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入院治療期間の相当性について判断をした裁判例(東京高裁平成26年4月24日判決)

事案の概要

X1(父)、X2(母)、X3(長女)、X4(次女)の4名の乗る普通乗用車が、交差点において赤信号で停止していたところ、その後方から来たY運転のタクシーに追突され、それぞれ、頚椎挫傷、腰部挫傷の傷害を負った。

Xらは、事故後、搬送された整形外科で治療を受け、頚部や腰部の疼痛、めまい、嘔気、上肢のしびれ等が激しいなどとして、全員について入院が必要と判断された。

そのため、Xらは別の整形外科に入院をし、X1は48日間、X2は36日間、X3は28日間、X4は36日間の入院治療を行った。

その後、XらがYに対して、損害賠償請求をしたところ、Y側はXらの治療の必要性・相当性を争ったため、XらがYに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<主な争点>

①Xらに入院治療の必要が認められるか否か
②必要性が認められるとしても、入院治療期間として相当であったか否か

<争点のポイント>

交通事故により負傷した場合、その治療にかかった費用の賠償責任は、加害者が負い、通常の場合、加害者の加入する任意保険会社が負担してくれますが、事故の態様や程度からすると負傷をしていない、もしくは負傷していても治療が過度になされていると判断した場合には、治療費の支払を拒んでくることがあります。

また、事故後しばらくは治療費の支払を認めていても、医療機関での通院記録などを見て、もはや治療の必要がない段階(症状固定)に至っていると判断する場合には、治療費の支払いを打ち切ってきます。

そして、裁判においても、治療の必要性や相当性がないと判断される場合には、加害者の治療費の支払義務は認められません。

ただし、どの程度の治療が必要なのか、相当なのかという判断は困難を伴い、特に、一見して外傷が明らかでないむち打ち症などについて、治療として相当な範囲を明確にすることは、裁判所であっても、極めて困難であるといえます。

本件においては、以下のとおり、Xらの入院治療の必要性が認められるか否か、認められるとしてもそれらの入院治療期間は相当な範囲にあったといえるか否かが争われました。

<Y側の主張>
本件事故により生じた物的損害は極めて軽微であり、また、Xらの症状や入院期間中の頻繁な外出等の事情をも考慮すると、入院の必要性は認められず、また、認められたとしても相当な入院期間は数日程度である。

<X側の主張>
Xらの入院は、病院や担当医師が入院の必要性があると判断したことによるもので、その判断は相当であり、Xらはその指示に従っただけである。また、Xらの症状は決して軽微ではなく、入院期間中の外出についても、やむを得ない事情があった。

(1)原審(地方裁判所)の判断

Xら及びYに主張について、原審の横浜地裁相模原支部(以下、単に「横浜地裁」といいます。)は、治療のための入院が相当な長期にわたらない限り、担当医師の裁量の範囲内であり、不相当とはいえないとして、Xら全員の入院治療の必要性、入院期間の全期間について相当性を認めました。

(2)高等裁判所の判断

上記のような原審の判断に対して、東京高裁は、入院治療の必要性を認めつつも、相当な入院期間の範囲については、X1については48日中17日、X2については36日中15日、X3については28日中4日、X4については36日中7日に限定して認定しました。

この判決においては、X1について、裁判所は、原審でX1の本件事故による傷害について相当と認められる入院治療期間は、10日間との鑑定されていたこと、X1が入院期間中に合計9回の外出もしくは外泊をしていたことを前提事実として、「それぞれの外出又は外泊には一応相当の理由が認められるものの、そのような外出や外泊が可能であったことは、上記鑑定結果のとおり、入院後約10日を経過したあとは通院治療が可能な状態になっていたことを推認させるものである。」と判示しました。

そのうえで、X1の症状に関する医学的意見書の内容を考慮して、X1が別の整形外科に転院するために退院した日までの17日間について、相当な入院期間であると認定されています。

まとめ

以上のように、Xらの入院の必要性については、地裁と高裁のいずれも認めていますが、入院期間の相当性については、判断が分かれています。

(1)横浜地裁の判断について
横浜地裁は、受傷後の症状の変化については予測が困難なため、被害者が医師に入院を要望したなどの特段の事情がない限り、被害者の症状やその変化を診ている医師が、入院治療が必要であると判断すれば、それはその医師の裁量の範囲内に属する判断として、入院期間が相当長期でなければ、不相当とはいえないとの認定基準を設定して判断しています。

横浜地裁の示した認定基準は、言ってしまえば、医師が治療のために入院が必要と判断すれば、明らかに相当でないような長期間でない限り、基本的には実際に入院した期間は相当な範囲であるとするものであり、これは、被害者にとってみれば、かなり有利な基準です。

ただ、このような基準では、被害者の実際の症状や治療の経過ではなく、医師の判断次第で相当か否かが判断されることになるため、第三者的な立場からみると、それが実態に即した公平な判断といえるのか疑問ではあります。

また、横浜地裁は、医師が相当と認めた入院期間については、「入院させなかったり、早期に退院させたときの方が後に病状が悪化した場合など医師の責任が問われかねない」ということも考慮されており、それも含めて医師の裁量であると考えられているようですが、被害者本人の症状に対する治療の相当性を考えるときに、本人に直接関わらない事情を考慮するのが適切妥当なのかも一考の余地があるでしょう。

(2)東京高裁の判断について
これに対して、東京高裁は、Xらの受傷の程度や外出の頻度等の事情、第三者による鑑定結果などの客観的な事実を総合的に考慮して、相当性を判断しています。この判断は、横浜地裁のある意味大雑把な認定にNGを出したものといえるでしょう。

確かに、担当医師は被害者の症状を直接診てきた医療の専門家であり、その判断が重視されるべきであることは間違いありません。

もっとも、裁判での事実認定は、裁判において提出されたすべての証拠に基づいて行われるものであるため、一部の証拠のみから判断されるべきでないのも事実です。

今回、東京高裁が重視したのは、Xらが入院中にもかかわらず、頻繁に外出をしていたという点です。

通常、入院が必要な患者さんとして考えられるのは、入院をしなければ怪我の治療に必要な処置や手術ができない場合や、歩行ができない、または困難であるために通院治療が難しい場合などです。しかし、Xらの怪我は頚椎捻挫や腰椎捻挫などに留まり、特に手術等が必要な場合ではなく、また、1度や2度に留まらず、頻繁に外出していたという事実は、歩行にも特に困難が生じていなかったことを推認させるものであるため、少なくとも外出ができるようになった時点で、入院を続ける必要はなくなったと考えるのが素直です。

東京高裁は、Xらには入院が必要であるとした医師の判断を尊重しつつも、実際のXらの行動などから通院治療が可能になった時期を判断しており、実態に即した相当な範囲の入院期間を認定したものといえるでしょう。

治療の必要性や相当性については、示談交渉の段階でもよく争いが生じる点の1つです。まだ症状が改善していない状態で、治療が必要でない、もしくは相当でないとして、相手方に治療費の支払を拒否されてしまうのは、被害者にとって、経済的にも精神的にも大きな負担となります。そのような場合は、弁護士にご相談をいただければと思います。

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