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裁判例: 交通事故

交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)

入院治療期間の相当性について判断をした裁判例(東京高裁平成26年4月24日判決)

事案の概要

X1(父)、X2(母)、X3(長女)、X4(次女)の4名の乗る普通乗用車が、交差点において赤信号で停止していたところ、その後方から来たY運転のタクシーに追突され、それぞれ、頚椎挫傷、腰部挫傷の傷害を負った。

Xらは、事故後、搬送された整形外科で治療を受け、頚部や腰部の疼痛、めまい、嘔気、上肢のしびれ等が激しいなどとして、全員について入院が必要と判断された。

そのため、Xらは別の整形外科に入院をし、X1は48日間、X2は36日間、X3は28日間、X4は36日間の入院治療を行った。

その後、XらがYに対して、損害賠償請求をしたところ、Y側はXらの治療の必要性・相当性を争ったため、XらがYに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<主な争点>

①Xらに入院治療の必要が認められるか否か
②必要性が認められるとしても、入院治療期間として相当であったか否か

<争点のポイント>

交通事故により負傷した場合、その治療にかかった費用の賠償責任は、加害者が負い、通常の場合、加害者の加入する任意保険会社が負担してくれますが、事故の態様や程度からすると負傷をしていない、もしくは負傷していても治療が過度になされていると判断した場合には、治療費の支払を拒んでくることがあります。

また、事故後しばらくは治療費の支払を認めていても、医療機関での通院記録などを見て、もはや治療の必要がない段階(症状固定)に至っていると判断する場合には、治療費の支払いを打ち切ってきます。

そして、裁判においても、治療の必要性や相当性がないと判断される場合には、加害者の治療費の支払義務は認められません。

ただし、どの程度の治療が必要なのか、相当なのかという判断は困難を伴い、特に、一見して外傷が明らかでないむち打ち症などについて、治療として相当な範囲を明確にすることは、裁判所であっても、極めて困難であるといえます。

本件においては、以下のとおり、Xらの入院治療の必要性が認められるか否か、認められるとしてもそれらの入院治療期間は相当な範囲にあったといえるか否かが争われました。

<Y側の主張>
本件事故により生じた物的損害は極めて軽微であり、また、Xらの症状や入院期間中の頻繁な外出等の事情をも考慮すると、入院の必要性は認められず、また、認められたとしても相当な入院期間は数日程度である。

<X側の主張>
Xらの入院は、病院や担当医師が入院の必要性があると判断したことによるもので、その判断は相当であり、Xらはその指示に従っただけである。また、Xらの症状は決して軽微ではなく、入院期間中の外出についても、やむを得ない事情があった。

(1)原審(地方裁判所)の判断

Xら及びYに主張について、原審の横浜地裁相模原支部(以下、単に「横浜地裁」といいます。)は、治療のための入院が相当な長期にわたらない限り、担当医師の裁量の範囲内であり、不相当とはいえないとして、Xら全員の入院治療の必要性、入院期間の全期間について相当性を認めました。

(2)高等裁判所の判断

上記のような原審の判断に対して、東京高裁は、入院治療の必要性を認めつつも、相当な入院期間の範囲については、X1については48日中17日、X2については36日中15日、X3については28日中4日、X4については36日中7日に限定して認定しました。

この判決においては、X1について、裁判所は、原審でX1の本件事故による傷害について相当と認められる入院治療期間は、10日間との鑑定されていたこと、X1が入院期間中に合計9回の外出もしくは外泊をしていたことを前提事実として、「それぞれの外出又は外泊には一応相当の理由が認められるものの、そのような外出や外泊が可能であったことは、上記鑑定結果のとおり、入院後約10日を経過したあとは通院治療が可能な状態になっていたことを推認させるものである。」と判示しました。

そのうえで、X1の症状に関する医学的意見書の内容を考慮して、X1が別の整形外科に転院するために退院した日までの17日間について、相当な入院期間であると認定されています。

まとめ

以上のように、Xらの入院の必要性については、地裁と高裁のいずれも認めていますが、入院期間の相当性については、判断が分かれています。

(1)横浜地裁の判断について
横浜地裁は、受傷後の症状の変化については予測が困難なため、被害者が医師に入院を要望したなどの特段の事情がない限り、被害者の症状やその変化を診ている医師が、入院治療が必要であると判断すれば、それはその医師の裁量の範囲内に属する判断として、入院期間が相当長期でなければ、不相当とはいえないとの認定基準を設定して判断しています。

横浜地裁の示した認定基準は、言ってしまえば、医師が治療のために入院が必要と判断すれば、明らかに相当でないような長期間でない限り、基本的には実際に入院した期間は相当な範囲であるとするものであり、これは、被害者にとってみれば、かなり有利な基準です。

ただ、このような基準では、被害者の実際の症状や治療の経過ではなく、医師の判断次第で相当か否かが判断されることになるため、第三者的な立場からみると、それが実態に即した公平な判断といえるのか疑問ではあります。

また、横浜地裁は、医師が相当と認めた入院期間については、「入院させなかったり、早期に退院させたときの方が後に病状が悪化した場合など医師の責任が問われかねない」ということも考慮されており、それも含めて医師の裁量であると考えられているようですが、被害者本人の症状に対する治療の相当性を考えるときに、本人に直接関わらない事情を考慮するのが適切妥当なのかも一考の余地があるでしょう。

(2)東京高裁の判断について
これに対して、東京高裁は、Xらの受傷の程度や外出の頻度等の事情、第三者による鑑定結果などの客観的な事実を総合的に考慮して、相当性を判断しています。この判断は、横浜地裁のある意味大雑把な認定にNGを出したものといえるでしょう。

確かに、担当医師は被害者の症状を直接診てきた医療の専門家であり、その判断が重視されるべきであることは間違いありません。

もっとも、裁判での事実認定は、裁判において提出されたすべての証拠に基づいて行われるものであるため、一部の証拠のみから判断されるべきでないのも事実です。

今回、東京高裁が重視したのは、Xらが入院中にもかかわらず、頻繁に外出をしていたという点です。

通常、入院が必要な患者さんとして考えられるのは、入院をしなければ怪我の治療に必要な処置や手術ができない場合や、歩行ができない、または困難であるために通院治療が難しい場合などです。しかし、Xらの怪我は頚椎捻挫や腰椎捻挫などに留まり、特に手術等が必要な場合ではなく、また、1度や2度に留まらず、頻繁に外出していたという事実は、歩行にも特に困難が生じていなかったことを推認させるものであるため、少なくとも外出ができるようになった時点で、入院を続ける必要はなくなったと考えるのが素直です。

東京高裁は、Xらには入院が必要であるとした医師の判断を尊重しつつも、実際のXらの行動などから通院治療が可能になった時期を判断しており、実態に即した相当な範囲の入院期間を認定したものといえるでしょう。

治療の必要性や相当性については、示談交渉の段階でもよく争いが生じる点の1つです。まだ症状が改善していない状態で、治療が必要でない、もしくは相当でないとして、相手方に治療費の支払を拒否されてしまうのは、被害者にとって、経済的にも精神的にも大きな負担となります。そのような場合は、弁護士にご相談をいただければと思います。

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交通事故

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後遺障害に基づく損害の賠償請求権の消滅時効の起算点(最高裁平成16年12月24日判決)

事案の概要

平成8年10月14日、Xが交通事故で右膝蓋骨骨折の傷害を負い、右膝痛などの症状が残り、平成9年5月22日に症状固定の診断を受けた。

Xは、自動車保険料率算定会(現在の損害保険料率算出機構に当たる機関)に後遺障害等級認定申請を行ったところ、平成9年6月9日に非該当との認定を受けた。

Xは、この認定に対して異議申立てをしたところ、平成11年7月30日、後遺障害等級12級12号(現在の12級13号)に該当するとの認定を受けた。

Xはこの認定が不服であるとして、その後さらに異議申立てを行ったものの、認定された後遺障害は12級12号のままであった。

そこで、平成13年5月2日、Xが加害者Yに対して、逸失利益や慰謝料等の合計2424万8485円とこれに対する遅延損害金の支払いを求めて、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

<主な争点>

交通事故による後遺障害に基づく損害の賠償請求権の消滅時効はいつから進行するか。

<争点のポイント>

民法724条は、「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。

不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と規定しています。

そのため、裁判においては、「損害及び加害者を知った時」が争われることが多いです。

交通事故も、この「不法行為」に当たるものであり、本件でも、以下のように消滅時効が進行する時点が争われました。

<Y側の主張>
Xの症状固定日である平成9年5月22日から3年が経過した平成12年5月22日に損害賠償請求権は時効消滅した。

<X側の主張>
損害賠償請求権の消滅時効は、異議申立てによって後遺障害等級12級12号に該当すると認定された平成11年7月30日から進行するので、訴訟を提起した平成13年5月22日の時点では、いまだ消滅時効は完成していない。

(1)原審(高等裁判所)の判断

X及びYの主張に対して、原審の裁判所は、Xの後遺障害が12級12号に相当すると認定した上で、Xが12級12号の認定を受けるまでは、後遺障害に基づく損害賠償請求権を行使することが事実上可能な状況の下にその可能な程度にこれを知っていたということはできないから、Xの後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、12級12号が認定されたとき以降であると解すべきである、と判断し、Xの請求を764万0060円とこれに対する遅延損害金の限度で認容しました。

(2)最高裁の判断

上記のような原審の判断に対して、最高裁は、Y側の主張を認める形で、以下のように判示して、原判決を破棄し、差戻し(もう一度原審に審理判断をさせること)をしました。

「被上告人(X)は、本件後遺障害につき、平成9年5月22日に症状固定という診断を受け、これに基づき後遺障害等級の事前認定を申請したというのであるから、被上告人は、遅くとも上記症状固定の診断を受けた時には、本件後遺障害の存在を現実に認識し、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害の発生を知ったものというべきである。

自算会による等級認定は、自動車損害賠償責任保険の保険金額を算定することを目的とする損害の査定にすぎず、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の行使を何ら制約するものではないから、上記事実認定の結果が非該当であり、その後の異議申立てによって等級認定がされたという事情は、上記の結論を左右するものではない。そうすると、被上告人の本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、遅くとも平成9年5月22日から進行すると解されるから、本件訴訟提起時には、上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していることが明らかである。」

まとめ

もっとも、実際に損害賠償請求訴訟を提起するほとんどの場合、損保料率機構に後遺障害等級認定申請をし、その認定結果に基づいて、等級に応じた後遺障害慰謝料や逸失利益を算定することが前提となっています。

そのため、民法724条の規定する「損害」「を知った時」という文言からすると、自分の後遺症がどの後遺障害等級に該当するのかを損保料率機構によって認定されていない段階では、被害者自身に、実際に請求することのできる損害が発生しているのか否かや、具体的な損害額を知ることができないので、「損害」「を知った時」には当たらないのではないか、という疑問も考えられなくもありません。

なお、本件の最高裁判決より以前の、最高裁平成14年1月29日判決は、民法724条にいう「被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解すべきである。」と判示しています。

このような最高裁判決もあって、本件の原審は、Xが12級12号の認定を受けるまでは、後遺障害に基づく損害賠償請求権を行使することが事実上可能な状況の下にその可能な程度にこれを知っていたということはできないとして、消滅時効の起算点を、異議申立てにより後遺障害等級12級12号(現在の12級13号)が認定された平成11年7月30日と認定したものと思われます。

しかし、上記の平成14年判決では、あくまでも「損害の発生を現実に認識した時」とされているうえ、民法の通説的見解では、「損害」「を知った時」とは損害の程度や金額まで知る必要はないと考えられており、実務でもそのように取り扱われています。

そのため、本件の最高裁もXが症状固定の診断を受けた時点で、後遺症が存在することを現実に認識したことで、Yに対する賠償請求が事実上可能な程度に損害が発生していること自体は現実的に認識していたとして、「損害」「を知った時」に当たるものと判断したものと思われます。

そして、自算会(自動車保険料率算定会)の等級認定は損害の査定に過ぎないので、起算点である症状固定日からの消滅時効の進行には影響を及ぼさないとも指摘しています。

被害者側からすれば、なかなか納得のできない判断といえますが、最高裁判決として出ている以上、この点を争っていくことは現実的には難しいです。

そのため、ある後遺障害に該当すると考えられる症状が残っていると自覚する場合には、たとえ損保料率機構の認定がなされていない段階であっても、症状固定日から3年が経過する前に、その後遺障害等級に基づき損害額を算定したうえで、訴訟を提起する必要があります。

交通事故に限らず、請求権の消滅時効の起算点は、実務上たびたび争われる争点であり、様々な事情によって起算点がいつの時点になるかが変わることもあります。

このような法律上の争点について、個人の方が争うことは困難ですので、ご相談いただければと思います。

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交通事故

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既存障害と同一部位を受傷したことにより残存した後遺障害について、加重を認めなかった裁判例【後遺障害併合9号】(大阪地裁平成25年1月29日判決)

事案の概要

グラフィックデザイナーであるXがバイクを運転して走行していたところ、道路路肩に停車していたY運転の乗用車がウインカーを出さずに発進し、転回してきたためにXに衝突し、左尺骨遠位端骨折、左大腿骨骨折、第5左肋骨骨折等の傷害を負ったため、XがYに対し損害賠償を求めた事案。

Xに残存した症状は、損保料率機構より、左尺骨遠位端骨折に伴う左手関節の機能障害について、後遺障害等級10級10号、左尺骨遠位端骨折後の変形障害について12級8号、左膝関節の可動域制限について12級7号、左足の付け根の痛みについて14級9号が該当し、両腕のしびれと痛みについては後遺障害には該当しないと認定され、上記を総合的に考慮し、後遺障害等級併合9級が認定されていた。

なお、Xは過去にも2度、今回の事故と同じ部位を負傷して、一方の事故では左下肢の短縮障害(13級8号)と左膝部の神経症状(12級13号)で併合11級、他方の事故では右足関節の神経症状(12級13号)の後遺障害が認定されていた。

<主な争点>

①過去の後遺障害による加重の是非
②Xの具体的な労働能力喪失率

<主張及び認定>

主張 認定
治療費(既払金) 250万円 250万円
入院雑費 12万円 12万円
通院交通費 61万円 60万円
通信費 3万円 3万円
休業損害 800万円 528万円
逸失利益 4210万円 1661万円
入通院慰謝料 260万円 245万円
後遺障害慰謝料 830万円 670万円
既払金 ▲1373万円 ▲1373万円
遅延損害金 67万円 67万円
弁護士費用 400万円 206万円
合計 5521万円 2331万円

<判断のポイント>

(1)過去の後遺障害による加重の是非

本件では、Xが過去の事故によって生じていた後遺障害との関係で、本件事故によって生じた後遺障害が、加重障害に当たるかどうかが問題となりました。
自賠責保険における後遺障害等級認定制度では、既存障害が存在する身体の部位と同一部位に、事故によって、さらに重い後遺障害が残った場合、その障害は加重障害と扱われます。この場合、既存障害を考慮して、重い後遺障害等級に相当する保険金から、既存障害の後遺障害等級に相当する保険金の額を差し引いて、支払金額が算定されることになります。

たとえば、すでに肩関節について後遺障害12級6号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の4分の3以下に制限されているもの)の障害に該当する症状を呈していた人が、交通事故によって肩関節を負傷し、10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の3分の1以下に制限されているもの)の障害に該当する症状が残ってしまった場合は、10級10号の自賠責保険金に相当する461万円から、12級6号の自賠責保険金224万円を差し引いた、237万円が支払われることになります。

既存障害がある部位と同一部位について、事故によってさらに重い後遺障害が残った場合に、既存障害を考慮せずにそのまま重い後遺障害等級に相当する保険金が支払われるのは公平ではないことから、このような加重障害の制度が定められているのです。
そして、後遺障害が認定された場合、事故の相手方に対する損害賠償請求では、一部の後遺障害を除き、逸失利益が認められますが、その算定の際に用いられる労働能力喪失率についても、加重障害によって生じた労働能力の喪失率から既存障害により生じている喪失率を差し引いて、計算するという手法が取られることがあります。

(2)本件におけるYの主張と裁判所の判断
Yは、Xが本件事故当時、過去の交通事故による既存障害により少なくとも20%の労働能力を喪失していると考えられることから、本件事故によるXの労働能力喪失率は、多くとも9級の喪失率35%から11級(併合)の喪失率である20%を差し引いた15%のみが労働能力喪失率として認められるべきであると主張しました。
しかし、裁判所は、左下肢の短縮障害と左膝部の神経症状の後遺障害について、本件事故と負傷部位が共通することは認めながらも、左下肢の短縮障害については、本件事故の後遺障害等級認定において加重障害に当たらないとして後遺障害としては評価されていないこと、左膝部の神経症状については、その症状固定時期から13年以上経過しているため、それだけの期間が経過すれば、馴化により、労働能力を回復することも十分考えられるとして、これらの症状によりXの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断しました。

また、右足関節の神経症状についても、本件事故によって負傷した部位とは別個であることから、その存在を考慮して、Xの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断して、Yが主張するような15%のみの労働能力の喪失率を認定することはしませんでした。

(3)コメント
本件事故でXに残存した左足の付け根の痛み及び左膝関節の可動域制限と、過去の事故で生じた左下肢の短縮障害及び左膝部の神経症状は、いずれも左下肢を負傷したことにより生じた後遺障害であるため、上記のような自賠責保険の加重障害の考え方からすると、本件事故で生じた後遺障害については加重障害に当たるともいえ、その場合、労働能力喪失率は、既存障害による喪失率を差し引いて考えられるべきとも思えます。
しかし、裁判所は、損保料率機構が左下肢の短縮障害との関係で左膝関節の可動域制限を加重障害に当たらないものとしたことをもって、その判断に従い、加重障害とは認めませんでした。具体的な判断理由は示されていませんが、いずれも左下肢に負傷しているとはいえ、足全体について短縮が生じていることを後遺障害と評価される短縮障害と、膝関節の可動域が制限されていることを後遺障害と評価されるものが加重障害として判断されるのは違和感があるため、これを加重障害と評価しなかった裁判所の判断は妥当なものであると思います。

なお、左膝部の神経症状については、上記のとおり症状固定から13年以上経過していることを理由として、すでに労働能力の喪失が回復していると考えられることをもって本件事故により生じた後遺障害の労働能力喪失率を低減させることを否定していますが、これは、賠償実務上、神経症状の後遺障害については、5年ないし10年もすれば自然に回復するであろうと考えられていることによるものと思われます。

(4)Xの具体的な労働能力喪失率

①のように、裁判所は加重によるXの労働能力の喪失率の低減については否定しましたが、本件事故によってXに生じた後遺障害と既存障害は、いずれも下肢に属するものであり、歩行等については相互に関連すること、Xのグラフィックデザイナーという職業や仕事の内容等を考慮すると、労働能力喪失率は30%と評価するのが相当であると判断しました。

(5)コメント
本件事故によりXに生じた後遺障害が、既存障害との関係で加重障害と評価される場合、Y主張のような、前者の労働能力喪失率から後者の喪失率を差し引く形で労働能力喪失率が計算されることになり得るため、本件事故でXに生じた後遺障害の内容からすると、これを加重障害として評価されるべきではないと思いますが、他方で、裁判所の指摘するように、いずれも下肢に属する後遺障害であるため、その影響は相互に関連・重複することになることから、その点を考慮しないとすれば、逆にXを保護しすぎることになってしまいます。

また、Xの職業的には、足よりも手を使う仕事であることからすれば、足に後遺障害が残ったとしても、仕事への影響は限定的であるといえます。

そのため、上記のように、事案に即して具体的にXの労働能力喪失率を認定した裁判所の判断は極めて妥当なものであると思います。

この裁判例のように、過去に後遺障害が認定されていて、その後さらに後遺障害が残るような怪我を負ってしまった場合などは、加重のように複雑な制度が絡んでくることもあり、個人の方ではどのように後遺障害が認定されることになるのか判断が難しいと思います。そのようなことでお困りの際には、まずは当事務所までお気軽にご相談ください。

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シートベルトをしなかったお客さんにも過失!?【後遺障害14級】(大阪地方裁判所判決平成26年7月25日)

事案の概要

タクシー運転手が業務としてタクシーを運転中に急ブレーキをかけたため、後部座席の乗客Xが、運転席の後ろに腕や体をぶつけて傷害を負ったとして、タクシー会社Yに対し損害賠償金の支払を求めた事案。

<主な争点>

①過失相殺
②Xの損害額

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 45万4104円 45万4104円
交通費 10万9635円 3430円
休業損害 91万6594円 73万0820円
通院慰謝料 95万0000円 95万0000円
後遺障害慰謝料 110万0000円 110万0000円
逸失利益 77万0435円 48万1911円
弁護士費用 25万0000円 25万0000円

<判断のポイント>

(1)シートベルトを着用していなかった乗客に過失割合が認められるか?

タクシーやバスに乗ったとき、ついシートベルトをし忘れてしまうことってありますよね。

そうやってシートベルトをし忘れたタイミングで交通事故にあった場合、お客様側に過失割合が認められてしまうことがあります。

こうお話すると、「事故を起こしたのは運転手のせいなのに!」「自分は被害者なのに!」と憤慨される方も多いことと思います。

しかし、「過失割合」というのは、“事故が誰のせいか?”という問題ではなく、“発生した損害を誰がどのくらい負うべきか?”の問題なのです。

つまり、事故が運転手のせいだとしても、発生した損害の全部を運転手に負わせるのは公平でない場合があり、そのときに認められるのが「過失割合」なのです。

Xは、シートベルトを着用していなかったことは認めるけれど、

①運転手には乗客にシートベルトを着用させる義務があるのに、本件の運転手はXに対しシートベルトを着用するよう指示しなかった。

②後部座席の同乗者がシートベルトを装着することは一般化されているとはいえない。

③仮にシートベルトを着用しなかったことにつきXに落ち度が認められるとしても、Xがシートベルトを着用しなかったことによりXの損害が拡大したとはいえない。

だから、過失相殺はされるべきでないと主張しました。

これに対して、裁判所は、

①Yは乗客の目につきやすいY車両の後部座席ドア内側に「安全のためにシートベルトをおつけください」と記載されたステッカーを貼付することで装着を促したが、Xはシートベルトを装着しなかった。

②Y車両がタクシーというサービス業であることからすれば、乗客に対する装着指示の方法にはおのずと限界があるというべきであり、ステッカー貼付による指示も相当な方法とみることができる。

③Xは事故の約1か月前に運転免許を取得したばかりで後部座席のシートベルト装着義務も理解していたにもかかわらず、シートベルトを装着しなかった。

④急ブレーキによりシートベルトを装着していれば、急ブレーキにより腕や体が運転席にぶつかるようなことにはならなかったものと認められ、本件事故による原告の傷害も軽減された可能性が高い。

以上によれば、Xがシートベルトを装着しなかった点について1割の過失相殺をするべきと判断しました。

自動車を運転する人には、後部座席に乗車する人にシートベルトを装着させる義務があります(道路交通法71条の3第2項)。
これはあくまで運転する人に義務があるだけなので、後部座席に乗車する人に“シートベルトをする義務”があるわけではありません。

それでも、シートベルトをしなかったことで“損害が拡大した”場合=“シートベルトをしていればもっと損害は小さかったのに”という場合には、拡大した損害を全て運転する人に負わせるのは公平でないということになるのです。

(2)相当因果関係

本件では、Xの損害額(特に交通費、休業損害及び逸失利益)について、本件の事情を考慮して、裁判所が判断しています。

ア 交通費
Xは、後頚部の痛みや張りを訴えて病院を受診し、頚部の画像検査では、生理的前彎の消失以外に異常所見は見られず、医師からは頚椎捻挫との診断を受けました。

その後投薬や理学療法等の治療、MRI検査等を受けるため、自宅(大阪市)近くの病院と、自宅から60km離れているけれど実家(奈良県五條市)から近い病院とに通院していました。

そこで、Xは、自宅近くの病院で子供を同伴しての通院が拒まれたとして通院の際に子供を実家に預ける必要等があり、大阪市と奈良県五條市との往復交通費を含めた金額を請求しました。

これに対して裁判所は、自宅近くの病院で子供同伴の通院が拒まれたとは認められず、Xの通院パターンからすると、自宅から60km離れているけれど実家には近い病院への通院は、実家で生活することが目的の一部になっていたといえるとして、大阪市と奈良県五條市間の交通費を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができないと判断しました。

イ 休業損害
Xは専業主婦だったので、主婦労働に関して実通院日数につき100%の休業損害を請求しました。

これに対して、裁判所は、事故発生日から症状固定日までの期間や通院状況、後遺障害の程度内容によれば、実通院日数につき80%主婦労働ができなかったとして休業損害を算定するのが相当であると判断しました。

ウ 逸失利益
治療したもののXには後頚部痛の症状が残り、この症状に対して「局部に神経症状を残すもの」として14級9号の後遺障害認定がおりました。

そこで、Xは将来にわたって制限される労働能力について、Xは5年間5%制限されるとして請求しました。

これに対して、裁判所は、急ブレーキをかけただけの本件事故においては、追突等の接触事故に比べて、原告の身体に加わった力は比較的軽度であったと考えられることや原告の後遺障害の程度内容に照らして、Xの労働能力は3年間5パーセント減少したとして逸失利益を算定するのが相当であると判断しました。

相当因果関係とは、結局のところ“どこまでの損害を加害者に負わせるべきか?”という価値判断によって決まります。

最初にお話した「過失割合」が“事故による損害をどう分担するか?”という問題なのに対し、「相当因果関係」とは“そもそもどこまでを事故による損害と認めるべきか?”という問題なのです。

適切な賠償を得ていくためには、「過失割合」を考えるうえでも「相当因果関係」を考えるうえでも、法的なバランス感覚が非常に重要となってきます。

このバランス感覚が、法律に馴染みのない方にはなかなか掴みにくいところかと思います。

適切なバランス感覚をもった弊所の弁護士なら、きっとお力になれると思いますので、ぜひお気軽にご相談ください。

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通院中なのに、また事故に遭ってしまった【後遺障害なし】(大坂地判平成27年11月17日)

事案の概要

停止中の自動車において、Y1が左後部ドアを開放したところ、後ろから自転車で走行してきたXと衝突した事故(本件事故)で、XがY1とY2会社(本件事故は、Y1がY2会社の事業の執行として自動車を運転した際に起きた)に対し、損害賠償を求めた事案。

Xは本件事故の前にも事故に遭っており(前事故)、本件事故は前事故での怪我の通院中に起きた。

<主な争点>

①異時共同不法行為
②症状固定後の治療費
③休業損害・営業損害

<主張及び認定>

主張 認定
未払治療費 8万1997円 0円
未払交通費 4万3640円 0円
資料作成費 4万3550円 0円
休業補償 127万8360円 0円
営業補償 25万0000円 68万0000円
通院慰謝料 186万0000円 40万0000円
名誉毀損にかかわる慰謝料 50万0000円 0円

<判断のポイント>

(1)客観的に1個の不法行為といえるか

交通事故の怪我で通院中に、不幸にもまた事故に遭ってしまうことがあります。

1事故目と2事故目とで全然別の部位をお怪我した場合は、「この部位の怪我は1事故目のせい。この部位の怪我は2事故目のせい。」とはっきり分かるので、それぞれの怪我についてそれぞれの加害者及び保険会社に請求すればいいので、特に法的な問題はありません。

しかし、1事故目と2事故目とで同じ部位をお怪我した場合、「この怪我はどちら事故のせいか」とはっきり分からなくなります。

このとき、「誰に対して何を請求できるのか」が問題となるのです。

この問題に関して、出てくる言葉・考え方に「異時共同不法行為」というものがあります。

「異時」つまり“違う時期・タイミング”で起きたけれども、複数の「不法行為」つまり“1事故目と2事故目”が「共同」つまり“合わさって”怪我が発生したといえるので、被1事故目の加害者と2事故目の加害者はどちらも怪我の“全部”について損害賠償義務を負うと考えるものです。

例えば本件では、裁判所はXの「通院慰謝料は200万円が相当」と判断しましたが、ここで本件事故と前事故が「異時」の「共同不法行為」であると考えれば、XはY1及びY2会社に加え、前事故の加害者にも200万円全額の賠償を請求することができるのです。

このように考えると被害者に有利なので、異時共同不法行為の主張は被害者側からなされることが多いですが、本件では加害者であるY側から主張されました。

これは、前事故の加害者側からXにいくらか賠償がなされていたからです。共同不法行為と考えた場合には、前事故の加害者側からなされた賠償の分だけ全体の賠償額が減るので、Y側がXに賠償すべき金額も減ります。こういう面から見ると、異時共同不法行為の考え方はY側にとっても有利な側面があるということですね。

しかし、裁判所は、「共同不法行為が成立するためには、複数の加害行為が時間的、場所的に近接する等、客観的に1個の加害行為であると認められることを要するというべきである」が、「本件についてみるに、前事故と本件事故は、異なる場所で発生しており、また、前事故から本件事故までは5か月以上の時間的間隔があるのであって、時間的・場所的に近接しているとはいえず、客観的に1個の行為であると評価することはできない」として、本件事故と前事故を「異時共同不法行為」とは認めませんでした。

このように、“客観的・社会的に見て、1個の行為といえない場合“には「共同不法行為」と認めないのが裁判所の傾向です。

そして、この場合、被害者は本件事故の加害者と前事故の加害者それぞれに、それぞれの「寄与度」つまり“影響度”に応じた損害額の請求しかできないので、本件で、裁判所は、「前事故と本件事故の態様、原告の症状、治療の時期及び内容を考慮すると、前事故と本件事故の寄与度は、8:2の割合とみるのが相当であるから、本件事故に係る通院慰謝料は、40万円となる」と判断しました。

(2)相当因果関係

加害者に損害賠償請求するには、その損害と事故との間に「相当因果関係」、分かりやすくいえば“普通に考えてその損害は事故のせいで発生したという関係”が認められなければなりません。

怪我の「治療中」に発生した治療費であれば、通常この「相当因果関係」が認められます。

しかし、「症状固定後」の治療費はどうでしょう。

答えは、ノー。原則、相当因果関係は認められません。

なぜなら、「症状固定」とは“治療が効かなくなった状態“を意味するからです。効かない治療にお金をかけても、それは事故による怪我を“治すため”の治療費とはいえませんよね。だから、症状固定後の治療費には、相当因果関係が認められず、加害者に請求できないのです。

本件で、XはY側から、受傷部位のひとつである左肩関節について、「症状固定……日より後に行わなければならない」等と繰り返し要求されたことから、症状固定後の治療費も請求しましたが、裁判所はそのような事実は証拠上認められず、症状固定日後の治療費について「本件全証拠を検討しても、相当因果関係があると認めるには足りない」として請求を認めませんでした。

「完全に治るまでの治療費は、全部加害者が払うべきだ!」とお考えの被害者の方も多いと思いますが、治療はいずれ“効かなくなる”時=「症状固定」が来ます。だからこそ「後遺障害」認定という制度があるのです。

(3)現実の減収

Xは、予備校を経営しており、代替講師使用や事務代行に伴う損害が発生したとして、休業損害の賠償を請求しました。

これに対して裁判所は、「休業補償は、受傷による休業のために実際に収入の減少があった場合に認められるものである」として、本件では、事故前年度と比べて、Xの営業等収入にも所得金額にも減少が認められないとして、休業損害を認めませんでした。

また、Xは、「前事故及び本件事故の影響のため、Xが経営する予備校は、開設以来前例がないほど低い70%台の合格率となった。その結果、予備校の看板に半永久的に消えない傷が残った」として、これに対する補償を求めました。

しかし、これに対しても、裁判所は、「本件事故前からの収入減が認められない」ことから「合格実績の変化によりXが主張する損害が発生したと認めるには足りない」として、Xの主張を認めませんでした。

判決文上は記載がありませんが、Xはおそらく個人事業主であり、個人事業主の方の休業損害等については、「現実の減収」が認められることが重視される傾向にあります。事故後に売上げや所得が減っていない場合には、休業損害が認められないことが多いのです。

少し想像も入ってしまいますが、本件では、裁判上、弁護士費用の請求がないことから、ご本人で訴訟をなされた可能性があります。

その前提で、休業損害の部分についていえば、「代替講師使用」や「事務代行」という主張が出ていることから。もし弁護士が訴訟追行していれば「代替労働力」への人件費という切り口で請求する方法もあったのではないかと考えられます。

法律の専門家である弁護士だからこそ、適格なポイントに注目し、効果的な切り口から主張することができることがあります。

交通事故においては、今回のように「異時共同不法行為」や「症状固定」など難しい法律概念が絡んでくることが多々あります。

ひとつひとつ説明させていただきながら、適切な賠償を得られるようにサポートさせていただきますので、どうぞお気軽にご相談ください。

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