東京事務所八重洲口「東京駅」徒歩3

宇都宮事務所西口「宇都宮駅」徒歩5

大宮事務所東口「大宮駅」徒歩3

小山事務所東口「小山駅」徒歩1

裁判例: 因果関係

交通事故
上肢

MRI検査の重要性 【後遺障害14級】(福岡高裁 平成27年9月24日判決)

事案の概要

X(原告:60歳女性)は,双方一時停止規制のない丁字路交差点を自転車に搭乗して直進進行中,左方道路から左折進入してきたY乗用車に衝突された。

Xは本件事故により,頸椎捻挫,腰部打撲,右肩腱板断裂等の傷害を負い,自賠責保険では後遺障害等級14級が認定された。

<主な争点>

①本件事故と右肩腱板断裂の因果関係
②Xの被った損害額

<主張及び認定>

主張 認定
治療費関係 184万9349円 7万7161円
入院料 48万8499円 0円
通院交通費 11万8010円 2万0060円
入院雑費 20万2400円 0円
休業損害 306万6600円 0円
傷害慰謝料 143万3124円 100万0000円
逸失利益 100万8170円 100万8170円
後遺障害慰謝料 40万0000円 40万0000円
過失相殺 10%
損益相殺 190万9790円 195万0000円
弁護士費用 67万0000円 0円
合計 732万6362円 30万4851円

<判断のポイント>

事故によって生じた傷害に対する治療費や後遺障害逸失利益などの損害を請求するためには,その事故と傷害結果との間に「因果関係」が認められる必要があります。すなわち,その事故が原因でその傷害が生じてしまったことをこちらが立証しなければなりません。

そして,因果関係の有無は,被害車両の状態や医師の診断書などから,裁判所が客観的に判断します。

本件においてXは,右肩腱板断裂は本件事故によるものであると主張していましたが,裁判所は以下のように判示して,本件事故と右肩腱板断裂との因果関係を否定しました。

①中年以降になると腱板は退行変化を起こし,損傷しやすくなるため,肩腱板損傷は,40歳以上に起こりやすく,腱板に好発するとされているところ,Xは右肩関節脱臼当時62歳であり,腱板が断裂している。

②肩関節は,高く手を挙げる程度でも脱臼することがある上,肩の脱臼の合併症として,特に壮年から高齢者においては腱板断裂が挙げられており,また,肩腱板の断裂や損傷は,高齢者ならば通常の生活をしても起こることがあるところ,A医師は,Xに肩関節の脱臼とともに腱板の断裂が起きた可能性はあり,これを否定する根拠はない旨供述している。

③他方,腱板の状態を判断するためにはMRI検査が不可欠であり,A病院にはMRI検査機械が備え付けられていたので,必要があればMRI検査を実施することは容易であったが,B医師は,Xを本件事故直後及びその後約3か月間診察している間に,肩関節自動挙上不能や挙上時の脱力,筋力低下等の腱板断裂・損傷を疑うような主訴や症状等がなかったことから,同検査をする必要性がないものと判断して,検査を実施しなかった。

④腱板の状態を検査するMRI検査が肩脱臼後まで実施されていないため,本件事故当時の腱板の状況を明らかにする客観的資料はない。

以上の事実を総合考慮すれば,Xの右肩腱板断裂や損傷が,本件事故によって生じたものとは認められない。

また,Xの治療費の範囲については,「本件事故により,頸椎捻挫,腰部・臀部打撲の傷害を負い,連日のようにA病院を受診してリハビリを受けていたところ,右肩脱臼が判明した日までの治療費等は,すべて相当因果関係の範囲内の損害と認めるが,それ以降の通院及び入院治療は,本件事故と相当因果関係が認められない右肩脱臼,腱板断裂に対するものであるから,相当因果関係がない」としました。

まとめ

本件では,Xの右肩腱板断裂は,本件交通事故によるものとは客観的に認められないとして因果関係を否定しています。

そして,本件において重要なのは上記③,④の記載です。

この裁判例は,「腱板の状態を判断するためにはMRI検査が不可欠」であると述べています。

MRI検査(他の検査についても同様のことが言えます)が,事故があった日に近ければ近いほど,判明した傷害が事故によって生じたものと立証しやすくなります。しかし,本件では,本人からの訴えや明確な症状がなかったため,早い段階でのMRI検査がなされませんでした。

上記でも述べましたが,傷害結果が生じたことはその事故が原因であるということを,被害車両の状態や医師の診断書などからこちらが立証し,それを裁判所が客観的に判断することになります。

そして,本件事故当時,腱板がどのような状態であったかを判断する客観的な資料がなく,さらには,高齢者においては,通常の生活をしていても,関節の脱臼や腱板の断裂が起こることがあるという認定をしたことで,他の原因によって生じた可能性があると判断されてしまいました。

このように,傷害が事故によって生じたと言うためには,客観的な資料が必要となります。

本件でも,事故直後にMRI検査を受けていれば違う結果となったかもしれません。

しかし,事故直後に適切な対応をすることは,なかなかできるものではありません。

適切な賠償額を得るためにも,医者だけではなく,通院や治療方法についても弁護士にぜひ相談してください。

閉じる
交通事故

Warning: Invalid argument supplied for foreach() in /home/xs995951/mizukilaw.com/public_html/wp/wp-content/themes/tailwind-template-wp/taxonomy-precedent_category-traffic-accident.php on line 51

連鎖事故~解けた冷凍チキン~(東京地判 平成26年2月21日)

事案の概要

同一交差点付近で、Yの従業員Bの運転する事業用大型貨物自動車(Y車)の運転が引き金となって発生した第1事故から第4事故まで連続する多重衝突事故の中で、Xの従業員Aの運転する事業用中型貨物自動車(X車)と、Y車との間で発生した衝突事故により、冷凍チキンを運送していたX車に損害が生じた事件。

<主な争点>

①X車の時価額
②自動車重量税
③積載物の損害
④過失割合

<主張及び認定>

主張 認定
X車の時価額 640万0000円 500万0000円
残存車検費用(自動車重量税) 5040円 0円
レッカー代 19万1211円 19万1211円
積載物に係る損害 131万2401円 131万2401円
過失相殺 80%
弁護士費用 79万0865円 13万0000円

<判断のポイント>

(1)X車の時価額~レッドブック~

交通事故で破損した自動車について、修理すればまた使えるようになるけれども、修理代が高額な場合、加害者に何を請求できるのか?

シンプルにいえば、自動車の「時価額」と「修理代」とで安いほうを相手方に賠償請求することができます。

本件も、X車の時価額が、壊れたX車を修理する修理代よりも安かった(「経済的全損」といいます)ので、X車の時価額が損害として認められる金額となる場合でした。

この「時価額」というものが曲者で、“何をもって算定するのか”本来は非常に難しいものなのです。

なぜなら、「時価額」とは要するに“事故に遭った自動車が、事故に遭っていなかったらいくらの値が付いたか”を考えるものですが、既に事故に遭ってしまった自動車を前にして、そんなことは誰も分からないはずだからです。

しかし、そんなことを言っていたら、誰も賠償請求なんてできませんし、裁判所も賠償責任を認めることができません。

そこで、裁判所は、時価額について、原則として、事故に遭った自動車と「同一の車種や型・年式・同程度の使用状態・同程度の走行距離などの自動車を、中古車市場によって取得するために必要な価額」によって定めることとしています。

事故に遭った自動車と「同じ物」は存在しないので、「同一の車種・型・年式、同程度の使用状態・走行距離」等の自動車の値段を、事故に遭った自動車の「時価額」としているのです。

ここで「同一の車種・型・年式、同程度の使用状態・走行距離等の自動車の値段」の資料として、裁判所からもかなり重視されているのが通称「レッドブック」と呼ばれる雑誌です。

この「レッドブック」とは、有限会社オートガイドというところが毎月発行しているもので、様々な自動車の価格が、年式や車種や型に分けられ、下取価格・卸価格・小売価格の3つの点から掲載されていて、走行距離や車検の残り期間による修正要素も設定されています。

かなり抽象化された価格なので、地域的な価格差が反映されていなかったり、インターネット上で取引されている金額に比べるとかなり低額だったりするので、不満を持たれる被害者の方も多いですが、抽象化されているからこそ裁判所は基準として使いやすいのかもしれませんね。

裁判所は基本的にこのレッドブックを基準に時価額を認定するといっても過言ではありません。

裁判所に、このレッドブック以上の金額で時価額を認定させるためには、被害者側で資料を集めて裁判所に提出する必要があります。

本件でも、Xは、X車の時価額は640万円であるとして、640万円と714万円で売り出されているX車と同程度の中古車2件の広告を提出しました。

しかし、裁判所は、その中古車2件のいずれも、初度登録がX車より後の年だったり、走行距離がX車より少ない車両だったので、これら2件の広告だけで640万円がX車と同程度の自動車の平均価格であると認められないと判断しました。

(2)自動車重量税~還付制度~

また、X車はまだ車検期間が残っている自動車だったので、Xは、残存車検費用として、車検の際に支払った自動車重量税のうち5040円を車検の未経過分として損害賠償請求しました。

要するに、事故によって廃車となってしまうため、車検のときに払った自動車重量税のうち一部は“払い過ぎた”ことになるということですね。

この「“払い過ぎた”分が損害になる」という理屈事態は、裁判所も認めるところであり、少し前まで自動車重量税の未経過分は損害として賠償請求できることになっていました。

しかし、本件で、裁判所は、事故に遭った自動車の「自動車重量税の未経過分は、使用済自動車の再資源化等に関する法律により適正に解体され、永久抹消登録すれば、還付されるものである」という理屈で、自動車重量税の未経過分については損害として認められないとしたのです。

この「還付制度がある」という理屈は他にも、自動車税や自賠責保険料等の諸費用についても使われており、やはり損害として認められません。

(3)積載物の損害~相当因果関係~

そして、本件では、X車が冷凍チキンを運ぶトラックだったことから、Xは、その冷凍チキンを配送先に届けることは食品衛生上不可能であるため、破棄することとなり、代替商品を手配した上で、配送先に対し、別途用意した車両によって運送することになったとして、①運送中であった商品の代金相当額99万8976円、②運送中であった商品の破棄処分に要した費用相当額13万4925円、③代車による運送代相当額17万8500円の合計131万2401円の損害を被ったと主張しました。

これに対して、裁判所はXの主張をそのまま認め、①~③の合計131万2401円を本件事故と「相当因果関係のある損害」として認めました。

事故によって発生した損害については、「事故のせいでこんな出費やあんな損が生じた!」と拡大していくため、どこまでを加害者に“賠償させるべき”損害とするか、一定のところで区切る必要があります。

その区切りに使われるのが「相当因果関係」という概念です。

(4)過失割合~事故態様~

さらに、本件はY車の不注意で生じた第1事故が連鎖的に次々と別の事故につながり第4事故まで発生したものですが、X車とY車の事故は第3事故にあたります。

この第3事故は、Y車が対向車線の別の自動車に衝突し(第2事故)、対向車線をふさぐような形で止まっていたところに、後ろから対向車線を走ってきたX車が衝突してしまったというものです。

Xは、Y車を運転していたBの過失のみ主張していましたが、裁判所は、X車を運転していたAが前方注視を怠ったために、Y車等が停止していることに気付くのが遅れ、X車をY車に衝突させた過失が認められ、他方で、Y車を運転していたBが安全運転義務に違反して第2事故を発生させたことが、本件第3事故発生の原因の一つとなっていることからBにも本件事故発生に関する過失が認められるとして、Aの過失が80%、Bの過失が20%としました。

まとめ

今回は論点がたくさんありましたね。

どういう資料があれば、レッドブック以上の時価額を裁判所に認めてもらえるのか、時価額以外にどんな費用が損害として認められるのか、どこまでの損害に「相当因果関係」が認められるのか、特殊で複雑な事故態様の場合に過失割合はどうなるのか。

いずれも、実際には裁判をしてみなければ分からないことが多いものですが、論点がたくさんあるものほどチャレンジのしがいがありますし、見通しのポイントとなる点はいくつもあります。

ひとつひとつのポイントを丁寧に検討し、みなさまが適正な賠償を得られるように全力でサポートさせていただきます。

閉じる
交通事故
顔(目・耳・鼻・口)

既存障害のある被害者の損害に関する事例【後遺障害9級相当】(名古屋地裁平成22年5月14日判決)

事案の概要

高速道路上で普通貨物車を運転していたXが、Y運転の大型貨物車に追突され、右頚椎神経部損傷、右肩・腰・臀部打撲の傷害を負い、右耳に高度の難聴の症状が残存したとして、Yに対して損害賠償を求めた事案。

なお、Xは、本件事故の13年ほど前に、左耳突発性難聴に罹患し、事故の2年半ほど前から左耳に中度の補聴器を付けるようになり、事故の2か月前には左耳は後遺障害11級程度の高度の難聴となっていた。

また、右耳については、事故の3年9か月ほど前に軽度の、2年ほど前には中等度の難聴となり、1年半ほど前から軽度の補聴器を付けるようになるなど、徐々に増悪の傾向にあり、事故前後は中等度の難聴の状態にあった。

<争点>

①既存障害の悪化と事故との因果関係
②既存障害のある被害者の損害の算定方法

<請求額及び認定額>

主張 認定
治療費 47万4210円 47万2210円
装具(補聴器)代 41万8752円 41万8752円
休業損害 24万8000円 24万8000円
入通院慰謝料 132万0000円 132万0000円
後遺障害慰謝料 461万0000円 300万0000円
逸失利益 852万9624円 592万3350円
弁護士費用 300万0000円 92万0000円
既払金 ▲15万5000円 ▲41万3930円
合計 1844万5586円 1188万8382円

(1)既存障害の問題

交通事故の被害者に、事故の時点で自賠責法上の後遺障害に該当する程度の障害(既存障害)があり、事故後にその障害の悪化がみられた場合、そもそも障害の悪化が、事故を原因とするものなのか(因果関係)、また、因果関係があるとしても、損害をどのように算定すべきなのかが争われることがよくあります。

今回の事案でも、Xが、事故後に生じた右耳の聴力の低下は、本件事故が原因で生じたものであると主張しましたが、これに対してYは、もともと本件事故以前から両耳とも難聴があったのであるから、本件事故が原因で生じたものではなく、また、症状が増悪したとも認められない、と反論しました。

(2)裁判所の判断

裁判所は、Xの右耳の難聴について、事故の3年9か月ほど前に生じた難聴は、事故当時の中等度になるまで、徐々に悪化するにとどまっていたのが、本件事故後3か月余りで聾(ろう)に近い状態に急変し、入院治療で中等度に回復したものの、退院後は高度の難聴に戻るという急激な悪化を見せているという事実を認定しました。

そして、その上で本件事故による外傷やその後のストレスなしには、このような高度の難聴を生じることはなかったとして、本件事故とXの右耳の高度難聴との間の相当因果関係を認め、事故前は11級程度だった難聴が、事故後に9級程度に増悪したと認定しました。

もっとも、Xの右耳が本件事故後に高度の難聴になったことについては、左耳の高度の難聴が影響しているとして、その影響を考慮した金額として、後遺障害慰謝料を300万円、後遺障害逸失利益を592万3350円と算定しました。

まとめ

交通事故当時、被害者に既存障害がある場合において、事故後にその症状が重くなったという事実が認められる場合、一般的な感覚としては、その事故が原因で悪化したと考えられると思います。

もっとも、障害の種類・内容によっては、時間が経過してもその程度があまり変わらないものもあれば、時間が経つにつれて自然と進行していくものもあり、後者の場合は、事故後に症状が重くなったとしても、それが事故によるものであるとは言い切れないケースもあります。

本件では、裁判所は、本件事故前から生じていたXの右耳の難聴について、本件事故前にXが定期的に行っていた聴力検査の結果から、徐々に悪化していたことを認定しつつ、事故後3か月間に行った検査結果では、ほとんど聞こえなくなるほどまで急激に聴力が落ち、最終的には高度の難聴の状態になった事実があることをもって、事故後にXの右耳が高度の難聴になったのは、本件事故が原因であると判断しました。

本件のような進行性の既存障害が、事故が原因で悪化したと認められるためには、事故以前の既存障害の症状の経過や、事故後の症状の変化の程度等の事情を明らかにしていくことが必要になります。

後遺障害が認定された場合、原則として、後遺障害慰謝料と逸失利益が事故による損害として認められることになり、裁判実務では、その等級に応じて、目安の損害額や計算基準が定まっています。本件でXに認定された9級相当の後遺障害であれば、後遺障害慰謝料は690万円であり、逸失利益を算定する上で考慮される労働能力喪失率は35%となります。

もっとも、事故当時にまったく障害がなかった被害者が9級相当の高度難聴になってしまった場合と、もともと11級相当の難聴が生じていた被害者が9級相当の高度難聴に悪化した場合とで、後遺障害慰謝料や、労働能力の喪失の程度を同じにすることは公平ではありませんから、これらの損害は、既存障害の存在も考慮して、算定されることになります。

裁判実務上、既存障害の存在を前提とした損害額の算定方法については、決まった方法があるわけではなく、事案に応じて適切な解決が図れる方法がとられています。

本件では、判決文では明示されていませんが、事故後の後遺障害等級(9級)に応じた損害額・労働能力喪失率を算定し、ここから既存障害の後遺障害等級(11級)に応じた損害額や喪失率の数値を差し引く方法を基準に算定されたものと考えられます。

具体的には、9級相当の後遺障害慰謝料の目安額690万円から、11級相当の420万円を差し引いた270万円に、1割程度上乗せした300万円を、Xの後遺障害慰謝料として認定しています。

また、逸失利益に関しては、多少複雑な計算となります。

まず、Xの事故前年度の年収額240万円は、既存障害によって11級相当の労働能力の喪失(20%)の影響を受けたものと考えて、既存障害がなかったと仮定した年収を240万円÷(1-20%)=300万円と算定しました。

そのうえで、これに、本件事故によって拡大した喪失率15%(35%-20%)と、症状固定時からの就労可能年数22年に対応するライプニッツ係数13.163を掛けて算出される、592万3350円が逸失利益として認定されました。

240万円÷(1-20%)×(35%-20%)×13.163=592万3350円

本事案でも採用されたこの引き算方式は、既存障害のある場合の損害の算定方法として明朗なものであり、多くの裁判で用いられています。

以上のように、既存障害がある被害者の方の場合、本人が事故によって症状が悪化したと考えても、示談交渉や裁判の中で、因果関係や損害額の点で相手方に争われ、適切に主張立証をしなければいけない場面が出てくることもまれではありません。

そのような不安がある方は、一度当事務所までご相談ください。

閉じる
交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)

遅すぎた通院【後遺障害なし】(東京地判平成26年5月15日)

事案の概要

X(43歳、女性)は、自家用の普通乗用自動車を運転して、国道を走行していたところ、Y1(当時58歳)が,Y2(Y1の勤める会社)が所有する事業用普通貨物自動車を運転して、国道沿いにあった「やまだうどん」の駐車場から本件国道に進入ししてきて、衝突された。

Xは、この事故により頚椎捻挫の傷害を負ったとして、Y1とY2に対して損害賠償を請求する訴訟を提起したが、Xが頚部痛を訴えて整形外科を受診したのは,事故から4か月以上が経過した後であり、Xは8年前に頚椎後縦靱帯骨化症の手術を受けたことがあった。

<主な争点>

Xは、事故によって頚椎捻挫の傷害を負ったといえるか(因果関係)。

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 2万1880円 0円
通院交通費 3360円 0円
休業損害 82万4117円 0円
文書料 740円 0円
通院慰謝料 102万2000円 0円
弁護士費用 18万7210円 0円
合計 205万9307円 0円

<判断のポイント>

Xは、受診が遅れた理由として、事故の1~2日後から首の付け根辺りに違和感を覚えるようになったので、病院に行こうと思っていたが、①アパレル店で接客の仕事を始めたばかりであり,午前8時~午後12時まで勤務する日が何日も続いていたこと、②事故から約2ヵ月後、仕事は落ち着いたが、夫の母親が入院したため、看病のための病院通いが約1か月続いたこと,③事故から3~4ヶ月後には,父親が入院したため、片道1時間以上かけて病院に通わなければならなかった(父親は約3週間で退院)と説明しました。

しかし、裁判所は、Xがそう言っているだけで、その事情を裏付ける他の証拠を何も出さないから、Xの言っていることだけを証拠に①~③の事情があったと認めることはできないと判断しました。

加えて、裁判所は、仮に①~③の事情があったのだとしても、Xが4ヶ月以上も病院を受診する時間が全くなかったなんて考えられないから,「本件事故の1~2日後から首の付け根辺りに違和感を覚えるようになった」というXの言葉も信用することができないとしました。

そして、他に、この事故によってXが頚椎捻挫の傷害を負ったことを認めるに足りる証拠が出ていないことから、Xがこの事故によって頚椎捻挫の傷害を負ったとはいえないと判断したのです。

交通事故の加害者側に怪我に関する損害賠償を請求していく場合、怪我と交通事故との間に“因果関係”があること、つまり“その怪我がその事故のせいで生じたといえる”必要があります。

この因果関係を示していくためには、事故後、痛くなったらすぐに病院に行き、お医者さんに診察してもらって、その症状を診断書に残してもらうことが非常に大切になってきます。

事故から時間が経つほど、「その痛みは、事故とは関係ないのでは?」を思われやすくなってしまうということですね。

ただ、交通事故に見舞われた方は、突然のことにびっくりしてしまっていてすぐには痛みなどを感じないケースも多くあります。

そのような場合、事故直後ではなくても、痛みや違和感を感じたらすぐに病院に行きましょう。

この事案でも、Xが、事故から数日経って首に違和感を感じ始めてからすぐに病院に行って診断書を書いてもらっていれば、結論が変わった可能性が高いです。

また、この事案では、Xに、“既往症”、つまり“事故前からあった怪我や病気(すでに治っているものも含みます)”として頚椎後縦靱帯骨化症の手術を受けていたことも裁判所に注目されています。

首の痛みの原因になりそうな病気をして手術を受けたことがあるということで、事故のせいで痛くなったのではないんじゃないか?という疑問をもたれてしまったということです。

もっとも、既往症があるだけで、ただちに因果関係が否定されるわけではありません。そのほかにも、痛みが生じた時期や、お医者さんの見立てなど様々な事情が考慮されるので、既往症があるからといって諦める必要はないのです。

さらに、裁判では「証拠」が非常に重要になってきます。

たとえ本当のことであっても、証拠がなければ、事情を知らない裁判所は、それが本当だと判断できないのです。

これは、加害者の入っている保険会社との交渉の際にも同じです。保険会社も証拠がなければ動いてくれないことが多いです。

どういう風にしたら“事故のせいで生じた怪我”だと認めてもらえるのか、既往症があるけれど損害賠償請求できるか、どういうものが証拠になるのか、専門家でないと判断が難しい場合もあります。

そんなときは当事務所の弁護士にご相談ください。

つらいお怪我と交通事故との因果関係が認められて、適切な損害賠償ができますように、お手伝いさせて頂ければ幸いです。

閉じる
交通事故
下肢

後遺障害が認定されても安心はできない【後遺障害12級7号】(大阪地判平成27年11月26日)

事案の概要

52歳の男性Xの乗用車が、駐車場の出口で一時停止中、後退してきたYの乗用車に逆追突され、両膝半月板損傷の傷害を負ったため、XがYに対し、損害賠償を求めた事案。

Xの右膝について残存した症状は、膝関節機能に傷害を残したものとして、損害保険料率算出機構(損保料率機構)より後遺障害等級12級7号が認定されていた。

<主な争点>

①本件事故の態様はどのようなものだったか
②本件事故と両膝半月板損傷の因果関係、素因減額

<主張及び認定>

主張 認定
治療費(既払金) 81万0019円 81万0019円
入院雑費 1万0500円 1万0500円
通院交通費 2万3115円 2万3115円
文書料 6300円 6300円
休業損害 515万5000円 125万6191円
入通院慰謝料 130万0000円 130万0000円
逸失利益 1367万1705円 199万8862円
後遺障害慰謝料 290万0000円 84万0000円
既払金 ▲311万2099円 ▲393万7700円
弁護士費用 210万0000円 23万0000円
合計 2286万4540円 253万7287円

<判断のポイント>

①本件事故の態様

本件事故の態様で具体的な争いになったのは、Y車の後退速度です。

Xは、Y車の後退速度がそれなりの速度であったことを前提に、衝突された瞬間、X車がバウンドするような衝撃を受けたと主張したのに対し、裁判所は、これを認めず、Y車はゆっくりとした速度で後退してX車に衝突し、その衝撃の程度はそれほど大きくなかったものと認定しました。

X側は、X自身の本人尋問のほかに、X車の後方で待機していた車両の運転者Zの、X車が衝撃で動いた旨の陳述書も証拠として提出して、X車がバウンドするほどの衝撃であったことを主張しましたが、裁判所はそのどちらの信用性を認めませんでした。

裁判所は、本件事故直後にYがXに負傷の有無を尋ねたところ、Xが大丈夫であると返答し、Xがジュースを買いに現場を離れた際に足を引きずるような様子は見られなかったこと、衝突による車の修理費用が、XYどちらもそれほどの金額にならず、運転にも支障がなかったこと、事故後に警察官が臨場したものの、実況見分も行われなかったことなどの客観的事実を根拠としてY車の後退速度を認定したのです。

第三者の供述は、特別な事情がなく、合理的な内容であれば信用性が認められるものですが、XとZは知人であり、ZにはXに有利に陳述する動機があったことがZの陳述内容の信用性判断に影響したと考えられます。

また、本件では上記のような客観的な事実が認められたため、それらから認定される事実と整合しない、不合理な供述として信用性が認められなかったのではないでしょうか。

②本件事故と両膝半月板損傷の因果関係、素因減額
(1) 上記のように、裁判所は本件事故の衝撃の程度はそれほど大きなものではなかったと認定しましたが、Xの右膝の半月板損傷については、本件事故と相当因果関係があると認めました。

半月板損傷は、膝を強く打ったり、激しく動かしたりねじるなど、膝に大きな負荷がかかった場合に、膝関節の外側・内側に1個ずつある三日月型の軟部組織が傷付いて、膝に強い痛みが生じるようになるものであるため、Yは、本件事故の衝撃の程度はそれほど大きくなく、膝にかかる負荷も小さかったとして、本件事故とXの両膝半月板損傷との間には因果関係は認められないと主張しました。

裁判所も、本件事故当時のXの両膝の位置関係からすると、両膝関節の内側半月板を同時に損傷することは考え難い、としながらも、本件事故後、それ以前にはなかった膝の痛みが出現していたこと、特に右膝の痛みが強いこと、Xが右膝の半月板切除手術を受けていたことなどの事情から、少なくとも右膝の半月板損傷は、本件事故によって生じたものと認められるとして、本件事故と右膝半月板損傷の間の相当因果関係を認めたものです。

裁判所の判断のポイントは、受傷状況としては、因果関係が否定されるようなものであったにもかかわらず、事故前後の症状の有無や、治療状況を重視して、事故と受傷の因果関係を認めたところにあります。社会通念からすれば、事故の状況からは考えられないような怪我を負っていても、事故以前になかった症状のために、医師も手術をしなければならないと考えて、実際に手術が行われていたのであれば、これは事故と半月板損傷との相当因果関係自体を認めるほかない、という判断であったのだと思います。

(2) もっとも、Xの右膝の半月板には、加齢性の変形性関節症という疾患があり、Xの半月板損傷は、本件事故と、その疾患がともに原因となって発生したものといえるとして、Xに生じた右膝半月板損傷について、裁判所は70%の素因減額をしました。

素因減額とは、当事者間の損害の公平な分担という見地から、被害者に、損害の発生・拡大に寄与する事情がある場合に、損害のすべてを加害者に負担させるのは公平でないとして、その被害者の事情を斟酌して、損害賠償額を減額するという理論です。

裁判所は、半月板損傷と事故に相当因果関係があることは認めつつも、事故の衝撃の程度が軽微であり、通常であれば半月板損傷が生じるような事故ではないということを考慮して、半月板損傷の要因の70%はXのもともとの疾患にあると認定したのです。

結局、Xの半月板損傷は、後遺障害としては認められたものの、素因減額で70%を引かれてしまい、後遺障害に関する損害に関しては、12級の自賠責保険金290万円よりも少ない金額しか認められない、という結果になりました。

まとめ

後遺障害等級が認定されると、損害額自体が跳ね上がるのは確かですが、素因減額や過失割合など様々な事情によって、実際に受けられる賠償金がかなり少なくなってしまうということもあります。

そのため、被害者の方が、自分が遭った事故では、どのような事情で減額されてしまう可能性があるのか、ということを把握しておくことはとても重要ですので、もし気になるようなことがあれば、当事務所までお気軽にご連絡ください。

閉じる