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裁判例: 既往症

交通事故
顔(目・耳・鼻・口)

既存障害のある被害者の損害に関する事例【後遺障害9級相当】(名古屋地裁平成22年5月14日判決)

事案の概要

高速道路上で普通貨物車を運転していたXが、Y運転の大型貨物車に追突され、右頚椎神経部損傷、右肩・腰・臀部打撲の傷害を負い、右耳に高度の難聴の症状が残存したとして、Yに対して損害賠償を求めた事案。

なお、Xは、本件事故の13年ほど前に、左耳突発性難聴に罹患し、事故の2年半ほど前から左耳に中度の補聴器を付けるようになり、事故の2か月前には左耳は後遺障害11級程度の高度の難聴となっていた。

また、右耳については、事故の3年9か月ほど前に軽度の、2年ほど前には中等度の難聴となり、1年半ほど前から軽度の補聴器を付けるようになるなど、徐々に増悪の傾向にあり、事故前後は中等度の難聴の状態にあった。

<争点>

①既存障害の悪化と事故との因果関係
②既存障害のある被害者の損害の算定方法

<請求額及び認定額>

主張 認定
治療費 47万4210円 47万2210円
装具(補聴器)代 41万8752円 41万8752円
休業損害 24万8000円 24万8000円
入通院慰謝料 132万0000円 132万0000円
後遺障害慰謝料 461万0000円 300万0000円
逸失利益 852万9624円 592万3350円
弁護士費用 300万0000円 92万0000円
既払金 ▲15万5000円 ▲41万3930円
合計 1844万5586円 1188万8382円

(1)既存障害の問題

交通事故の被害者に、事故の時点で自賠責法上の後遺障害に該当する程度の障害(既存障害)があり、事故後にその障害の悪化がみられた場合、そもそも障害の悪化が、事故を原因とするものなのか(因果関係)、また、因果関係があるとしても、損害をどのように算定すべきなのかが争われることがよくあります。

今回の事案でも、Xが、事故後に生じた右耳の聴力の低下は、本件事故が原因で生じたものであると主張しましたが、これに対してYは、もともと本件事故以前から両耳とも難聴があったのであるから、本件事故が原因で生じたものではなく、また、症状が増悪したとも認められない、と反論しました。

(2)裁判所の判断

裁判所は、Xの右耳の難聴について、事故の3年9か月ほど前に生じた難聴は、事故当時の中等度になるまで、徐々に悪化するにとどまっていたのが、本件事故後3か月余りで聾(ろう)に近い状態に急変し、入院治療で中等度に回復したものの、退院後は高度の難聴に戻るという急激な悪化を見せているという事実を認定しました。

そして、その上で本件事故による外傷やその後のストレスなしには、このような高度の難聴を生じることはなかったとして、本件事故とXの右耳の高度難聴との間の相当因果関係を認め、事故前は11級程度だった難聴が、事故後に9級程度に増悪したと認定しました。

もっとも、Xの右耳が本件事故後に高度の難聴になったことについては、左耳の高度の難聴が影響しているとして、その影響を考慮した金額として、後遺障害慰謝料を300万円、後遺障害逸失利益を592万3350円と算定しました。

まとめ

交通事故当時、被害者に既存障害がある場合において、事故後にその症状が重くなったという事実が認められる場合、一般的な感覚としては、その事故が原因で悪化したと考えられると思います。

もっとも、障害の種類・内容によっては、時間が経過してもその程度があまり変わらないものもあれば、時間が経つにつれて自然と進行していくものもあり、後者の場合は、事故後に症状が重くなったとしても、それが事故によるものであるとは言い切れないケースもあります。

本件では、裁判所は、本件事故前から生じていたXの右耳の難聴について、本件事故前にXが定期的に行っていた聴力検査の結果から、徐々に悪化していたことを認定しつつ、事故後3か月間に行った検査結果では、ほとんど聞こえなくなるほどまで急激に聴力が落ち、最終的には高度の難聴の状態になった事実があることをもって、事故後にXの右耳が高度の難聴になったのは、本件事故が原因であると判断しました。

本件のような進行性の既存障害が、事故が原因で悪化したと認められるためには、事故以前の既存障害の症状の経過や、事故後の症状の変化の程度等の事情を明らかにしていくことが必要になります。

後遺障害が認定された場合、原則として、後遺障害慰謝料と逸失利益が事故による損害として認められることになり、裁判実務では、その等級に応じて、目安の損害額や計算基準が定まっています。本件でXに認定された9級相当の後遺障害であれば、後遺障害慰謝料は690万円であり、逸失利益を算定する上で考慮される労働能力喪失率は35%となります。

もっとも、事故当時にまったく障害がなかった被害者が9級相当の高度難聴になってしまった場合と、もともと11級相当の難聴が生じていた被害者が9級相当の高度難聴に悪化した場合とで、後遺障害慰謝料や、労働能力の喪失の程度を同じにすることは公平ではありませんから、これらの損害は、既存障害の存在も考慮して、算定されることになります。

裁判実務上、既存障害の存在を前提とした損害額の算定方法については、決まった方法があるわけではなく、事案に応じて適切な解決が図れる方法がとられています。

本件では、判決文では明示されていませんが、事故後の後遺障害等級(9級)に応じた損害額・労働能力喪失率を算定し、ここから既存障害の後遺障害等級(11級)に応じた損害額や喪失率の数値を差し引く方法を基準に算定されたものと考えられます。

具体的には、9級相当の後遺障害慰謝料の目安額690万円から、11級相当の420万円を差し引いた270万円に、1割程度上乗せした300万円を、Xの後遺障害慰謝料として認定しています。

また、逸失利益に関しては、多少複雑な計算となります。

まず、Xの事故前年度の年収額240万円は、既存障害によって11級相当の労働能力の喪失(20%)の影響を受けたものと考えて、既存障害がなかったと仮定した年収を240万円÷(1-20%)=300万円と算定しました。

そのうえで、これに、本件事故によって拡大した喪失率15%(35%-20%)と、症状固定時からの就労可能年数22年に対応するライプニッツ係数13.163を掛けて算出される、592万3350円が逸失利益として認定されました。

240万円÷(1-20%)×(35%-20%)×13.163=592万3350円

本事案でも採用されたこの引き算方式は、既存障害のある場合の損害の算定方法として明朗なものであり、多くの裁判で用いられています。

以上のように、既存障害がある被害者の方の場合、本人が事故によって症状が悪化したと考えても、示談交渉や裁判の中で、因果関係や損害額の点で相手方に争われ、適切に主張立証をしなければいけない場面が出てくることもまれではありません。

そのような不安がある方は、一度当事務所までご相談ください。

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交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)

遅すぎた通院【後遺障害なし】(東京地判平成26年5月15日)

事案の概要

X(43歳、女性)は、自家用の普通乗用自動車を運転して、国道を走行していたところ、Y1(当時58歳)が,Y2(Y1の勤める会社)が所有する事業用普通貨物自動車を運転して、国道沿いにあった「やまだうどん」の駐車場から本件国道に進入ししてきて、衝突された。

Xは、この事故により頚椎捻挫の傷害を負ったとして、Y1とY2に対して損害賠償を請求する訴訟を提起したが、Xが頚部痛を訴えて整形外科を受診したのは,事故から4か月以上が経過した後であり、Xは8年前に頚椎後縦靱帯骨化症の手術を受けたことがあった。

<主な争点>

Xは、事故によって頚椎捻挫の傷害を負ったといえるか(因果関係)。

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 2万1880円 0円
通院交通費 3360円 0円
休業損害 82万4117円 0円
文書料 740円 0円
通院慰謝料 102万2000円 0円
弁護士費用 18万7210円 0円
合計 205万9307円 0円

<判断のポイント>

Xは、受診が遅れた理由として、事故の1~2日後から首の付け根辺りに違和感を覚えるようになったので、病院に行こうと思っていたが、①アパレル店で接客の仕事を始めたばかりであり,午前8時~午後12時まで勤務する日が何日も続いていたこと、②事故から約2ヵ月後、仕事は落ち着いたが、夫の母親が入院したため、看病のための病院通いが約1か月続いたこと,③事故から3~4ヶ月後には,父親が入院したため、片道1時間以上かけて病院に通わなければならなかった(父親は約3週間で退院)と説明しました。

しかし、裁判所は、Xがそう言っているだけで、その事情を裏付ける他の証拠を何も出さないから、Xの言っていることだけを証拠に①~③の事情があったと認めることはできないと判断しました。

加えて、裁判所は、仮に①~③の事情があったのだとしても、Xが4ヶ月以上も病院を受診する時間が全くなかったなんて考えられないから,「本件事故の1~2日後から首の付け根辺りに違和感を覚えるようになった」というXの言葉も信用することができないとしました。

そして、他に、この事故によってXが頚椎捻挫の傷害を負ったことを認めるに足りる証拠が出ていないことから、Xがこの事故によって頚椎捻挫の傷害を負ったとはいえないと判断したのです。

交通事故の加害者側に怪我に関する損害賠償を請求していく場合、怪我と交通事故との間に“因果関係”があること、つまり“その怪我がその事故のせいで生じたといえる”必要があります。

この因果関係を示していくためには、事故後、痛くなったらすぐに病院に行き、お医者さんに診察してもらって、その症状を診断書に残してもらうことが非常に大切になってきます。

事故から時間が経つほど、「その痛みは、事故とは関係ないのでは?」を思われやすくなってしまうということですね。

ただ、交通事故に見舞われた方は、突然のことにびっくりしてしまっていてすぐには痛みなどを感じないケースも多くあります。

そのような場合、事故直後ではなくても、痛みや違和感を感じたらすぐに病院に行きましょう。

この事案でも、Xが、事故から数日経って首に違和感を感じ始めてからすぐに病院に行って診断書を書いてもらっていれば、結論が変わった可能性が高いです。

また、この事案では、Xに、“既往症”、つまり“事故前からあった怪我や病気(すでに治っているものも含みます)”として頚椎後縦靱帯骨化症の手術を受けていたことも裁判所に注目されています。

首の痛みの原因になりそうな病気をして手術を受けたことがあるということで、事故のせいで痛くなったのではないんじゃないか?という疑問をもたれてしまったということです。

もっとも、既往症があるだけで、ただちに因果関係が否定されるわけではありません。そのほかにも、痛みが生じた時期や、お医者さんの見立てなど様々な事情が考慮されるので、既往症があるからといって諦める必要はないのです。

さらに、裁判では「証拠」が非常に重要になってきます。

たとえ本当のことであっても、証拠がなければ、事情を知らない裁判所は、それが本当だと判断できないのです。

これは、加害者の入っている保険会社との交渉の際にも同じです。保険会社も証拠がなければ動いてくれないことが多いです。

どういう風にしたら“事故のせいで生じた怪我”だと認めてもらえるのか、既往症があるけれど損害賠償請求できるか、どういうものが証拠になるのか、専門家でないと判断が難しい場合もあります。

そんなときは当事務所の弁護士にご相談ください。

つらいお怪我と交通事故との因果関係が認められて、適切な損害賠償ができますように、お手伝いさせて頂ければ幸いです。

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交通事故
胸腹部

加害者の重大な不注意の持つ意味【後遺障害7級5号】(神戸地判平成17年7月21日)

事案の概要

Xは、普通乗用自動車に乗車しトンネル内を走行していたところ、Yの運転する普通乗用自動車が対向車線からセンターラインをオーバーしてきてX車両に衝突。

Xは、これにより膵損傷、腹腔内膿瘍、大動脈解離等の傷害を追ったため、Yに対して損害賠償請求をした。

<争点>

①過失相殺が認められるか?
→Xはシートベルトをしていなかったため、これによって過失相殺がされるか。
②既往症減額が認められるか?
→Xは糖尿病及び高血圧の既往歴があるとして、これによって損害額が減額されるか。
③損害額は?
→将来の治療費や逸失利益など、適正な金額はいくらか。

<主張及び認定>

主張 認定
将来の治療費 34万3988円 28万7689円
入院雑費 25万4800円 25万4800円
付添看護費 117万6000円 97万9000円
休業損害 942万3372円 714万2916円
入通院慰謝料 400万0000円 350万0000円
後遺症慰謝料 2800万0000円 1000万0000円
逸失利益 2222万9688円 476万5689円
家屋改造費 1301万4605円 46万2953円
既払金 ▲863万3090円 ▲863万3090円
逸失利益 2億2133万7678円 1億4443万5642円
弁護士費用 500万0000円 180万0000円
合計 6179万4758円 2009万7004円

 

<判断のポイント>

(1)過失相殺について

本件事故では、Xにシートベルト不着用という車両運転者としては基本的な義務違反があります。

この点、本裁判例は「原告が本件事故により負った傷害の部位、内容からすると、シートベルトの不着用が原告に生じた損害の拡大に影響していることは否定し難く、この点において、原告にも落ち度がなかったとは言い難い」と説示しています。

つまり、もしもXがシートベルトを着用していれば、膵損傷などの重篤な損害が生じていなかったかもしれないので、Xの損害結果についてはシートベルトの不着用が関係している可能性があるといっているのです。

通常であれば、このようにXの側の落ち度で損害が拡大している場合には、損害の公平な分担という見地から、賠償額が一定範囲で減額されてしまいます。

しかし、本件事故では、Yの側にはさらに重大な不注意が多数ありました。Yは、本件事故当時、酒気帯び運転のうえ法定速度を30キロメートルも超過しており、さらにカーステレオの操作に気をとられて前方を注視せず、センターラインをオーバーしています。

このように、Yの側に自動車運転者として看過しがたい過失が複数ある以上、Xの落ち度を理由に過失相殺することは逆に損害の公平な分担にならないとして、過失相殺を否定しました。

シートベルトを着用していないというのは一般的には大きな落ち度ですが、本件ではそれを超える重大な過失がYにあったために、過失相殺が否定されたという、珍しい判断です。

(2)既往症減額について

もし、被害者に固有の既往症や疾病があり、それが事故と相まって重大な損害を生じさせた場合には、発生した損害を事故だけのせいにすることは公平とは言えない場合があります。

既往症減額とは、そのような事故以外の原因が被害者にある場合に、その割合によって賠償額を減額する考え方をいいます。

本件では、Xには既往症として糖尿病及び高血圧があり、これによって大動脈解離が引き起こされたという主張がありました。

もっとも、Xの糖尿病及び高血圧が軽度であったこと、本件事故の態様からすると事故のみによる受傷によっても現実に生じた障害結果が発生した蓋然性が相当あるといえることから、本件では既往症減額は否定されました。

(3)損害額について

一般に症状固定後の治療費は認められませんが、固定した症状の悪化を防ぐために定期的なケアが必要である場合には、将来分の治療費が認められることがあります。

本件では、Xは大動脈解離の傷害を被っており、この悪化を防ぐための血圧コントロール等が継続的に必要でした。

そこで、Xは今後の通院頻度と1月あたりの治療費から、将来分の治療費を請求し、必要な範囲で認められました。

また、本件ではXの後遺障害の重さも問題となりました。

Xは訴訟提起の前に後遺障害等級第7級5号に該当していましたが、Xは請求段階では第1級相当の後遺障害が残っているという主張で損害額を算定しています。

もっとも、この点については、Xの具体的な症状を判断した上で、判決においても第7級5号の後遺障害であると認められ、これに相当する慰謝料及び逸失利益が認定されました。

まとめ

本裁判例のポイントは、Xのシートベルト不着用や高血圧などが、損害発生と関係ないとは言えないとした上で、実際の事故態様と照らし合わせて、損害額の減額は相当ではないと判断しているところです。

これは、Yの運転態様や衝突の仕方について、適切に証拠により立証できたことから出された判断だと思われます。

事故状況の立証はとても難しい問題がある場合が多いため、専門家である弁護士と綿密な事前準備が必要となります。

損害額についても、適切に判断されていると思われます。

裁判所は、請求金額以上の金額は認定できないという決まりがあります。

たとえば、裁判官が原告の損害額を1000万円だと思ったとしても、原告が100万円しか請求していなかった場合には、100万円までしか判決できません。

そのため、弁護士はあえて妥当な金額よりも高めに請求をするということがよくあります。

本件では、Xの労働能力喪失率を100%とする主張で請求していたため、認定金額が大きく下がったようにみえますが、後遺障害7級であることを前提とすれば、ほぼ適切な金額での判決がなされていると言えます。

このように、どの程度の認定がされそうか、そのためにどの程度の請求をすべきかという点も専門的な知識や経験に基づく判断が必要となるのです。

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