裁判例

Precedent

交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)
14級
過去の事故と同一部位の神経症状【後遺障害14級9号】

事案の概要

平成24年11月25日、X運転車両が青信号の交差点に進入したところ、左側から赤信号を無視して交差点に進入してきたY運転車両がX車の側面に衝突したことによって、X車が一回転して大破し、Xが肋骨骨折、頚椎捻挫、腰椎捻挫、右坐骨神経痛等の傷害を負ったため(本件事故)、XがYに対して損害賠償を求めた事案。

Xは、本件事故前の平成16年9月12日に発生した交通事故(別件事故1)により、腰椎捻挫および頚椎捻挫の傷害を負い、平成17年7月26日に症状固定となり、腰痛及び長時間座位困難の神経症状について、損保料率機構によって、後遺障害14級9号に該当すると認定を受けており、また、平成20年11月11日に発生した交通事故(別件事故2)により、頚椎捻挫の傷害を負い、平成22年1月18日に症状固定となり、頚椎捻挫後の右上肢のしびれの症状について、損保料率機構によって、後遺障害14級9号に該当すると認定を受けていた。

<主な争点>

過去に後遺障害が認定された部位と同一部位について、同じ等級の後遺障害が認定されるか

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 205万4649円 205万4649円
通院交通費 8万6970円 8万6970円
休業損害 156万1975円 156万1975円
逸失利益 86万8240円 86万8240円
通院慰謝料 132万0000円 103万0000円し
後遺障害慰謝料 220万0000円 110万0000円
弁護士費用 43万0000円 30万0000円
損害の填補 ▲370万3594円 ▲370万3594円
合計 482万7240円 329万8240円

<判断のポイント>

Xは、本件事故によって生じた頚部受傷後の右上肢のしびれ、腰部受傷後の腰部痛などについて、症状固定後、後遺障害等級認定申請を行いました。

しかし、損保料率機構は、右上肢のしびれ、腰部痛について、後遺障害等級14級9号を超える等級には該当しないこと、右上肢のしびれについては、別件事故2の受傷に伴う右上肢しびれ、別件事故1に伴う腰部痛が、それぞれ後遺障害等級14級9号に該当すると認定されており、本件事故により生じた症状は、これを加重したものとはいえないとして、後遺障害には該当しない、と判断しました。

<裁判所の判断>

X側が、別件事故1と別件事故2によって残存した腰痛や右上肢のしびれの症状について、それぞれ後遺障害等級14級9号に該当する後遺障害が残存したものの、本件事故当時には、腰痛の症状は消失しており、右上肢のしびれの症状も改善していたなどと主張したのに対し、Y側は、損保料率機構の判断と同様の理由で、本件事故によるXの症状は、後遺障害等級14級9号を超えるものではないから、後遺障害には該当しないと主張しました。

この点について、裁判所は、別件事故1及び2によって生じた後遺障害は、本件事故当時残存していたと認めることはできず、本件事故により残存した症状は後遺障害等級14級9号に相当すると判断して、本件事故によってXが後遺障害等級14級9号に相当する後遺障害を負ったと認め、後遺障害慰謝料及び後遺症による逸失利益を認めました。

原則として、過去に交通事故によって生じた症状について、身体のある部位に関して、一度後遺障害が認定されると、同一の部位については、すでに認定された後遺障害を超える等級に該当すると判断される場合に限って、後遺障害が認定されます。

つまり、同一部位について過去に認定されていた場合には、いくら症状が悪化したとしても、より上の等級に該当しなければ、後遺障害が認定されることはないのです。

なぜなら、後遺障害とは基本的に生涯残存することが想定されているため、身体のある部位に一度生じた後遺障害が回復して、再び事故で同程度の後遺障害が残るということは考えられないからです。

たとえば、鎖骨を骨折して、骨がうまく癒合しなかったために肩の可動域が4分の3に制限されているという後遺障害等級12級7号の後遺障害が残った場合、骨は生涯正常な状態には戻らないのですから、基本的に時間の経過による自然治癒により可動範囲が症状固定時よりも広がることはないと考えられます。

そのため、その症状が一度後遺障害として認定されると、同一の肩について、それよりも上の等級である10級11号の後遺障害(可動域我3分の1以下に制限されているもの)に該当すると判断されない限り、後遺障害が認定されることはないのです。

それでは、なぜ今回は、別件事故1及び2において認定された後遺障害について、もう一度同一部位で同じ等級の後遺障害が認定されたのでしょうか。

その理由は、後遺障害の中でもむち打ち等を原因とする神経症状が、賠償実務上は、いつかは治る症状と考えられていることにあります。

すなわち、治療が終了した段階(症状固定時)で神経症状が残ったとしても、経年による慣れによって、症状が消失するものであると考えられており、そうすると、症状固定後も症状が残存するとしても、それは短期的なものにすぎないとされているのです。

このような考え方は、上で述べた、基本的に生涯残存すると想定されている後遺障害の概念とは矛盾するようにも思えますが、実際に、軽度の末梢神経障害であるむち打ち症が、生涯残存することは稀であるため、いつかは治る症状と考えられているのも不合理とはいえません。

そのような考えの下、賠償実務上は、後遺症による逸失利益を算定するに当たって、後遺障害等級14級9号の神経症状による労働能力の喪失期間は5年、12級13号は10年が目安とされています。(もっとも、後遺障害がどの程度の期間残り続けるかは個人差があるため、むち打ち症による神経症状でも、それ以上の労働能力喪失期間や、就労可能年齢までの喪失期間が認定されることがないとはいえません。)

そして、本事案では、裁判所は、本件事故が過去に後遺障害として認定されたXの腰痛や右上肢のしびれが生じる原因となった別件事故1及び2から相当な期間が経った後のものであることや、本件事故当時、Xが積極的にスポーツなどをしていたこと、Xが本件事故当時、腰痛や右上肢のしびれの症状のための通院をしていなかったことなどから、これらの神経症状は、本件事故当時には残存していなかったと認定したのです。

この判断は、まさにむち打ち症による神経症状が、いつかは治る症状であると考えられていることや、労働能力喪失期間が短期間に制限されていることとも整合しています(後者については判決文中にもその指摘があります)。

そのうえで、本件事故が、X車が横転し、一回転して大破、全損するような態様であったこと、Xが、本件事故によって、頚椎捻挫、腰椎捻挫等の傷害を負い、右上肢痛・しびれ及び腰部痛等の後遺障害が残存したと診断されていること、損保料率機構からも、本件事故による頚部受傷後の右上肢痛・しびれ及び腰部痛の症状については、後遺障害14級9号に該当する後遺障害が残存していることが否定されていないことなどから、Xは本件事故によって、新たに発生し、残存した上記症状が、後遺障害14級9号に相当すると判断されました。

この判決は、損保料率機構における書面審査だけでは行い得ない、被害者の過去や現在の事実関係を丁寧に拾い上げて認定し、むち打ち症が短期間で治るとされる実務上の考え方に整合する判断を示した、画期的な判決といえると思います。

適切な後遺障害等級認定を受けるためには、実務上後遺障害についてどのような考え方がされているのかを知っておく必要がありますが、被害者の方個人の力ではどうしても限界があります。

後遺障害が認定されるか不安のある方は、お気軽に当事務所までご相談ください。

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