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裁判例: 未成年

交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)

事故と早産の影響【後遺障害4級相当】(東京地判平成4年11月13日)

事案の概要

Yは2トン車両で制限速度時速40キロメートルの道路を、時速約50キロメートルで走行中に前方不注意により被害車両に追突した。被害車両は追突の衝撃でさらに前方車両へ衝突し、玉突き事故となった。

なお、被害車両にはAが乗車しており、AはXを身ごもっていた。

事故から約2ヵ月後に、AはXを妊娠7ヶ月で出産したが、Xは難聴及び精神発達遅滞等の障害を有していた。

Xは同障害を事故によるものであるとして、Yに損害賠償の請求をした。

<争点>
・Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか
・Xの労働能力喪失率はどの程度か

<主張及び認定>

主張 認定
逸失利益 2724万7631円 1777万1372円
後遺障害慰謝料 1373万0000円 600万0000円

<判断のポイント>

(1)Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか

本件は、事故時に胎児だったXが、障害をもって産まれたことで、同障害は事故によって生じたものであるという主張がなされ、裁判所はこれを認めました。

事故の加害者に対する損害賠償請求が認められるためには、その損害が事故によって発生したものであるという因果関係の立証が必要になります。

そしてこの因果関係の立証は、事故から時間が経てば経つほど難しくなるのが通常です。

本件では、
①事故によって、早産となった
②早産によって、障害が生じた

という二つの因果関係を立証することによって、障害の発生と事故との因果関係を結びつけることに成功しました。

①事故によって、早産となったこと
本件では、Xは妊娠7ヶ月で誕生しており、これは明らかに早産であるといえます。

したがって問題は、この早産が事故の影響によるものといえるかどうかという点です。

本件では、まず、事故前には母子ともに健康で、特段の異常はないことが確認されています。

そのような状況の中、2トン車が時速50キロメートルで追突をし、かつ玉突き事故になっているという本件事故状況からすると、Aには相当強度な衝撃が加わったと裁判所は推察しました。

また、Aは、本件事故前は健康であったにもかかわらず、本件事故後に性器出血、腹部の緊張、下腹部痛等の異常が出現していました。これらの異常は一時的におさまるも、結局事故から2ヵ月後、Xは妊娠7ヶ月で産まれるに至っています。

これらの事実からすれば、Xの早産は、本件事故による母体Aへの衝撃が影響しているといえ、Xは本件事故によって、早産となったと認定されました。

②早産によって、障害が生じたこと
Xの障害は、聴覚障害、言語発達遅滞及び精神発達遅滞です。

これらの障害について、脳や鼓膜に器質的損傷はなく、事故の衝撃で直接Xが怪我を負った、障害が発生したと考えるのは、難しいところです。

しかし、X及びAの診察をした医師らは、「未熟児が感音性難聴になる比率はきわめて高い」「低体重出生の場合、先天性難聴の発症が普通の10倍になる」ことに加え、Xが仮死状態であったことから「仮死状態での出産は脳の酸素欠乏状態が継続することにより高度難聴や精神運動発達遅滞となる確率が高い」と意見を述べました。

これらの意見によれば、Xの障害は、未成熟児として仮死状態での早産が原因であるとは、医学上いえそうだということになります。

裁判所は、上記①及び②を認定することによって、Xに生じた障害はつまるところ事故によって発生したものであるという、因果関係を肯定しました。

(2)Xの労働能力喪失率はどの程度か

Xに事故による障害が残存し、これが治癒の見込がないのであれば、通常の交通事故受傷と同様に、後遺障害の判断をすることになります。

本件では、Xは生まれながらに障害を負うこととなり、聴力は全周波数域で80デシベル以上の損失であり、知能指数は3歳11ヶ月の時点でIQは60~69程度となっている。

これらの症状について、裁判所は後遺障害等級の4級に相当すると判断しました。

ここで問題となるのは、Xの労働能力喪失率です。

成人が後遺障害を負った場合には、その時点から労働能力の喪失が認められ、将来得られるはずだった賃金について逸失利益が生じます。

しかし、本件ではXは未だ3歳11ヶ月であり、実際に(年齢的に)労働に従事することができるようになるまでには、かなりの期間を要します。

したがって、必ずしも現在時点での障害の程度が、将来の労働に影響するとはいえないことになるのです。

本件で裁判所は、「難聴自体には改善の可能性はほとんどみられない」としつつ、「比較的早期の時点から、難聴や精神発達遅滞の用事・自動のための専門的施設で教育・訓練を受けていることが認められることから、その将来の労働に従事する年齢に達した際の労働能力の低下やこれに伴う収入減については、通常人に比して60パーセントが減じられたものとみるのが相当」と認定し、労働能力喪失率を60%と判断しました。

通常、自賠責保険においては、後遺障害4級であれば92%もの労働能力喪失が規定されています。しかし本件では労働可能年齢になるまでに相当の訓練をすることが可能である点から、労働能力喪失率が再検討されたものです。

まとめ

日本の民法上、権利の主体となるためには、原則として出生することが求められます。

つまり、胎児の状態では、どのような障害が生じたとしても、胎児からの損害賠償請求はできないのです。

他方で、事故から時を経て出生してからの請求では、因果関係の判断がぼやけてしまうという難点があります。

事故の衝撃で直接頭蓋骨が割れた、等であれば因果関係の判断はしやすいですが、そうでないとすると「果たして事故の影響なのか」という点の立証は簡単ではありません。

本件では、直接事故の衝撃で障害が生じた、という認定ではなく、事故の衝撃で早産となり、早産となった影響で障害が生じた、という認定がなされています。

このような細かい分析によって、事故との因果関係の立証に成功しているのです。

胎児の問題に限らず、「事故によるものといえるかどうか」という問題は多くあります。

さまざまな要素が絡む難しい問題ではありますが、詳細な分析のもとに主張を組み立てることで認定を受けることができる場合もあります。

本判例は、労働能力喪失率の認定の点では、被害者側としては釈然としない認定ともいえますが、因果関係判断については詳細な分析をした好例といえるでしょう。

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交通事故
死亡

死亡慰謝料の増額が認められた裁判例【死亡事故】(名古屋地裁一宮支部平成31年3月28日判決)

事案の概要

信号のない交差点の横断歩道を集団下校で歩行横断中、左方から進行してきたY運転の普通貨物車に衝突され、外傷性くも膜下出血当の障害を負い、死亡した9歳の男子小学生Aの遺族であるX1(父)、X2(母)、X3(兄)、X4(祖父)及びX5(祖母)が、Yに対し損害賠償を求めた事案。Yは、以前から夢中になっていたスマートフォンのゲームをしながら運転をしていたため前方を注視しておらず、衝突する直前まで横断歩道上のAに気づいていなかった。

<主な争点>

死亡慰謝料の増額事由

<主張及び認定>

A固有の損害 請求額 認定額
入院付添費 3万2500円 6500円
入院雑費 1500円 1500円
近親者葬儀参列費 34万7220円 0円
文書料 4090円 4090円
逸失利益 3284万7322円 3217万3796円
入院慰謝料 2万2967円 1万7666円
死亡慰謝料 3000万円 2500万円
小計 6325万5599円 5720万3552円
既払金 ▲3000万5190円 ▲3000万5190円
遅延損害金 263万2620円 238万2175円
合計 3588万3029円 2958万0537円
X1の損害 請求額 認定額
葬儀関係費 642万1893円 150万円
固有の慰謝料 300万円 200万円
相続金(※) 1794万1515円 1479万0269円
小計 2736万3408円 1829万0269円
弁護士費用 273万6341円 182万9026円
合計 3009万9749円 2011万9295円
X2の損害 請求額 認定額
固有の慰謝料 300万円 200万円
相続金(※) 1794万1515円 1479万0269円
小計 2094万1514円 1679万0268円
弁護士費用 209万151円 167万9026円
合計 2303万5665円 1846万9294円
X3の損害 請求額 認定額
固有の慰謝料 200万円 100万円
弁護士費用 20万円 10万円
合計 220万円 110万円
X4・X5の損害 請求額 認定額
固有の慰謝料 各100万円 各50万円
弁護士費用 各10万円 各5万円
合計 各110万円 各55万円

※Aの固有の損害賠償金の法定相続分

<死亡慰謝料について>

死亡慰謝料の金額は、裁判実務上、

一家の支柱 2800万円
母親、配偶者 2500万円
その他(独身の男女、子供、幼児等) 2000万円~2500万円

という基準を目安として算定されており、具体的な斟酌事由により、増減されます。

また、民法711条では、「他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。」と定められており、被害者本人だけでなく近親者等の固有の慰謝料が認められているところ、上記の基準は、死亡慰謝料の総額であり、近親者等の固有の慰謝料も含まれています。

<慰謝料の増額事由>

加害者に無免許運転やひき逃げ、飲酒運転等の故意または重過失がある場合や、事故後、加害者に著しく不誠実な態度等があるような場合には、被害者本人やその遺族はより大きな精神的苦痛を受けることになるとして、目安となる基準よりも慰謝料を増額して算定されることがあります。

まとめ

本件は、被害者Aが9歳という若さで、スマートフォンでゲームをしながら運転していたYの車両に轢かれて命を落とすという大変痛ましい事故でした。

裁判所は、特に、Yの前方不注視の原因が、夢中になっていたゲームに気を取られていたという、単にY自身の欲求から出るものであったことや、Yが本件事故以前から、ゲームをしながら運転することの危険性を十分に認識していたことなどから、本件事故を発生させたYの責任は極めて重大である、と述べています。

そして、A固有の死亡慰謝料として2500万円を、近親者等の固有の慰謝料としてX1とX2にはそれぞれ200万円、X3には100万円、X4とX5にはそれぞれ50万円を認め、慰謝料だけで合計3100万円を認定しました。

9歳男児であるAは、上記の表の「その他(独身の男女、子供、幼児等)」であり、慰謝料の目安となる基準の金額は高くても2500万円ですが、裁判所はそれを600万円上回る3100万円と認定しており、それだけ本件事故におけるYの責任は重いと判断したのでしょう。

なお、本件事故をきっかけに、いわゆる「ながら運転」の罰則強化の検討が進み、令和元年12月1日の改正道路交通法の施行により、運転中のスマートフォン等の使用や画面の注視に関する罰則が強化されました。

今後の損害賠償請求訴訟における「ながら運転」事案では、本件と同様に慰謝料の増額が認められる可能性が高くなると思われます。

加害者の悪質な運転による重大事故によって被った被害者本人や遺族の精神的苦痛は、決して金銭で解決できるものではありません。

しかし、本件のような重大な結果が生じた事故による巨額の損害賠償請求は、加害者にその責任の重さを痛感させるうえで、刑事罰と同じように重要なことだと思います。

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