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裁判例: 交通事故

交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)
高次脳機能障害

後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めた裁判例【後遺障害3級3号】(札幌高裁 平成30年6月29日判決)

事案の概要

4歳の男児X1が、市道を歩行横断中、Yの運転する大型貨物車に衝突され、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、症状固定後も残存した高次脳機能障害につき、後遺障害等級3級3号が認定された。

その後、X1とその両親X2及びX3は、Yに対して、将来介護費と後遺障害逸失利益については定期金賠償を求める形で、損害賠償請求訴訟を提起した。

<主な争点>

後遺障害の逸失利益の支払方法について、定期金賠償が認められるか

<本事案の経過>

(1)当事者の主張と第一審判決
本件では、X1が3級3号という重度の高次脳機能障害により、将来において単独で日常生活を送ることは到底不可能であるとして、将来介護費の定期金賠償を求めました。

また、本件事故によって労働能力が100%喪失したとして、男子学歴計全年齢の平均賃金を基礎収入として、18歳から67歳までの49年間にわたり、月1回の定期金賠償を命じる判決を求めました。

これに対しては、Yが、定期金賠償を求めている点を含め、逸失利益自体を争ったところ、第一審である札幌地裁(平成29年6月23日判決)は、判決において、X1の高次脳機能障害について、将来において完全に自立した生活を送ることができる見込みがないと認定したうえで、X1は本件事故により労働能力を完全に喪失したと認めました。

そしてそのうえで、逸失利益の定期金賠償の可否についても、X側が求めるとおりの算定方法により計算した金額の月1回の定期金賠償を認める判断を行いました。

(2)控訴審判決
控訴審判決も、第一審判決同様に、後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めました。

同判決は、その理由として、

①実務上定期金賠償が一般的に認められている将来介護費と比較した場合、事故発生時にその損害が一定の内容のものとして発生しているという点や、将来の時間的経過によって請求権が具体化するという点で、後遺障害逸失利益も共通していること

②定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えについて規定する民訴法117条も、後遺障害逸失利益について、定期金賠償が命じられる可能性があることを前提にしていること

③本件におけるX1の後遺障害逸失利益については、将来の事情変更の可能性が比較的高いものと考えられること

④被害者側が定期金賠償によることを強く求めていること

⑤④が、後遺障害や賃金水準の変化への対応可能性といった定期金賠償の特質を踏まえた正当な理由によるものであること

⑥将来介護費について長期の定期金賠償が認められている以上、本件において後遺障害逸失利益について定期金賠償を認めても、Y側の損害賠償債務の支払管理等において特に過重な負担にはならないと考えられることを挙げました。

まとめ

(1)定期金賠償
定期金賠償とは、交通事故によって発生した損害の賠償方法のひとつで、その損害を一括ではなく分割して、将来にわたって定期的に賠償をする方法です。

定期金賠償は、損害の性質上、交通事故の場合に多くみられる一括払いの方法(一時金賠償)では不都合が生じると考えられる場合に用いられる方法で、たとえば、本件でも認められているように、一生涯にわたって他者による介護を要するような重度の障害を負ってしまった場合の将来介護費などは、現実にいつまで必要となるかが分からないので、「被害者が死亡するまで」、という不確定期間の定期金で支払が行われることが多いです。

定期金賠償については、色々なメリット・デメリットがあるのですが、この点についてもう少し詳細が知りたいという方は、当サイトの「定期金賠償のメリットデメリットを解説!一時金賠償方式との違いとは?」のコラムをご覧ください。

(2)本件について
本件では、第一審判決、控訴審判決のいずれも、後遺障害逸失利益の定期金賠償を認めました。

将来介護費については、定期金賠償での請求方法が確立されているため、これを請求する場合、そのほとんどが定期金賠償の方法で行われていますが、これに対して、後遺障害逸失利益については、基本的に一時金賠償で請求されているため、後遺障害逸失利益の定期金賠償の可否について問題になることはありませんでした。

もっとも、上記①で指摘されているように、後遺障害逸失利益も、将来介護費と同様に、事故の時点で一定の内容として発生し、将来において具体化する損害という点で共通していますので、本来は、一時金賠償よりも定期金賠償になじむものといえます。

それにもかかわらず、後遺障害逸失利益については一時金賠償で請求されることが多いのは、第一審判決で指摘されている、適切な金額の算定が可能であり、多くの場合、被害者側が一時金による賠償を望んでいるから、という理由に尽きます。

そのため、被害者側が望み、また、定期金賠償によることが相当といえる場合には、定期金賠償を認めても何ら問題ないと考えられます。

そして、定期金賠償の方法が相当かどうか、という点について、控訴審判決は、上記③~⑥の事情を総合的に考慮して、これを認めたのです。

一時金賠償は、短期間にまとまった金額が得られるという意味でのメリットは大きいものの、中間利息控除によって、定期金賠償よりも得られる総額が少なくなる可能性があるというデメリットもあるため、どちらの方法も選択できるというのは、被害者にとって望ましいことといえるでしょう。

本事案は、後遺障害逸失利益についても定期金賠償が可能であるということを明確にしたという点で、大きな意義があるものといえます。

損害賠償の請求において、どのような方法をとることができるのか、そして、被害者の方にとってどの方法が一番望ましいか、具体的な事情に応じてそれを提案するのも、弁護士の役割であるといえます。

交通事故でお困りの方は、当事務所にご相談ください。

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交通事故
上肢
顔(目・耳・鼻・口)

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例(横浜地裁 平成30年9月27日判決)

事案の概要

横断歩道を青信号で自転車に乗車して横断していたAが、赤信号を無視したY運転の自動二輪車に衝突され(本件事故)、右小指深指屈筋腱断裂、右眼窩底骨折、右頬骨骨折等の障害を負い、約11か月の入通院治療後に症状固定となり、自賠責保険から後遺障害10級1号(右眼資力低下)、13級6号(右小指機能障害)、14級9号(右頬部、口唇、口腔内のしびれ)に該当するとして、併合9級が認定された。

Aは症状固定日の3日後に、別件事故で死亡し、Aの遺族であるX1、X2及びX3は、別件事故の加害者に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部認容判決を受けた。同判決において、Aは死亡による労働能力喪失率が100%で逸失利益が認定された。

その後、Xらは、本件事故に関し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<争点>

第2事故の訴訟で逸失利益に関して労働能力喪失率100%で損害認定を受けたことが、第1事故での逸失利益算定に影響を与えるか否か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 ※1
文書料 5万3812円 5万3812円
器具装具代 2万0331円 2万0331円
入院雑費 4万0500円 4万0500円
通院交通費 3510円 3510円
入院付添費 17万5500円 0円
休業損害 48万2909円 48万2909円
入通院慰謝料 180万0000円 175万0000円
逸失利益 2342万0639円 1338万3222円
後遺障害慰謝料 690万0000円 690万0000円
小計 9万0673円 1万8113円
弁護士費用 330万0000円 210万0000円
合計 3628万7874円 ※2 2319万7714円

※1 労災保険利用のため、治療費は損害として計上されず。
※2 受領済みの自賠責保険金から、受領日までの遅延損害金を差し引いた金額を控除した金額

<後遺障害を負った被害者が死亡した場合の逸失利益の算定について>

被害者が事故による受傷後、後遺障害が生じた場合に認められる逸失利益は、労働能力の喪失により、将来得られるべき利益を得られなくなった損害として認められるものです。

そのため、後遺障害を負った被害者が、賠償上、逸失利益の金額が確定する前に別の原因で死亡してしまった場合、そもそも逸失利益を算定するに当たっての労働能力喪失期間は、死亡時までのものに限定されるのではないか、という問題が生じます。

しかし、この点に関しては、最高裁平成8年4月25日判決で、交通事故の時点で、被害者に死亡する原因となる具体的な事由が存在し、近い将来、死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡によって、逸失利益の算定の基礎となる労働能力の喪失期間は左右されないという判断を示しました。

したがって、賠償実務上も、上記の最高裁判例にならい、原則として、被害者が死亡した場合でも、逸失利益は死亡後の労働能力喪失期間も含めて計算されることになります。

<本件の問題点>

(1)本件も、本件事故で後遺障害を負った被害者Aが、その賠償金額が確定する前に別件事故で死亡した事案なので、上記の最高裁判例に従えば、認定された後遺障害等級を前提に、逸失利益が算定されることになるのが原則です。

しかし、本件では、特殊な点として、別件事故の訴訟で、Aの死亡による労働能力喪失率を100%として、逸失利益が認定されたという事情がありました。

(2)この事情によって生じる問題として、別件事故によって、すでに死亡後の労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認められている以上、本件事故でも同じ期間分の逸失利益を認めることは、いわば逸失利益の二重取りになるのではないか、という点があります。

(3)また、本件事故でのXらの後遺障害による逸失利益が認められるとの主張を前提とすると、別件事故の時点で、Aはすでに本件事故によって労働能力が一部喪失していたとして、それを前提に、逸失利益が算定されるべきとも考えられます。

しかし、Xらは別件事故の訴訟において、別件事故の当時、Aが完全な労働能力を有していたことを前提として、逸失利益を請求し、100%の労働能力喪失率が認められたので、果たして本件事故で、後遺障害による労働能力の喪失を主張することが、別件事故でのXらの主張と矛盾するものとして許されないのではないか(信義則に反しないか)、という点も問題となります。

そして、実際にY側は、上記の点を主張して、Aの逸失利益を争いました。

<裁判所の判断>

(1)裁判所は、まず、上記の最高裁平成8年判決を引用し、本件では、同判決の示すような特段の事情は存在しないため、別件事故での死亡の事実を労働能力喪失期間の認定において考慮すべきではない、としました。

そのうえで、逸失利益の二重取りにならないかという点については、別件事故の訴訟での主張立証の結果、100%の労働能力喪失率で逸失利益が認定されたからといって、Yが本来負うべき賠償義務を免れるのは相当ではなく、二重取りの問題については、Xらと別件事故の加害者との間で解決すべき問題であるとしました。

(2)また、Xらの主張が信義則違反に当たらないかという点についても、別件事故の訴訟当時は、本件事故によるAの労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、後遺障害等級認定もされていなかったから、Xらが別件事故の訴訟で本件事故によるAの労働能力喪失を主張しなかったとしても、信義則違反には当たらないとしました。

(3)そして、結論として、別件事故の訴訟において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えず、逸失利益は認められる、と判断しました。

まとめ

本件の判決は、最高裁平成8年判決の判断に従って、Aの後遺障害逸失利益を認めたものですが、別件事故の訴訟で認められた逸失利益と、本件事故による逸失利益の両方を認めることについては、それが二重取りであることを否定しているわけではありません。

実際、Aの死亡後の労働能力喪失期間中の逸失利益は、別件事故の訴訟で認められているわけですから、さらに後遺障害逸失利益まで認められるというのは、違和感はあります。

しかし、判決も示しているとおり、最高裁平成8年判決に従えば、本来、YがAの後遺障害逸失利益については、Aの死亡後の分もその責任を負うべきものであり、別件事故での死亡逸失利益が認められたからといって、その責任を免れるというのは、相当ではないといえます。

本来は、別件事故の訴訟において、本件事故でAに生じた後遺障害による労働能力喪失を前提として死亡逸失利益が算定されるべきであったともいえますが、必ずしも先に起こった事故について、先に解決しなければいけない、という法律もないため、この点は、やむを得ないことといえるでしょう。

逸失利益は、不確定要素の大きい将来の損害であるため、その算定に当たっては、様々な問題が生じ、当事者間で激しく争われる損害の1つです。

そのため、適切な賠償を受けるためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な主張が必要不可欠です。

適正な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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交通事故
死亡

信号のない交差点の横断歩道上を横断中に普通自動車に衝突された自転車の過失割合3割に認定した裁判例(福岡高裁平成30年1月18日判決)

事案の概要

A(原告:71歳女性)は、信号のない交差点の横断歩道上を自転車で進行中、Y運転の普通乗用車に衝突され死亡した。

Aの相続人Xらは既払金357万9,288円を控除した4,757万4,326円の支払いを求めて訴えを提起した。

<争点>

過失割合

<判断のポイント>

(1) 過失割合

交通事故は、当事者双方またはいずれか一方の過失によって生じるものですが、当事者間における過失の割合のことを「過失割合」といいます。

過失割合は、過去の裁判例を基準とし、当該事故の具体的事情に応じた修正を加えながら決定されます。

(2) Xら及びYの主張

1審において、Xらは、事故当時Aが71歳と高齢であったこと、本件事故が横断歩道上で発生したものであること、Aの運転する自転車が先に交差点に進入していたことなどから、AとYの過失割合は0対10であると主張しました。

これに対し、Yは、Aにおいても、車道を走行する車両の有無及びその存在を確認すべき注意義務があったのにこれを怠り、漫然と本件道路を横断した過失があるとして、AとYの過失割合は3.5対6.5であると主張しました。

(3) 裁判所の判断

1審裁判所は、AとYの過失割合を3対7と認定しました。

その理由として、1審裁判所は、Yに「前方及び右方の注視義務違反」が認められる一方で、本件交差点が見通しのきく交差点であることから、Aにも「本件歩道の横断を開始する際の左方への注視義務違反」が認められることを挙げています。

そして、本件事故が信号機による交通整理が行われていない交差点で発生したこと、Y車両の進行していた道路が優先道路であったこと、本件事故発生当時、Aは71歳であったことから、「自転車が横断歩道上を通行する際は、車両等が他の歩行者と同様に注意を向けてくれるものと期待することが通常であることを総合考慮すれば、AとYの過失割合を3対7と認めるのが相当である」と認定しました。

2審裁判所も、1審判決を支持してAとYの過失割合を3対7と認定し、控訴を棄却しました。

その理由として、2審裁判所は、「道路交通法は歩行者と軽車両である自転車を明確に区別しており、自転車を押して歩いている者は、歩行者とみなして歩行者と同様の保護を与えているのに対し、自転車の運転者に対しては歩行者に準ずるような特別な扱いはしておらず、同法が自転車に乗って横断歩道を通行することを禁止しているとまでは解せないものの、横断歩道を自転車に乗って横断する場合と自転車を押して徒歩で横断する場合とでは道路交通法上の要保護性には明らかな差がある」ことなどを挙げています。

まとめ

道路交通法は歩行者と軽車両である自転車を明確に区別しており、横断歩道を自転車に乗って横断する場合と自転車を押して徒歩で横断する場合とでは、必要とされる保護の程度に大きな差を認めています。

今回ご紹介した裁判例では、自転車側に3割の過失が認められました。自転車と自動車の間で事故が発生した場合、思いもよらない結果が生じて大きな不安を感じることもあるかもしれません。

お困りの際には、お気軽にご相談ください。

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交通事故
顔(目・耳・鼻・口)

既存障害のある被害者の損害に関する事例【後遺障害9級相当】(名古屋地裁平成22年5月14日判決)

事案の概要

高速道路上で普通貨物車を運転していたXが、Y運転の大型貨物車に追突され、右頚椎神経部損傷、右肩・腰・臀部打撲の傷害を負い、右耳に高度の難聴の症状が残存したとして、Yに対して損害賠償を求めた事案。

なお、Xは、本件事故の13年ほど前に、左耳突発性難聴に罹患し、事故の2年半ほど前から左耳に中度の補聴器を付けるようになり、事故の2か月前には左耳は後遺障害11級程度の高度の難聴となっていた。

また、右耳については、事故の3年9か月ほど前に軽度の、2年ほど前には中等度の難聴となり、1年半ほど前から軽度の補聴器を付けるようになるなど、徐々に増悪の傾向にあり、事故前後は中等度の難聴の状態にあった。

<争点>

①既存障害の悪化と事故との因果関係
②既存障害のある被害者の損害の算定方法

<請求額及び認定額>

主張 認定
治療費 47万4210円 47万2210円
装具(補聴器)代 41万8752円 41万8752円
休業損害 24万8000円 24万8000円
入通院慰謝料 132万0000円 132万0000円
後遺障害慰謝料 461万0000円 300万0000円
逸失利益 852万9624円 592万3350円
弁護士費用 300万0000円 92万0000円
既払金 ▲15万5000円 ▲41万3930円
合計 1844万5586円 1188万8382円

(1)既存障害の問題

交通事故の被害者に、事故の時点で自賠責法上の後遺障害に該当する程度の障害(既存障害)があり、事故後にその障害の悪化がみられた場合、そもそも障害の悪化が、事故を原因とするものなのか(因果関係)、また、因果関係があるとしても、損害をどのように算定すべきなのかが争われることがよくあります。

今回の事案でも、Xが、事故後に生じた右耳の聴力の低下は、本件事故が原因で生じたものであると主張しましたが、これに対してYは、もともと本件事故以前から両耳とも難聴があったのであるから、本件事故が原因で生じたものではなく、また、症状が増悪したとも認められない、と反論しました。

(2)裁判所の判断

裁判所は、Xの右耳の難聴について、事故の3年9か月ほど前に生じた難聴は、事故当時の中等度になるまで、徐々に悪化するにとどまっていたのが、本件事故後3か月余りで聾(ろう)に近い状態に急変し、入院治療で中等度に回復したものの、退院後は高度の難聴に戻るという急激な悪化を見せているという事実を認定しました。

そして、その上で本件事故による外傷やその後のストレスなしには、このような高度の難聴を生じることはなかったとして、本件事故とXの右耳の高度難聴との間の相当因果関係を認め、事故前は11級程度だった難聴が、事故後に9級程度に増悪したと認定しました。

もっとも、Xの右耳が本件事故後に高度の難聴になったことについては、左耳の高度の難聴が影響しているとして、その影響を考慮した金額として、後遺障害慰謝料を300万円、後遺障害逸失利益を592万3350円と算定しました。

まとめ

交通事故当時、被害者に既存障害がある場合において、事故後にその症状が重くなったという事実が認められる場合、一般的な感覚としては、その事故が原因で悪化したと考えられると思います。

もっとも、障害の種類・内容によっては、時間が経過してもその程度があまり変わらないものもあれば、時間が経つにつれて自然と進行していくものもあり、後者の場合は、事故後に症状が重くなったとしても、それが事故によるものであるとは言い切れないケースもあります。

本件では、裁判所は、本件事故前から生じていたXの右耳の難聴について、本件事故前にXが定期的に行っていた聴力検査の結果から、徐々に悪化していたことを認定しつつ、事故後3か月間に行った検査結果では、ほとんど聞こえなくなるほどまで急激に聴力が落ち、最終的には高度の難聴の状態になった事実があることをもって、事故後にXの右耳が高度の難聴になったのは、本件事故が原因であると判断しました。

本件のような進行性の既存障害が、事故が原因で悪化したと認められるためには、事故以前の既存障害の症状の経過や、事故後の症状の変化の程度等の事情を明らかにしていくことが必要になります。

後遺障害が認定された場合、原則として、後遺障害慰謝料と逸失利益が事故による損害として認められることになり、裁判実務では、その等級に応じて、目安の損害額や計算基準が定まっています。本件でXに認定された9級相当の後遺障害であれば、後遺障害慰謝料は690万円であり、逸失利益を算定する上で考慮される労働能力喪失率は35%となります。

もっとも、事故当時にまったく障害がなかった被害者が9級相当の高度難聴になってしまった場合と、もともと11級相当の難聴が生じていた被害者が9級相当の高度難聴に悪化した場合とで、後遺障害慰謝料や、労働能力の喪失の程度を同じにすることは公平ではありませんから、これらの損害は、既存障害の存在も考慮して、算定されることになります。

裁判実務上、既存障害の存在を前提とした損害額の算定方法については、決まった方法があるわけではなく、事案に応じて適切な解決が図れる方法がとられています。

本件では、判決文では明示されていませんが、事故後の後遺障害等級(9級)に応じた損害額・労働能力喪失率を算定し、ここから既存障害の後遺障害等級(11級)に応じた損害額や喪失率の数値を差し引く方法を基準に算定されたものと考えられます。

具体的には、9級相当の後遺障害慰謝料の目安額690万円から、11級相当の420万円を差し引いた270万円に、1割程度上乗せした300万円を、Xの後遺障害慰謝料として認定しています。

また、逸失利益に関しては、多少複雑な計算となります。

まず、Xの事故前年度の年収額240万円は、既存障害によって11級相当の労働能力の喪失(20%)の影響を受けたものと考えて、既存障害がなかったと仮定した年収を240万円÷(1-20%)=300万円と算定しました。

そのうえで、これに、本件事故によって拡大した喪失率15%(35%-20%)と、症状固定時からの就労可能年数22年に対応するライプニッツ係数13.163を掛けて算出される、592万3350円が逸失利益として認定されました。

240万円÷(1-20%)×(35%-20%)×13.163=592万3350円

本事案でも採用されたこの引き算方式は、既存障害のある場合の損害の算定方法として明朗なものであり、多くの裁判で用いられています。

以上のように、既存障害がある被害者の方の場合、本人が事故によって症状が悪化したと考えても、示談交渉や裁判の中で、因果関係や損害額の点で相手方に争われ、適切に主張立証をしなければいけない場面が出てくることもまれではありません。

そのような不安がある方は、一度当事務所までご相談ください。

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交通事故

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被害者の直接請求権と労災保険給付により国に移転した請求権の優先関係(最高裁平成30年9月27日判決)

事案の概要

トラック運転手のXが、その業務中にAの運転する自動車との交通事故により左肩腱板断裂、右膝打撲等の傷害を負い、肩関節機能障害の後遺障害が残ったため、労災保険から療養補償給付や休業補償給付、障害一時金の給付を受けた。

Aは任意保険に加入しておらず、また、Aは本件事故で死亡して、相続人も相続放棄を行ったため、Xが、Aの加入する自賠責保険会社Yに対して、自賠法16条1項に基づき、損害賠償を求めた事案。

<争点>

交通事故の被害者は、その事故が同時に労災に当たる場合には、労災保険によって、国から治療費や休業損害の給付(療養補償給付・休業補償給付)を受けることができます。

また、後遺障害が認定されれば、その等級に応じて、障害年金、もしくは障害一時金の給付を受けることもできます。

他方で、被害者は、加害者から事故によって受けた治療費や休業損害等の損害賠償を請求することもできますが、労災保険から受けた給付分の請求権は、法律的には、政府に移転することになるため、加害者にこれを二重に請求することはできなくなるのです。

そして、自賠責保険では、傷害による損害については支払われる保険金の上限額が120万円と定められており、後遺障害が認定された場合も、等級によって保険金の金額が決まっているため、それを超えて生じた損害については、加害者本人や加害者が加入する任意保険会社に支払を求めていくことになります。

しかし、本件では、加害者のAが死亡してしまったうえ、任意保険にも加入していなかったばかりか、Aの相続人も相続放棄してしまったため、Xとしては、自賠責保険会社に対する被害者請求によって、最低限の保険金の支払を求めることしかできない状況でした。

そこで、XがYに被害者請求をしたところ、Yが、労災保険給付によって、Xから政府に移転した請求権も存在するため、Xの請求権と政府の請求権は、自賠責保険の上限額の範囲で按分すべきであるとして、全額の支払いを拒否したために、裁判に発展したのです。

Yの具体的な主張としては、Xの直接請求権と政府からXへの労災保険給付によって国に移転した請求権は、いずれも同一の請求権であるから、優劣関係はないので按分される、というものであり、Xの直接請求権と国に移転した請求権の優先関係が争われました。

<裁判所の判断>

この争点については、裁判所は、第一審から最高裁まで一貫して、自賠法や労災保険法の趣旨・目的を根拠に、Xの請求権は政府の請求権に優先すると判断し、Yに対して、Xの傷害による損害及び後遺障害等級に応じた保険金の支払を命じる判決を出しました。

最高裁判決は、被害者が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害について直接請求権を行使する場合は、被害者の直接請求権の額と国に移転した請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、被害者は、政府に優先して自賠責保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができると結論付けています。

そして、その理由として、

①被害者の直接請求権は、少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に被害者が損害の填補を受けられることにしてその保護を図るものであるから、填補されなかった額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず,自賠責保険金額全額について支払を受けられないという結果が生ずることは自賠法の趣旨に沿わないこと

②労働者の負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするため必要な保険給付を行うなどの労災保険法の目的に照らせば、政府が行った労災保険給付分を国に移転した損害賠償請求権によって賄うことが、労災保険給付により被害者の請求権が国に移転すると定める規定の主たる目的であるとは解されず、国に移転した直接請求権が行使されることによって、被害者の未填補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果になることは、法の趣旨にも沿わないこと

が挙げられています。

仮に、Yの主張が認められた場合には、Xは、本来Aへの損害賠償請求によって得られたはずの金額の賠償金が受けられないばかりか、自賠責保険から支払われる最低限の保険金すら全額を受け取ることができない結果となりました。

しかし、国の経済的損失を防ぐために、被害者に負担を負わせることは、交通事故によって損害を被った被害者の保護・救済を目的とする自賠法の趣旨に反することは明らかです。

そのため、被害者保護を全面に打ち出した今回の最高裁の判決は、交通事故被害者にとって、重要な意義を有するものといえます。

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