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可動域障害についての裁判例【後遺障害7級相当】

可動域障害についての裁判例(後遺障害等級7級相当)

~足が動かない大変さ~(大阪地判平成20年10月14日)

事案の概要

X(67歳女性)が信号規制に従って交差点を自転車で進行中、Yが自動二輪車で赤信号無視してきたため、Xと衝突した。
Xは、この事故で右膝関節内粉砕骨折の傷害を負い、Yに対して損害賠償の請求をした。

<主な争点>
①症状固定時期(必要な治療はどこまでか)
②労働能力喪失率
③介護の必要性

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 581万8355円 581万8355円
通院交通費 23万5630円 16万6030円
入院雑費 24万0500円 25万3500円
装具費用 18万8206円 18万8206円
休業損害 849万3541円 859万9636円
傷害慰謝料 500万0000円 415万0000円
後遺障害慰謝料 1051万0000円 1030万0000円
逸失利益 559万7654円 449万8202円
症状固定前の付添介護費用 423万0000円 423万0000円
将来の介護費用 246万5210円 246万5210円
弁護士費用 220万0000円 200万0000円

判断のポイント

① 症状固定時期(必要な治療はどこまでか)
本件でXは、複数の病院に通院し、後遺障害診断書も複数回作成されていました。
そして、問題となったのは、後遺障害診断書が作成された後に、人工関節置換手術を受けていることです。
一般に、後遺障害診断書には「症状固定日」が記載されます。
つまり、必要な治療がすべて終わって初めて後遺障害診断書の作成がされるのです。
したがって、後遺障害診断書の「症状固定日」以後の治療や手術は、原則として事故による賠償とはいえなくなります。
しかし、本件では、作成されていた後遺障害診断書上「右ひざにつき人工関節置換などの再手術を要する可能性がある」と記載されていました。
これが大きなポイントです。
つまり、ここで作成された後遺障害診断書は、あくまで「現在の小康状態が続けば症状固定」というに留まるのです。

このようなことは、往々にしてありえます。
特に、関節部の骨折等の場合、ボルト等で固定したうえで、一見すると癒合しているように見えても、血液循環不備等の理由で、壊死してしまう場合があります。
このような場合には、「壊死しなければ、これ以上の治療はとりあえず必要ない」「仮に悪化すれば再手術やより大掛かりな手術を要することになる」という形になります。
本件でも、再手術の可能性も踏まえた、とりあえずの症状固定であると明確に記されていたのが大きかったといえます。
また、再手術の結果、Xの関節可動域が大きくなった、つまり、少しは改善したという点も、手術が必要であったという評価に資しているといえるでしょう。

このように、もしかすると今後悪化するかもしれない、その場合には治療再開や手術が必要かもしれない、という場合には、きちんとその旨を証拠化しておくことが大切になります。

②労働能力喪失率
Xは、右膝関節の用廃(8級)と、右下肢短縮障害(13級)が認められ、併合7級相当と認められました。
労災の基準では、後遺障害7級は、労働能力喪失率は56%になります。
当然、Xは56%の労働能力喪失率で逸失利益を主張しました。

しかし、裁判所は結果としては、労働能力喪失率を45%として認定しました。
45%は、後遺障害8級の喪失率です。
裁判所は、確かに後遺障害は二つ認められるが、どちらも右脚の障害であるから、右膝関節の用廃に短縮傷害を併合した等級を喪失率の基準とするのは相当ではないと判断しました。
つまり、単純にいえば、右脚が短くなった不便さは、右脚が動かなくなった不便さの中に含まれる、という考え方です。

このあたりは、被害者側としては少々異論もあり得るところです。
本件では、Xの短縮障害は1センチメートル程度であり、これが小さいと評価されたのかもしれません。
確かに、膝が動かなくなってしまったことからすれば、1センチ脚が短くなったことの影響は少ないとも考えられます。

このように、後遺障害の等級評価と、労働能力喪失率は必ずしも一致しません。
個別具体的に、どのような障害がどのように労働に影響を及ぼすかという点を、きちんと主張立証していく必要があります。

③介護の必要性
Xは、日常生活の介護が必要だとして、介護費用を請求しました。
これに対して、被告は、この原告が利用している介護というのがいわゆる「家政婦がするような仕事内容」であり、Xの怪我についての介護ではないと主張し、これらは休業損害の中で評価されるべきと主張しました。

確かに、そもそも一般的には、後遺障害8級程度の等級では、付添介護費用が十全に認められないという判断が多いように思われます。
そのうえ、本件でXが請求しているのは、食事、掃除、犬の散歩といったような、あくまで日常生活のヘルプであって、傷病の手当てではありません。

しかし、この点につき裁判所は、一般論としては、Xの請求が難しいとしながらも、本件ではXは「婚姻歴がなく子もいないから、家族がいる被害者であれば当然に受けられる日常生活上の世話も、職業付添人(家政婦)に依頼せざるを得ない状況にある」と判断しました。
その上で、そのような出費は本件事故がなければしなくてもよかったものであるから、実際に出費した分は損害として認めると認定しました。
また、将来も同様の介護が必要であることは明らかとし、少なくともXが主張している金額は損害として認めることができるとしました。

この判断は、とても具体的な事情に配慮した細やかなものといえます。
ひとことで「介護」といっても、それを必要とする人によって、内容はさまざまです。
たとえば、遷延性意識障害(植物状態)であれば、用便の世話から、洗体、床ずれ防止や場合によってはバイタルチェックまでを要するかもしれません。
他方で、下半身不随等の場合、身の回りのことはある程度自分でできるが、移動を手伝ってもらう必要があり得ます。
本件では、右膝関節の用廃という、日常所作に難を抱えたXにとって、料理屋犬の散歩等は自分でするには困難な作業となりました。
これらは、もしもXに家族がいれば、代わりに行ってくれるでしょう。その場合には、大した問題は生じません。
しかし、Xは未婚で子供もいませんでした。
その場合、自分のことは自分でやるしかありません。
やってもらうとすれば、そこには当然対価が発生してしまいます。

裁判所は、このような具体的な事情を踏まえて、そのようなサービスを受けるもやむなし、と認定しました。

このことから分かるのは、Xがどのような生活を送っており、どのような点に不便を覚えているのか、それをどのように解消する手段があるのかといった点を、きちんと整理して主張することの大切さです。

コメント

本裁判例は、いずれの争点についても杓子定規に決定せずに、具体的な事情を汲み取った判断をしました。
もちろん、争点②のように、ある程度杓子定規に考えてもらったほうが、被害者側に有利だったものもあります。
そこで、適切な解決をするには、何をどこまで主張すべきなのか、どのような落しどころがあり得るのかを、きちんと見通すことが必要になります。
交通事故賠償は、ある程度定式化が進んでいますが、全てがそれで解決するわけではありません。
適切な解決をするために、ぜひあなたの詳細で具体的な事情を弁護士にご相談ください。

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