ホテル・旅館の従業員の労務に関する法律関係

1.ホテル・旅館の従業員

ホテルや旅館など(以下、「ホテル等」といいます。)の経営者とその従業員とは、通常、雇用契約によって使用関係が生じますので、基本的には、雇用契約上の使用者・使用人との間に生じる法律関係と変わることはありません。

以下では、ホテル等という事業の特性から問題となりやすい法律関係に注目していきます。

2.労働時間について

(1)着替えの時間は労働時間なのか

指定の作業着を着用すべきことを従業員に指示しているホテル等も多いと思います。

この作業着の着替えに要する時間は、労働時間に含まれるでしょうか。

「労働時間」は、「使用者の拘束下に置かれている時間か否か」という観点から客観的に判断されます。

そのため、勤務中の指定の作業着の着用が義務であり、これを行わない場合に従業員に何らかの不利益が生じる場合には、労働時間に含まれると考えられます。

(2)手待ち時間は労働時間なのか

それでは、作業と作業の間の待機時間である「手待ち時間」は労働時間に含まれるでしょうか。

「手待ち時間」とは、使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない時間として、使用者の作業上の指揮監督下に置かれている時間を指し、この点で休憩時間とは区別されています。

先程の基準に照らせば、「使用者の拘束下に置かれている」ことになりますので、「手待ち時間」も労働時間に含まれます。

なお、休憩時間という名目であっても、使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない状態であれば、その時間も労働時間に含まれることになります。

このように、労働時間であるか否かは、その名目如何にかかわらないので注意が必要です。

3.出勤命令

(1)休日の出勤命令

次に、従業員の休日に出勤して欲しいと考えた場合、使用者は出勤を命ずることができるでしょうか。

労働基準法は、原則として1週間に1日の休日を従業員に与えなければならないと定めており、これを「法定休日」といいます。

使用者が従業員の法定休日に出勤を命ずるためには、いわゆる「三六(サブロク)協定」(従業員の過半数が加入している労働組合又は従業員の過半数を代表する者との間で定める協定のことで、時間外労働や休日労働に関して、法が定めた原則を修正することができます。三六協定を締結した使用者は、この協定を労働基準監督署に届け出る必要があります。)により、休日に労働させることができる旨を協定する必要があります。

これに加えて、使用者と労働組合との間で労働協約を定め、また、就業規則などに休日出勤義務に関する定めを置くことが必要です。

これに対して、法定外休日に出勤を命ずるには、三六協定を締結している必要まではありませんが、この場合であっても、従業員に対して休日出勤を命ずることができる旨の合意・規定(労働契約など)は必要です。

このように、休日出勤命令には様々な制約が設けられていますが、これらをクリアしても、従業員が「休暇」を理由に出勤を拒否する可能性が残ります。

これに対しては、使用者の業務と従業員の休暇とのどちらがより必要であるかによって判断されます。

仮に、使用者の業務は変わりの従業員で十分賄うことが可能であれば、休日出勤命令は権利濫用として無効となる可能性が高くなります。

(2)繁忙期の休暇申請

では、繁忙期に従業員から休暇申請がされた場合、使用者はその従業員を出勤させることができるでしょうか。

法令上、年次有給休暇は、従業員が使用者に請求すれば、理由の如何を問わず休暇として認められることになっています。

しかし、これでは、使用者は、いかに繁忙期であっても従業員を休ませなくてはならなくなり、業務に重大な支障が生じてしまうことも考えられます。

そこで、使用者には、年次有給休暇の「時季変更権」が認められており、「事業の正常な運営を妨げる場合」は、従業員からの休暇申請の日にちを別の日に変更してもらうことができます。

それでは、「事業の正常な運営を妨げる場合」とはどのような場合をいうでしょうか。

この判断に当たっては、事業の規模、内容、当該従業員の担当業務、業務の性質、業務の繁閑、代替者の配置の難易など、様々な事情を総合的に考慮することになります。

さらには、使用者として、できる限り従業員の休暇の取得に配慮をしておくべきと考えられており、このような配慮を欠いていた場合には、時季変更権の行使は認められません。

例えば、事業が小規模で、かつ、常に人員不足に悩まされているような場合であっても、使用者がこのような状態を放置していると、配慮を怠ったものとして時季変更権の行使が違法となることがあります。

一方で、年次有給休暇の取得の申請が、休暇の直前に行われたことにより、代替者を配置するための時間的余裕が無いなどの事情で、配慮を尽くしてもなお業務に支障が生じてしまうといった場合であれば、時期変更権の行使が認められやすくなります。

4.深夜労働のみに従事する従業員の賃金

ホテル等では、深夜(午後10時から午前5時までの間)のみに業務を行う従業員がいることも想定できますが、この従業員に対する賃金は、労働基準法が定めるとおり、25%の割増賃金となるのでしょうか。

深夜労働は、一般的に人が睡眠をとるべき時間に働くことは苦痛であるとの考えから、割増賃金を支払うべきこととされています。

したがって、深夜のみに働く従業員に対しては、たとえその時間が所定労働時間であったとしても、使用者は割増賃金を支払う義務があります。

このことは、変形労働時間制や、フレックスタイム制を採用していたとしても変わりません。

また、裁量労働制を採り、従業員がその裁量により深夜労働を行った場合にも、割増賃金を支払わなくてはなりません。

さらには、管理監督者であっても、深夜労働については労働基準法41条で定める労働時間・休憩・休日に関する規定の適用除外の対象に含まれていませんので、割増賃金を支払う必要があることにも注意が必要です。

5.チップ(心付け)の取扱い

最後に、ホテル等では従業員がお客からチップ(心付け)を受け取ることもあると思われます。

このチップの取扱いについて、使用者は、従業員が受け取ったチップに相当する金額を賃金から差し引いて支給することが許されるでしょうか。

この点については、チップが従業員の賃金に含まれるか否かがポイントになりますが、賃金とは、使用者が従業員に対して労働の対価として支払うものをいいます。

つまり、チップは、使用者が従業員に対して支払うものではないという点で、従業員に対する賃金には当たりません。

そのため、原則として使用者は従業員がお客から受け取ったチップを賃金から差し引くことはできません。

もっとも、従業員がお客からチップを受け取った場合には、これを給料から差し引く旨を、あらかじめ従業員の過半数が加入している労働組合又は従業員の過半数を代表する者との間で協定しておくことはできると考えられます。

これにより、チップを賃金から控除することができます。

なお、従業員がチップを受け取ることを厳しく制限したい場合には、従業員がチップを受け取ることを懲戒事由として定めておき、これに違反する従業員に対して懲戒処分を行うことが考えられます。

まとめ

以上で見てきた場合のほかにも、ホテル等の使用者と従業員との間の労使問題は多岐にわたると考えられますが、そのひとつひとつに関係する法律上の問題は非常に複雑です。

従業員との労使関係でトラブルをお抱えの経営者の方や、今後のトラブルを未然に防止するための対策をご検討されている経営者の方は、是非、法律の専門家である弁護士にご相談されることをお勧めします。