損害賠償請求10(国家賠償法) ~嵐の中、船上からの転落事故~ (東京高裁平成18年5月17日判決)

事案の概要

Xらは自衛隊員であって、民間客船に乗船して輸送中であった。当時、海上は大時化で荒れていたため、甲板に出ることは制限されていた。しかし、Xは、船酔いが激しく、嘔吐のため甲板へ出た。その際、海中へ転落してしまいし死亡した。
そこで、Xの遺族らは、国に対して、国家賠償法に基づき損害賠償請求訴訟を提起した。

 

<争点>
国の責任。安全配慮義務違反の有無。

 

判決の内容

(前提となる事実)
自衛隊員Xらは、客船で輸送中であった
Xは入隊間もなかったが、基礎訓練を済ませていた
当時、悪天候で客船は揺れが激しかった
隊員の多くが船酔いで、Xは風邪を引いていたこともあって特に船酔いがひどかった
Xの船酔症状は監督者である基幹隊員も知っていた
基幹隊員は甲板に出ないよう指示していた
客船の管理者も館内放送で甲板へ出ないよう注意していた
船室から甲板への出入口には「荒天のため出入厳禁」の札を掲げ、大部分を施錠していた

(X側の主張)
基幹隊員が、輸送中隊員の動静を把握し、体調の悪い者については手当と看視をし、船酔症状の隊員が嘔吐するため、あるいは風にあたるために甲板上に出て海中上に転落することのないよう監督し、もつて、その安全を計るべき注意義務がある。それにもかかわらず、基幹隊員らはこれを怠ったため、本件事故が惹起された。
したがって、国には安全配慮義務違反が認められる。

(裁判所の判断)
安全配慮義務の有無
本件輸送のような人員の輸送の指揮に当たる者としては、全員を目的地まで無事に送り届けるのがその任務であるから、隊員の動静を把握し、体調の悪い者があるときには適切な手当を受けさせる義務があるというべきである。

安全配慮義務違反の有無
本件のように公共の交通機関を利用して輸送が行われる場合、その交通機関の利用に伴い海中転落などの一定の危険にさらされるという点においては、一般乗客との間に差異はない。

しかも、本件の場合、輸送の対象であつたXらは、自衛隊員としての基礎訓練を受けた者であり、またXは当時19歳で,社会生活上の危険に対する判断力を十分備えていたものとみられる。したがって、このような者については、社会通念上容易に予想しうる危険は自らの判断と責任において回避するものと期待して差支えなく、「海が相当しけているから甲板に出ないように」との船内放送がなされ、上司からも同様の指示を受け、かつ、甲板への出入口に「荒天のため出入厳禁」との警告がなされている以上、これらを無視してあえて危険な行為に出る者があることまで予想して、基幹隊員が隊員の動静を終始監視し、あるいは甲板への出入口に見張りを立てる等の措置をとるべき義務はない

(結論)
国の責任は認められない。

解説

本件では、国に安全配慮義務違反が認められないとの結論に至りました。
争点は、本件事故、Xの危険な行動は、使用者(国)の予見すべき範囲に含まれるかと言う点です。
裁判所は、国は輸送の任務に鑑み、隊員らの体調にも配慮して安全に輸送を終える義務を認めました。もっとも、Xのような危険な行動を起こすことをも防ぐための措置を採るべき義務もあったのかが問題となりました。
この点、裁判所は、あえて危険な行動に出る者まで予想して措置を講じる義務はないと判断しました。つまり、Xは、上官からも船舶の管理者からも十分な注意を受けていました。また、Xはただ輸送されていただけであり一般乗客と同じく、転落の危険の回避に特別な注意を必要とするわけでもなかったため、自己の判断で危険を回避することが十分可能であったと認められました。これらが、基幹隊員に安全配慮義務違反が認められなかった理由です。

職務中の事故であることから原告らとしては無念だったと思われますが、管理者の予見義務を際限なく認めることは出来ません。本件は、明らかにX自らの危険な行為が原因で、周囲からの注意が十分であった当時、それを予見しろというのは無理が有ると思われ、妥当な判決だと考えます。