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逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例【後遺障害等級11級相当】

嗅覚脱失についての裁判例(後遺障害等級11級相当)

原告に嗅覚脱失を原因とする逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

X(原告)が、交差点の青信号に従い横断歩道を渡っていたところ、同交差点を右折通過しようとしたY(被告)運転の加害車両にはねられ、頭部挫創、脳挫傷等の傷害を負い、頭部外傷後の頭蓋内の損傷については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、後遺障害等級12級13号に該当し、頭部外傷に伴う嗅覚脱失については、12級に相当し、頚椎捻挫後の頚部痛の症状については、「局部に神経症状を残すもの」として14級9号に該当するものとされ、これらを併合して11級相当の後遺障害認定を受け、Yに対して、3212万4266円を求めて訴えを提起した。

<争点>
Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
休業損害 46万8317円 46万8317円
傷害慰謝料 130万円 110万円円
後遺障害逸失利益 2316万0551円 1503万5949円
後遺障害慰謝料 420万円 420万円
既払金 ▲3万円 ▲3万円
弁護士費用 300万円 208万円
合計 3209万8868円 2285万4266円

鼻の障害について

鼻の障害は、大きく分けて2つあります。

1つは、鼻軟骨部の全部又は大部分を失った「欠損障害」。

もう1つは、鼻を欠損しないで鼻の機能が喪失又は制限されてしまった「欠損を伴わない機能障害」があります。

①「欠損障害」

後遺障害等級表においては、「鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの」と認められる場合に、第9級5号が認定されることになります。

ここで、
「鼻を欠損」とは、上記のとおり、鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損をいい、
「機能に著しい障害を残すもの」とは、鼻呼吸困難又は嗅覚脱失をいいます。

このように、後遺障害等級表上では、
「鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損」+「鼻呼吸困難又は嗅覚脱失」があれば第9級5号が認定されます。
「欠損」の他に「機能障害」も認められる必要があることに注意です。

②「欠損を伴わない機能障害」

後遺障害等級表には、鼻を欠損しないで鼻の機能障害のみを残すものについては特に定められていませんが、鼻の機能障害の程度に応じて、次のように準用等級が定められています。
・「嗅覚脱失又は鼻呼吸困難が存するもの」については、第12級12号が準用されます。
・「嗅覚の減退のみが存するもの」については、第14級9号が準用されます。

そして、嗅覚脱失及び嗅覚の減退については、T&Tオルファクトメータによる基準嗅力検査の認知域値の平均嗅力損失値により、次のように区分されます。

5.6以上      嗅覚脱失
2.6以上5.5以下  嗅覚の減退

なお、T&Tオルファクトメータとは、嗅覚測定用基準臭ともいい、5種類のにおいにつき各々8段階の濃度が設定され、濃度が低い順からにおいを嗅いでいき、初めてにおいを感じたときに認知域値をとります。

聴力障害の検査方法

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。

また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。

{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6

そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。

難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。

もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

本件について

Xの逸失利益の有無

<Xの主張>
Xは、会社の従業員としてNAS電池の製造に従事しているが、その製造過程においては熱源としてLNGガスを使用するほか、製品の材料として硫黄等を用いるため、現場の管理には嗅覚による判別能力を必要とするところ、本件事故により嗅覚をまったく失ったため、職場安全衛生委員を退任しただけでなく、同製造過程の焼成工程を指揮することを見送らざるを得なくなったことから、67歳までの就労可能年数29年間、少なくとも事故当時の給与所得年額764万8290円につき20%の逸失利益が生じていると主張しました。

<Yの主張>
これに対してYは、Xには後遺障害による就労への影響は現実的には考えられず、逸失利益は認められないと反論しました。

すなわち、嗅覚は、専ら日常生活の面に影響する生活能力であり、嗅覚が重要な要素となる職業(調理師あるいは主婦等)を除いては、原則として労働能力に影響を与えることはない。

Xは、嗅覚が必要不可欠という職業に就いているわけでもなく、嗅覚が重要な要素となる仕事に従事しているわけでもないのであり、嗅覚がなくなったとしても、それだけで現在の職業や仕事ができなくなるわけではないことから、Xが、嗅覚を脱失したとしても、労働能力に影響を及ぼすとは考えられないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所はまず、Xの職務内容として、技術者としての職歴を有することから、今後とも、化学物質等を用いた製品の製造、研究、開発等の職務を担当する蓋然性が高いことを認定しました。

もっとも、本件事故発生前に比べて、Xの収入の減少はなく、降格もされていない、さらに、会社はXを現在の職場から他の職場に配置転換することは予定していないとも認定しています。

その上で、Xには収入の減少や降格といった不利益は生じていないのであるが、Xの職務内容や勤務先会社の業務内容等を考慮するならば、Xの嗅覚脱失という障害が原告の労働能力に相当の影響を与えるものであることは明らかであるとし、将来、嗅覚脱失の障害による経済的不利益が生じるおそれが高いというべきと判断しました。

そして、逸失利益の算定方法としては、労働能力喪失期間をXの就労可能年数の29年間、労働能力喪失率は14%が相当であるとして、1503万5949円を認めました。

コメント

本件では、Xが特殊な仕事に就いていたことから、逸失利益が認められました。

しかし、嗅覚が失われたとしても、労働能力に影響を与える場面というのは少なく、逸失利益が認められないケースは多いです。

本件のYが主張するように、嗅覚障害の場合、調理師や主婦など、嗅覚が多大な影響をもたらす職業であれば認められやすいですが、とくに影響がない職業の場合は、嗅覚障害により具体的な減収があることを主張しない限りなかなか逸失利益を立証することは難しいでしょう。

しかし、その場合には後遺障害慰謝料の増額が見込まれる場合があります。

そこでも、嗅覚障害により、どのような支障が仕事上あるいは日常生活上生じているのか、きちんと説明する必要があります。

現在の症状はどのような障害として残る可能性があるのか、どのような検査を行えばよいのか、後遺障害が残っていても適切な賠償額を得られるのか、1人では判断が難しいと思います。

そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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