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休業損害や逸失利益~算定の基礎とされる収入は?~【死亡事故】(大阪地裁平成27年10月9日判決)

事案の概要

81歳女性医師であるAが横断歩道を横断中、Y1運転・Y2所有の車両に衝突され、121日の入院後に死亡したため、Aの夫X1及び子X2・X3がY1及びY2に対し損害賠償を求めた事案。

なお、X1は本件事故当時、認知症を患っており、本件事故前まではAがその監護を行っていた。

<主な争点>

①亡Aの基礎収入
②X1の監護料

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 1911万5933円 1911万5933円
入院雑費 18万1500円 18万1500円
通院交通費 53万0550円 17万9680円
付添看護費 84万7000円 72万6000円
葬儀費用 150万円 150万円
X1の監護料 2183万4920円 0円
休業損害 653万2548円 97万9934円
傷害慰謝料 223万円 223万円
死亡逸失利益 1億0651万3025円 1720万8032円
死亡慰謝料 2500万円 2200万円
小計 1億8428万5476円 6412万1079円
既払金 ▲1934万7833円 ▲1911万5933円
合計 1億6493万7643円 4500万5146円

<判断のポイント>

(1)Xらの主張と裁判所の判断
Xらは、亡Aが精神医学専門医で老年精神医学の権威であり、過去に1970万5695円の年収を得ていたことを根拠に、亡Aの休業損害及び死亡逸失利益の算定に当たってはこれを基礎とすべき収入であると主張しました。

しかし、裁判所は、亡Aは本件事故の3年ほど前からは、自宅の外で仕事をしておらず、本件事故当時の亡Aの労働は、X1の世話と家事であったと認められるとして、Xらの主張する、亡Aの医師としての過去の年収を基礎収入とすることは認めませんでした。

(2)コメント
亡Aは、精神医学の専門医として、病院の副院長を務めたり、定年退職後も複数の病院での非常勤医師としての勤務や家庭裁判所での精神鑑定の依頼を受けるなど、長年精神医学に携わっており、本件事故の10年ほど前までは、1000万円を超える年収を得ていました。

そのため、Xらは、本件事故当時は認知症を患っているX1のために監護に専念していたに過ぎず、本件事故当時においてもなお上記の年収を得る蓋然性があり、本件事故がなければ、亡Aが医師として稼働し、過去の年収を基準とした収入を得ることが可能であったとして、その年収を基礎収入とした休業損害及び逸失利益を請求したものと考えられます。

確かに、お医者さんは特に年齢に関係なく働こうと思えば働くことができるので、本件事故に遭わなければ、Xらの主張するような過去の年収を基準とした収入を得られるがまったくなかったとは言い切れません。しかし、亡Aは本件事故の3年ほど前から、医師としての仕事で得た収入はまったくなく、日常生活上も、医師の仕事をせずに自宅でX1の世話や家事をするのみだったので、亡Aが事故に遭わなくとも、医師としての収入を得られていた可能性はほとんどなかったといえるでしょう。

裁判所も、過去に亡AがXらの主張するとおりの年収を得ていたことを認めながらも、本件事故前の3年間には医師としての稼働実績がまったくなく、自宅でのX1の監護や家事が亡Aの労働内容であったとして、医師としての過去の年収ではなく、事故前年の賃金センサスの女性全年齢学歴計の平均収入である295万6000円を基礎収入として、休業損害及び逸失利益を算定しました。

なお、Xらは、老齢精神医学の権威であった亡AによるX1の監護についても言及していましたが、裁判所はその経済的価値については、老齢精神医学の専門的な知見を有していたとしても、そのことで賃金センサスの平均収入を上回る価値を有すると認めるには足りないとして、これを考慮することはありませんでした。

このように、損害賠償実務では、休業損害や逸失利益の算定の基礎収入について、被害者の主張する収入が得られる蓋然性があるかどうかが、具体的な事実から判断されることになります。本件では、上記のとおり、亡Aが事故前には医師として稼働していなかったことなどから医師としての年収を基礎収入として認めませんでしたが、もし亡Aが本件事故当時、医師として復帰する具体的な予定があったなどの事情が認められたのであれば、医師としての過去の年収もしくはそれに近い額を基礎収入として算定されたかもしれません。

(3)Xらの主張と裁判所の判断
Xらは、X1が本件事故当時から認知症を患っており、本件事故前までは亡Aが精神専門医の立場から服薬管理、生活管理、カウンセリングなどの監護を行っていたが、本件事故により亡Aによる監護が不可能となったとして、事故後にX1が入居した介護付有料老人ホームの10年分の監護料相当額が損害として発生していると主張しました。

しかし、裁判所は、亡Aの労働内容は自宅でのX1の監護や家事であったことからすると、本件事故発生から亡Aが死亡するまでの間の監護料及び死亡した後の監護料は、亡Aの休業損害及び逸失利益と実質的に同じ内容のものであるとして、X1の監護料を休業損害や逸失利益とは別の損害としては認めませんでした。

(4)コメント
本件では、認知症を患っているX1の監護を亡Aが行っていたという事情があり、事故によってこれを行うことができなくなった場合、老人ホームに入居させるなど、別途X1の監護費用がかかってしまうのはやむを得ないとも思われ、その費用は認められてもよさそうに思えます。

しかし、裁判所は、X1の監護が本件事故当時の亡Aの仕事そのものであった以上、それに加えて監護料という損害が発生することはないという理由で、これを認めなかったのです。

確かに、亡Aの仕事の内容がX1の監護であるとすれば、X1の監護料は亡Aの休業損害や逸失利益に吸収されることになるので、別途監護料を認めると、二重取りを認めることになってしまいかねません。そのため、裁判所の判断は適切なものであったように思います。

重篤な後遺障害が残ってしまった場合もそうですが、死亡事故の場合、様々な損害が観念されるため、ご遺族の方が相手方に対して適切な賠償請求を行うことは困難を伴います。

ご遺族として、相手方に対して、どのような請求が可能なのか、まずは当事務所までご相談いただければと思います。

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