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婚約破棄①~婚約と妊娠~

婚約破棄①

~婚約と妊娠~(東京地方裁判所平成28年3月22日判決)

<事案の概要>

男女は、同じマンションの異なる区画に居住し、同マンションのロビーで会ったことをきっかけに知り合い、交際を開始した。その後、女性は、妊娠し、男性に対し、「妊娠した。最低。」などとメッセージを送った。
その後、男性は、女性に対し、婚姻を申し込むとともに、女性が中絶をしないよう説得を試みた。しかし、女性は、男性に対し、中絶するからとして誓約書に署名をするよう求め、女性は、所持していたガラスの瓶を扉に叩き付けて割り、男性を罵倒するなどした。女性は、男性に対し、「誓約書の支払金額を男性の貯金額に抑えた、中絶する代わりにこれで終わりにしてやる」等と申し向けた上で準備していた誓約書に署名をするよう改めて求め、男性は署名をした。
女性は、男性に対し、上記誓約書による合意に基づき300万円支払うこと、これが認められない場合でも、婚約破棄の債務不履行に基づき360万円を支払うことを求めた。

<争点>

・婚約破棄による損害賠償責任は生じるか
・誓約書は有効か

<判決の内容>

女性が男性からの婚姻申込みに応じたとは認められないから、女性と男性との間に法的保護に値する婚姻約束は成立しておらず、これに至らない交際関係を解消したことにより女性が何らかの精神的損害を受けることがあったとしても、このことにつき男性が損害賠償責任を負う余地はない
また、女性と男性は、合意の上で避妊をせずに性行為を行ったものであり、仮に女性が男性から子の認知を受けられる見込みがなかったとしても、女性としては、子を出産した上で男性に対し認知の訴えを提起し、又は男性の認知を受けずに単独で育てる等の選択肢があり得た中、男性と合意をした上で妊娠中絶手術を受けたのであるから、女性が妊娠したことおよび中絶手術を受けたことのいずれについても、自らの判断の結果というべきであって、これにより女性が何らかの精神的損害を受けることがあったとしても、このことにつき、男性が損害賠償責任を負うべき理由はない。
そうであるにもかかわらず、本件誓約書における合意は、男性が女性に対し、「中絶手術代金および職務を遂行できなくなる期間分の生活費ならびに精神的慰謝料」との名目の下、中絶手術費用を大幅に上回り、男性の収入や貯蓄に照らしても高額な金員の支払を約することを内容とするものであって、女性と男性の判断に基づく結果である女性の妊娠および妊娠中絶の代償につき、過大に評価した上で一方的に男性に負担させるものというべきである。以上の諸事情に照らすと、本件誓約書における合意は、公序良俗に反するものとして無効であるというべきである。
婚約破棄による損害賠償責任の有無について、女性が男性からの婚姻申込みに応じたとは認められず、女性と男性との間に法的保護に値する婚姻約束は成立しておらず、これに至らない交際関係を解消したことにより女性が何らかの損害を受けることがあったとしても、このことにつき男性が損害賠償責任を負う余地はない。

<解説>

「婚約」は、文字通り、婚姻することを約束することです。その約束は男女の自由な意思に基づき、誠心誠意交わされているものである必要があります。本件は、女性の妊娠をきっかけに、男性から婚姻申込みがあったものの、女性がこれに応じることがなかったことから、「婚約」があったとは認められませんでした。また、婚約と妊娠を切り離して考え、誓約書に基づく過大な請求を退けたことも、本件の特徴のひとつです。
法律上、明確に「婚約」という概念は存在しないものの、婚姻の約束が存在し、一方が正当な理由なくこれを破棄した場合に、他方に精神的損害の発生が認められれば、損害賠償請求が可能です。
「婚約」が認められるために、結納を交わしたことや婚約指輪を渡したことなどの事情が必須になるわけではありません。「婚約」の存在や正当な理由、精神的損害の発生など、ご相談をいただきましたら、個別に検討をさせていただきます。

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