他方で、実際に生じている症状について、客観的な診断をしてもらえないおそれがあるという側面もあります。
もちろん、その先生の診断結果は、その患者さんの傷病に対する1つの見解であって、それが必ずしも間違っているとはいえません。
ただ、画像所見や自覚症状、様々な検査結果などの事情に照らしても、客観的に見ると、そのような診断結果になることは通常考えにくい、と思われるような診断がなされることがあるのも事実です。
そのような場合に、信頼している主治医の先生がそう言っているから間違いないと信じきってしまうと、実際に裁判で診断内容とはかけ離れた認定がされ、期待はずれの結果になってしまうということにもなりかねません。

(2)本件について
本事案では、A医師は、X1の受傷内容については外傷性頚椎椎間板ヘルニア、X4については中心性頚髄損傷、環軸椎関節亜脱臼及び外傷性頚椎環軸関節不安定症と診断していましたが、いずれもそれを根拠付ける明らかな画像所見や神経学的所見はほとんど見受けられず、かえって他院の医師からはそれらの診断を否定する所見が出ていました。
そのため、裁判所は、A医師の診断内容について、X1及びX4の症状を医学的証明できる他覚的所見がない、もしくは合理的に説明することは困難であるとして、A医師の診断をすべて採用しなかったのです。
X1及びX4としては、何年にも渡って自分たちの治療を続けてきたA医師が、積極的に裁判にも協力し、X1やX4の労働能力喪失の程度まで具体的に意見を述べていたことから、A医師の診断内容に誤りはないと信じて後遺障害等級を争ったのではないかと思います。
客観的な検査結果等と診断内容があまりにもかけ離れていると、治療の経過全体の信用性に疑いをもたれてしまうという事態にもなりかねません。
被害者の方は、特に自分に有利な診断内容に疑いを持ちにくいとは思いますが、自分の怪我や症状と診断内容にギャップを感じた場合には、一度他院にセカンドオピニオンに行ってみるというのもよいかもしれません。

②X4の後遺症による逸失利益

1 裁判所の判断
X4は、残存した症状が後遺障害9級10号に相当することを前提に、基礎年収を賃金センサスとしたうえで、症状固定時11歳のX4が就労するであろう年齢である18歳から67歳まで、労働能力が30%喪失するとして後遺症による逸失利益を請求しましたが、裁判所は、14級9号の後遺障害を前提とすると、X4には後遺障害逸失利益を観念することができないとして、逸失利益自体を否定しました。

2 コメント
(1)後遺症による逸失利益の計算方法
後遺症による逸失利益は、事故前年の年収に、労働能力喪失率と労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数(中間利息控除係数)をかけて計算されることになります。
たとえば、事故前年の年収が200万円であった人が、後遺障害14級9号の認定を受けた場合、14級9号の労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は5年が目安とされていることから、
200万円×0.05×4.3295(労働能力喪失期間5年のライプニッツ係数)=43万2950円が後遺障害による逸失利益となるのです。

(2)未成年者の後遺症逸失利益
しかし、本事案のように、いまだ働いていない未成年者の場合、基礎年収をどうするか、労働能力喪失期間をどう考えるかという問題が生じます。
まず、基礎年収については、原則として、事故前年の賃金センサスの全年齢の平均賃金を基準として算定することになります。ここで、男子の場合は、男子全年齢の平均賃金が基準となりますが、女子の場合は、女子全年齢ではなく、男女全年齢の平均賃金が基準とされる点がポイントです。
また、いつから労働が制限されると考えるか、という点については、交通事故に遭わなければ就労によって得られたであろう平均的な金額が逸失利益になると考えられていることから、症状固定時18歳未満の未就労者の場合は、18歳から就労を開始すると考えることなるため、労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数から、症状固定時の年齢から18歳までの年数分のライプニッツ係数を差し引くことになります。
たとえば、症状固定時の年齢が16歳であった被害者が、後遺障害14級9号が認定された場合、目安とされる5年を労働能力喪失期間とすると、
4.3295(5年のライプニッツ係数)-1.8549(18歳-16歳=2年のライプニッツ係数) =2.4746
を基礎年収と労働能力喪失率に掛けることになるのです。

(3)本件について
本事案において、裁判所は、X4が症状固定時11歳であったことから、認定した後遺障害14級9号の労働能力喪失期間の目安とされる5年が経過しても、まだ16歳で、労働開始年齢に達していないということ理由に、後遺症による逸失利益を観念することはできないとして、X4の逸失利益を認めませんでした。
このような判断は、(2)のような賠償実務上の考え方からすると、やむを得ないものといえますが、個人的には、後遺障害慰謝料を増額するなどの考慮があってもよかったのではないかとも思います。

受傷内容や残存した症状については、基本的には主治医の先生に診断してもらうのが一番ですが、治療を受けていくうちに、診察内容や治療方針等に不安を感じられることもまれではありません。そのようなお悩みをお持ちの方についても、ご事情を伺ったうえで、アドバイスをさせていただくこともできますので、まずは当事務所までお気軽にご連絡ください。

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