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裁判例: 9級

交通事故
上肢
顔(目・耳・鼻・口)

第1事故の症状固定後に第2事故で死亡した被害者の逸失利益に関する裁判例(横浜地裁 平成30年9月27日判決)

事案の概要

横断歩道を青信号で自転車に乗車して横断していたAが、赤信号を無視したY運転の自動二輪車に衝突され(本件事故)、右小指深指屈筋腱断裂、右眼窩底骨折、右頬骨骨折等の障害を負い、約11か月の入通院治療後に症状固定となり、自賠責保険から後遺障害10級1号(右眼資力低下)、13級6号(右小指機能障害)、14級9号(右頬部、口唇、口腔内のしびれ)に該当するとして、併合9級が認定された。

Aは症状固定日の3日後に、別件事故で死亡し、Aの遺族であるX1、X2及びX3は、別件事故の加害者に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部認容判決を受けた。同判決において、Aは死亡による労働能力喪失率が100%で逸失利益が認定された。

その後、Xらは、本件事故に関し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

<争点>

第2事故の訴訟で逸失利益に関して労働能力喪失率100%で損害認定を受けたことが、第1事故での逸失利益算定に影響を与えるか否か

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 ※1
文書料 5万3812円 5万3812円
器具装具代 2万0331円 2万0331円
入院雑費 4万0500円 4万0500円
通院交通費 3510円 3510円
入院付添費 17万5500円 0円
休業損害 48万2909円 48万2909円
入通院慰謝料 180万0000円 175万0000円
逸失利益 2342万0639円 1338万3222円
後遺障害慰謝料 690万0000円 690万0000円
小計 9万0673円 1万8113円
弁護士費用 330万0000円 210万0000円
合計 3628万7874円 ※2 2319万7714円

※1 労災保険利用のため、治療費は損害として計上されず。
※2 受領済みの自賠責保険金から、受領日までの遅延損害金を差し引いた金額を控除した金額

<後遺障害を負った被害者が死亡した場合の逸失利益の算定について>

被害者が事故による受傷後、後遺障害が生じた場合に認められる逸失利益は、労働能力の喪失により、将来得られるべき利益を得られなくなった損害として認められるものです。

そのため、後遺障害を負った被害者が、賠償上、逸失利益の金額が確定する前に別の原因で死亡してしまった場合、そもそも逸失利益を算定するに当たっての労働能力喪失期間は、死亡時までのものに限定されるのではないか、という問題が生じます。

しかし、この点に関しては、最高裁平成8年4月25日判決で、交通事故の時点で、被害者に死亡する原因となる具体的な事由が存在し、近い将来、死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡によって、逸失利益の算定の基礎となる労働能力の喪失期間は左右されないという判断を示しました。

したがって、賠償実務上も、上記の最高裁判例にならい、原則として、被害者が死亡した場合でも、逸失利益は死亡後の労働能力喪失期間も含めて計算されることになります。

<本件の問題点>

(1)本件も、本件事故で後遺障害を負った被害者Aが、その賠償金額が確定する前に別件事故で死亡した事案なので、上記の最高裁判例に従えば、認定された後遺障害等級を前提に、逸失利益が算定されることになるのが原則です。

しかし、本件では、特殊な点として、別件事故の訴訟で、Aの死亡による労働能力喪失率を100%として、逸失利益が認定されたという事情がありました。

(2)この事情によって生じる問題として、別件事故によって、すでに死亡後の労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認められている以上、本件事故でも同じ期間分の逸失利益を認めることは、いわば逸失利益の二重取りになるのではないか、という点があります。

(3)また、本件事故でのXらの後遺障害による逸失利益が認められるとの主張を前提とすると、別件事故の時点で、Aはすでに本件事故によって労働能力が一部喪失していたとして、それを前提に、逸失利益が算定されるべきとも考えられます。

しかし、Xらは別件事故の訴訟において、別件事故の当時、Aが完全な労働能力を有していたことを前提として、逸失利益を請求し、100%の労働能力喪失率が認められたので、果たして本件事故で、後遺障害による労働能力の喪失を主張することが、別件事故でのXらの主張と矛盾するものとして許されないのではないか(信義則に反しないか)、という点も問題となります。

そして、実際にY側は、上記の点を主張して、Aの逸失利益を争いました。

<裁判所の判断>

(1)裁判所は、まず、上記の最高裁平成8年判決を引用し、本件では、同判決の示すような特段の事情は存在しないため、別件事故での死亡の事実を労働能力喪失期間の認定において考慮すべきではない、としました。

そのうえで、逸失利益の二重取りにならないかという点については、別件事故の訴訟での主張立証の結果、100%の労働能力喪失率で逸失利益が認定されたからといって、Yが本来負うべき賠償義務を免れるのは相当ではなく、二重取りの問題については、Xらと別件事故の加害者との間で解決すべき問題であるとしました。

(2)また、Xらの主張が信義則違反に当たらないかという点についても、別件事故の訴訟当時は、本件事故によるAの労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、後遺障害等級認定もされていなかったから、Xらが別件事故の訴訟で本件事故によるAの労働能力喪失を主張しなかったとしても、信義則違反には当たらないとしました。

(3)そして、結論として、別件事故の訴訟において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えず、逸失利益は認められる、と判断しました。

まとめ

本件の判決は、最高裁平成8年判決の判断に従って、Aの後遺障害逸失利益を認めたものですが、別件事故の訴訟で認められた逸失利益と、本件事故による逸失利益の両方を認めることについては、それが二重取りであることを否定しているわけではありません。

実際、Aの死亡後の労働能力喪失期間中の逸失利益は、別件事故の訴訟で認められているわけですから、さらに後遺障害逸失利益まで認められるというのは、違和感はあります。

しかし、判決も示しているとおり、最高裁平成8年判決に従えば、本来、YがAの後遺障害逸失利益については、Aの死亡後の分もその責任を負うべきものであり、別件事故での死亡逸失利益が認められたからといって、その責任を免れるというのは、相当ではないといえます。

本来は、別件事故の訴訟において、本件事故でAに生じた後遺障害による労働能力喪失を前提として死亡逸失利益が算定されるべきであったともいえますが、必ずしも先に起こった事故について、先に解決しなければいけない、という法律もないため、この点は、やむを得ないことといえるでしょう。

逸失利益は、不確定要素の大きい将来の損害であるため、その算定に当たっては、様々な問題が生じ、当事者間で激しく争われる損害の1つです。

そのため、適切な賠償を受けるためには、逸失利益に関する正確な知識や、それに基づく的確な主張が必要不可欠です。

適正な賠償を受けられるようにするためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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交通事故
顔(目・耳・鼻・口)

既存障害のある被害者の損害に関する事例【後遺障害9級相当】(名古屋地裁平成22年5月14日判決)

事案の概要

高速道路上で普通貨物車を運転していたXが、Y運転の大型貨物車に追突され、右頚椎神経部損傷、右肩・腰・臀部打撲の傷害を負い、右耳に高度の難聴の症状が残存したとして、Yに対して損害賠償を求めた事案。

なお、Xは、本件事故の13年ほど前に、左耳突発性難聴に罹患し、事故の2年半ほど前から左耳に中度の補聴器を付けるようになり、事故の2か月前には左耳は後遺障害11級程度の高度の難聴となっていた。

また、右耳については、事故の3年9か月ほど前に軽度の、2年ほど前には中等度の難聴となり、1年半ほど前から軽度の補聴器を付けるようになるなど、徐々に増悪の傾向にあり、事故前後は中等度の難聴の状態にあった。

<争点>

①既存障害の悪化と事故との因果関係
②既存障害のある被害者の損害の算定方法

<請求額及び認定額>

主張 認定
治療費 47万4210円 47万2210円
装具(補聴器)代 41万8752円 41万8752円
休業損害 24万8000円 24万8000円
入通院慰謝料 132万0000円 132万0000円
後遺障害慰謝料 461万0000円 300万0000円
逸失利益 852万9624円 592万3350円
弁護士費用 300万0000円 92万0000円
既払金 ▲15万5000円 ▲41万3930円
合計 1844万5586円 1188万8382円

(1)既存障害の問題

交通事故の被害者に、事故の時点で自賠責法上の後遺障害に該当する程度の障害(既存障害)があり、事故後にその障害の悪化がみられた場合、そもそも障害の悪化が、事故を原因とするものなのか(因果関係)、また、因果関係があるとしても、損害をどのように算定すべきなのかが争われることがよくあります。

今回の事案でも、Xが、事故後に生じた右耳の聴力の低下は、本件事故が原因で生じたものであると主張しましたが、これに対してYは、もともと本件事故以前から両耳とも難聴があったのであるから、本件事故が原因で生じたものではなく、また、症状が増悪したとも認められない、と反論しました。

(2)裁判所の判断

裁判所は、Xの右耳の難聴について、事故の3年9か月ほど前に生じた難聴は、事故当時の中等度になるまで、徐々に悪化するにとどまっていたのが、本件事故後3か月余りで聾(ろう)に近い状態に急変し、入院治療で中等度に回復したものの、退院後は高度の難聴に戻るという急激な悪化を見せているという事実を認定しました。

そして、その上で本件事故による外傷やその後のストレスなしには、このような高度の難聴を生じることはなかったとして、本件事故とXの右耳の高度難聴との間の相当因果関係を認め、事故前は11級程度だった難聴が、事故後に9級程度に増悪したと認定しました。

もっとも、Xの右耳が本件事故後に高度の難聴になったことについては、左耳の高度の難聴が影響しているとして、その影響を考慮した金額として、後遺障害慰謝料を300万円、後遺障害逸失利益を592万3350円と算定しました。

まとめ

交通事故当時、被害者に既存障害がある場合において、事故後にその症状が重くなったという事実が認められる場合、一般的な感覚としては、その事故が原因で悪化したと考えられると思います。

もっとも、障害の種類・内容によっては、時間が経過してもその程度があまり変わらないものもあれば、時間が経つにつれて自然と進行していくものもあり、後者の場合は、事故後に症状が重くなったとしても、それが事故によるものであるとは言い切れないケースもあります。

本件では、裁判所は、本件事故前から生じていたXの右耳の難聴について、本件事故前にXが定期的に行っていた聴力検査の結果から、徐々に悪化していたことを認定しつつ、事故後3か月間に行った検査結果では、ほとんど聞こえなくなるほどまで急激に聴力が落ち、最終的には高度の難聴の状態になった事実があることをもって、事故後にXの右耳が高度の難聴になったのは、本件事故が原因であると判断しました。

本件のような進行性の既存障害が、事故が原因で悪化したと認められるためには、事故以前の既存障害の症状の経過や、事故後の症状の変化の程度等の事情を明らかにしていくことが必要になります。

後遺障害が認定された場合、原則として、後遺障害慰謝料と逸失利益が事故による損害として認められることになり、裁判実務では、その等級に応じて、目安の損害額や計算基準が定まっています。本件でXに認定された9級相当の後遺障害であれば、後遺障害慰謝料は690万円であり、逸失利益を算定する上で考慮される労働能力喪失率は35%となります。

もっとも、事故当時にまったく障害がなかった被害者が9級相当の高度難聴になってしまった場合と、もともと11級相当の難聴が生じていた被害者が9級相当の高度難聴に悪化した場合とで、後遺障害慰謝料や、労働能力の喪失の程度を同じにすることは公平ではありませんから、これらの損害は、既存障害の存在も考慮して、算定されることになります。

裁判実務上、既存障害の存在を前提とした損害額の算定方法については、決まった方法があるわけではなく、事案に応じて適切な解決が図れる方法がとられています。

本件では、判決文では明示されていませんが、事故後の後遺障害等級(9級)に応じた損害額・労働能力喪失率を算定し、ここから既存障害の後遺障害等級(11級)に応じた損害額や喪失率の数値を差し引く方法を基準に算定されたものと考えられます。

具体的には、9級相当の後遺障害慰謝料の目安額690万円から、11級相当の420万円を差し引いた270万円に、1割程度上乗せした300万円を、Xの後遺障害慰謝料として認定しています。

また、逸失利益に関しては、多少複雑な計算となります。

まず、Xの事故前年度の年収額240万円は、既存障害によって11級相当の労働能力の喪失(20%)の影響を受けたものと考えて、既存障害がなかったと仮定した年収を240万円÷(1-20%)=300万円と算定しました。

そのうえで、これに、本件事故によって拡大した喪失率15%(35%-20%)と、症状固定時からの就労可能年数22年に対応するライプニッツ係数13.163を掛けて算出される、592万3350円が逸失利益として認定されました。

240万円÷(1-20%)×(35%-20%)×13.163=592万3350円

本事案でも採用されたこの引き算方式は、既存障害のある場合の損害の算定方法として明朗なものであり、多くの裁判で用いられています。

以上のように、既存障害がある被害者の方の場合、本人が事故によって症状が悪化したと考えても、示談交渉や裁判の中で、因果関係や損害額の点で相手方に争われ、適切に主張立証をしなければいけない場面が出てくることもまれではありません。

そのような不安がある方は、一度当事務所までご相談ください。

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交通事故

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既存障害と同一部位を受傷したことにより残存した後遺障害について、加重を認めなかった裁判例【後遺障害併合9号】(大阪地裁平成25年1月29日判決)

事案の概要

グラフィックデザイナーであるXがバイクを運転して走行していたところ、道路路肩に停車していたY運転の乗用車がウインカーを出さずに発進し、転回してきたためにXに衝突し、左尺骨遠位端骨折、左大腿骨骨折、第5左肋骨骨折等の傷害を負ったため、XがYに対し損害賠償を求めた事案。

Xに残存した症状は、損保料率機構より、左尺骨遠位端骨折に伴う左手関節の機能障害について、後遺障害等級10級10号、左尺骨遠位端骨折後の変形障害について12級8号、左膝関節の可動域制限について12級7号、左足の付け根の痛みについて14級9号が該当し、両腕のしびれと痛みについては後遺障害には該当しないと認定され、上記を総合的に考慮し、後遺障害等級併合9級が認定されていた。

なお、Xは過去にも2度、今回の事故と同じ部位を負傷して、一方の事故では左下肢の短縮障害(13級8号)と左膝部の神経症状(12級13号)で併合11級、他方の事故では右足関節の神経症状(12級13号)の後遺障害が認定されていた。

<主な争点>

①過去の後遺障害による加重の是非
②Xの具体的な労働能力喪失率

<主張及び認定>

主張 認定
治療費(既払金) 250万円 250万円
入院雑費 12万円 12万円
通院交通費 61万円 60万円
通信費 3万円 3万円
休業損害 800万円 528万円
逸失利益 4210万円 1661万円
入通院慰謝料 260万円 245万円
後遺障害慰謝料 830万円 670万円
既払金 ▲1373万円 ▲1373万円
遅延損害金 67万円 67万円
弁護士費用 400万円 206万円
合計 5521万円 2331万円

<判断のポイント>

(1)過去の後遺障害による加重の是非

本件では、Xが過去の事故によって生じていた後遺障害との関係で、本件事故によって生じた後遺障害が、加重障害に当たるかどうかが問題となりました。
自賠責保険における後遺障害等級認定制度では、既存障害が存在する身体の部位と同一部位に、事故によって、さらに重い後遺障害が残った場合、その障害は加重障害と扱われます。この場合、既存障害を考慮して、重い後遺障害等級に相当する保険金から、既存障害の後遺障害等級に相当する保険金の額を差し引いて、支払金額が算定されることになります。

たとえば、すでに肩関節について後遺障害12級6号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の4分の3以下に制限されているもの)の障害に該当する症状を呈していた人が、交通事故によって肩関節を負傷し、10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」(患側の肩関節の可動域が健側の可動域の3分の1以下に制限されているもの)の障害に該当する症状が残ってしまった場合は、10級10号の自賠責保険金に相当する461万円から、12級6号の自賠責保険金224万円を差し引いた、237万円が支払われることになります。

既存障害がある部位と同一部位について、事故によってさらに重い後遺障害が残った場合に、既存障害を考慮せずにそのまま重い後遺障害等級に相当する保険金が支払われるのは公平ではないことから、このような加重障害の制度が定められているのです。
そして、後遺障害が認定された場合、事故の相手方に対する損害賠償請求では、一部の後遺障害を除き、逸失利益が認められますが、その算定の際に用いられる労働能力喪失率についても、加重障害によって生じた労働能力の喪失率から既存障害により生じている喪失率を差し引いて、計算するという手法が取られることがあります。

(2)本件におけるYの主張と裁判所の判断
Yは、Xが本件事故当時、過去の交通事故による既存障害により少なくとも20%の労働能力を喪失していると考えられることから、本件事故によるXの労働能力喪失率は、多くとも9級の喪失率35%から11級(併合)の喪失率である20%を差し引いた15%のみが労働能力喪失率として認められるべきであると主張しました。
しかし、裁判所は、左下肢の短縮障害と左膝部の神経症状の後遺障害について、本件事故と負傷部位が共通することは認めながらも、左下肢の短縮障害については、本件事故の後遺障害等級認定において加重障害に当たらないとして後遺障害としては評価されていないこと、左膝部の神経症状については、その症状固定時期から13年以上経過しているため、それだけの期間が経過すれば、馴化により、労働能力を回復することも十分考えられるとして、これらの症状によりXの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断しました。

また、右足関節の神経症状についても、本件事故によって負傷した部位とは別個であることから、その存在を考慮して、Xの本件事故による労働能力喪失率を低くするのは相当ではないと判断して、Yが主張するような15%のみの労働能力の喪失率を認定することはしませんでした。

(3)コメント
本件事故でXに残存した左足の付け根の痛み及び左膝関節の可動域制限と、過去の事故で生じた左下肢の短縮障害及び左膝部の神経症状は、いずれも左下肢を負傷したことにより生じた後遺障害であるため、上記のような自賠責保険の加重障害の考え方からすると、本件事故で生じた後遺障害については加重障害に当たるともいえ、その場合、労働能力喪失率は、既存障害による喪失率を差し引いて考えられるべきとも思えます。
しかし、裁判所は、損保料率機構が左下肢の短縮障害との関係で左膝関節の可動域制限を加重障害に当たらないものとしたことをもって、その判断に従い、加重障害とは認めませんでした。具体的な判断理由は示されていませんが、いずれも左下肢に負傷しているとはいえ、足全体について短縮が生じていることを後遺障害と評価される短縮障害と、膝関節の可動域が制限されていることを後遺障害と評価されるものが加重障害として判断されるのは違和感があるため、これを加重障害と評価しなかった裁判所の判断は妥当なものであると思います。

なお、左膝部の神経症状については、上記のとおり症状固定から13年以上経過していることを理由として、すでに労働能力の喪失が回復していると考えられることをもって本件事故により生じた後遺障害の労働能力喪失率を低減させることを否定していますが、これは、賠償実務上、神経症状の後遺障害については、5年ないし10年もすれば自然に回復するであろうと考えられていることによるものと思われます。

(4)Xの具体的な労働能力喪失率

①のように、裁判所は加重によるXの労働能力の喪失率の低減については否定しましたが、本件事故によってXに生じた後遺障害と既存障害は、いずれも下肢に属するものであり、歩行等については相互に関連すること、Xのグラフィックデザイナーという職業や仕事の内容等を考慮すると、労働能力喪失率は30%と評価するのが相当であると判断しました。

(5)コメント
本件事故によりXに生じた後遺障害が、既存障害との関係で加重障害と評価される場合、Y主張のような、前者の労働能力喪失率から後者の喪失率を差し引く形で労働能力喪失率が計算されることになり得るため、本件事故でXに生じた後遺障害の内容からすると、これを加重障害として評価されるべきではないと思いますが、他方で、裁判所の指摘するように、いずれも下肢に属する後遺障害であるため、その影響は相互に関連・重複することになることから、その点を考慮しないとすれば、逆にXを保護しすぎることになってしまいます。

また、Xの職業的には、足よりも手を使う仕事であることからすれば、足に後遺障害が残ったとしても、仕事への影響は限定的であるといえます。

そのため、上記のように、事案に即して具体的にXの労働能力喪失率を認定した裁判所の判断は極めて妥当なものであると思います。

この裁判例のように、過去に後遺障害が認定されていて、その後さらに後遺障害が残るような怪我を負ってしまった場合などは、加重のように複雑な制度が絡んでくることもあり、個人の方ではどのように後遺障害が認定されることになるのか判断が難しいと思います。そのようなことでお困りの際には、まずは当事務所までお気軽にご相談ください。

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交通事故
神経・精神
脊髄損傷
首・腰のむちうち(捻挫)

中心性脊髄損傷を認め後遺障害等級9級10号を認定した裁判例【後遺障害等級9級10号】(名古屋地裁平成30年4月18日判決)

事案の概要

49歳の男性Xの運転する普通乗用車が赤信号で停車中、Yの運転する普通貨物車に追突され、先行車に玉突き追突して、頚椎捻挫、胸椎捻挫等の傷害を負った。

症状固定後もXが訴えていた四肢のしびれ等の神経症状については、項部・頭・背部痛が生じているとして、自賠責から後遺障害等級14級9号が認定されるにとどまった。

そのため、Xは、本件事故によって7級4号の後遺障害として中心性脊髄損傷による四肢の神経症状が残存したとして、Yに対して、損害賠償請求訴訟を提起した。

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 111万0582円 111万0582円
通院交通費 2万3355円 2万3355円
文書料等 9260円 9260円
休業損害 268万2190円 213万7153円
逸失利益 2235万5356円 1436万7938円
傷害慰謝料 159万4667円 155万0000円
後遺障害慰謝料 1000万0000円 690万0000円
小計 3776万5410円 2609万8288円
既払金 ▲186万0582円 ▲186万0582円
確定遅延損害金 289万2217円 197万1632円
弁護士費用 366万5483円 250万0000円
合計 4246万2528円 2870万9338円

<当事者の主張>

本件では、Xは、自身に生じた後遺障害の程度について、本件事故により中心性脊髄損傷、頚部捻挫、胸椎捻挫、右前腕挫傷等の傷害を負った結果、頭痛、頚部痛・頚椎可動域制限、背部痛、両前腕から右手掌・拇指側を中心としたしびれ感、右手指伸展制限、両大腿部後面から脹脛、第1趾を中心としたしびれ感が残存したため、後遺障害7級4号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に相当すると主張しました。

これに対して、Yは、初診時においてXの脊髄に重大な損傷が生じたことを示唆するような症状が出ていたとの記載はなく、神経学的異常所見も記載されていないこと、Xが四肢のしびれの症状を訴えるようになったのが事故から3か月ほど経った頃からであること、自賠責保険も中心性脊髄損傷を否定していることなどから、Xが本件事故により中心性脊髄損傷の傷害を負ったとは認められず、四肢のしびれの症状と本件事故との因果関係がなく、後遺障害等級は14級9号にとどまると主張しました。

<裁判所の判断>

上記のような当事者の主張に対し、裁判所は、Xが初診時から右手指の巧緻性にかかる症状(細かい運動の障害)を訴えていて、検査の結果では右に異常が認められていること、受傷後MRI検査を受けるまで1か月半経過しているが、初診医はXの訴える症状について、むち打ち症に包含されるものと理解していたために時間が空いたものであるから、この点は重視できないこと、本件事故後のXの症状経過に関する説明は基本的に信用できることなどから、Xの症状は本件事故直後から生じていたものと認められる、と判断しました。

その上で、XのMRI画像上認められる異常所見(脊髄空洞症)についても、外傷性であると認められるとして、Xには本件事故によって中心性脊髄損傷の傷害が生じたと認定しました。

そして、Xに生じている頭痛、背部痛、上下肢のしびれ感等の症状については、Xが主張した後遺障害7級4号までは認めなかったものの、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服する労務が相当な程度に制限されるもの」に相当するとして、後遺障害9級10号を認めています。

その結果、逸失利益、後遺障害慰謝料を含め、合計で約2870万円もの賠償が認められることとなりました。

まとめ

本件事故でXに生じた中心性脊髄損傷は、脊柱に強い外力が加わることにより、脊柱の変形等とともに、脊髄が損傷する病態です。脊髄が損傷することによって、脳から身体の各部位への信号を送るという中枢神経の役割が果たされなくなり、その結果、四肢の麻痺や感覚障害、排泄機能障害等の障害が生じることになります。

このように、中心性脊髄損傷による症状は重篤な障害ですが、自賠責保険では末梢神経にかかる障害として認定されてしまうこともあり、簡単には適切な等級認定がされるものではありません。

本件で裁判所が認定したように、より重い中枢神経にかかる障害と認められるには、画像検査や神経学的検査、医師の意見書などによってしっかりと立証していくことが重要です。

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交通事故
下肢

自賠責非該当の左足関節機能障害について10級10号を認めた裁判例【後遺障害10級10号】

事案の概要

交差点を自転車で進行中のXが、左方一時停止道路から進入してきたY運転車両に衝突され、頚椎捻挫、左第5中足骨骨折等の傷害を負ったXが、Yに対し損害賠償を求めた事案。

Xの右肩・肘関節疼痛については、自賠責保険から、局部の神経症状として後遺障害14級9号の認定を受け、左足の関節機能障害については非該当との認定を受けていた。

Xは、裁判において右肩関節について10級10号の、左足関節について10級11号の関節機能障害がそれぞれ生じているとして併合9級を主張していた。

<主な争点>

右肩・左足の関節機能障害の後遺障害等級

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 106万9224円 106万9224円
通院交通費 42万4480円 42万4480円
通院看護料 15万0920円 15万0920円
休業損害 230万5888円 125万8111円
通院慰謝料 193万7000円 120万0000円
逸失利益 1631万7170円 1258万7531円円
後遺障害慰謝料 690万0000円 510万0000円
小計 2910万4682円 2179万0266円
過失相殺(1割) ▲217万9026円
既払金 ▲422万6216円 ▲422万6216円
弁護士費用 240万0000円 154万0000円
合計 2727万8466円 1692万5023円

<判断のポイント>

(1)Xは、右肩の神経学的検査やMRI画像所見から、右肩腱板損傷が生じ、それにより右肩の関節可動域が左肩の可動域角度の2分の1以下に制限されているとして、10級10号の関節機能障害に該当すると主張しました。

(2)しかし、裁判所は、事故からまもない時期に作成された診断書に右肩に関する傷害の記載がなく、その際に画像撮影も行われていないこと、診療録上は腱板損傷を窺わせる記載や画像所見の記載がないことなどの理由から、右肩腱板損傷の存在を否定し、右肩に生じている可動域制限と本件事故との因果関係を否定しました。

そのうえで、右肩・肘関節の疼痛については、自賠責保険の認定どおり、14級9号と認めました。

(1)Xは、左足関節自体は骨折していないものの、左第5中足骨骨折による内出血が原因で長期間腫れが生じ、軟部組織が炎症を起こすなどして生じた癒着状態が関節機能障害の原因となっているとして、10級11号の関節機能障害に該当すると主張しました。

(2)この点について、裁判所は、まず、事故直後に左足に長期間腫れが続き、内出血が生じていた事実を認定しました。

そのうえで、関節拘縮の発生機序に関する医師の詳細な意見書に基づき、Xの左足に認められる関節拘縮による可動域制限は、左足の腫れや内出血による関節組織周辺の筋短縮や血流障害等の器質的原因によるものであると認めました。

これに加え、事故態様からもXの左足はかなりの衝撃を受けたと認められるとして、本件事故との因果関係も認め、Xの主張どおり、10級11号の後遺障害等級を認定しました。

まとめ

本件では、右肩の後遺障害については、Xの主張する腱板損傷は否認されましたが、左足の後遺障害については、関節拘縮による可動域制限が認められ、10級11号の認定がされました。

裁判所がこのような認定に至るうえで、特に重視されたのは、医師の意見書だと思われます。

医師の意見書は、その医師の医学的な知見に基づいて、患者に生じている症状が、どのような原因で生じていると考えられるものなのかや、その発生メカニズムなどを、合理的な説明を交えつつ、作成されるものです。

その内容が説得力を有するものであればあるほど、証拠としての価値も高く、後遺障害の認定判断において重視されると言えるでしょう。

本件についていえば、長期間の腫れや内出血が原因で可動域制限を伴うような関節拘縮が生じるかどうか、という点がポイントになっていたものと思われます。

この点について、X側の提出した医師の意見書では、関節拘縮の発生要因として、腫れや内出血等、皮膚、皮下組織の異常を挙げており、また、関節拘縮の生じるメカニズムについても、詳細な説明がなされていました。

そして、裁判所は、この意見書の内容に依拠し、Xに事故後長期間にわたって腫れや内出血が生じていたという事実に基づき、関節拘縮による可動域制限を認定したのです。

このように、医師の意見書は、裁判所が後遺障害等級の認定判断を行うにあたって参考にされるものとして、とても大きな役割を持つものであるため、被害者側としては、充実かつ説得力のある内容の意見書が得られるか否かが重要になるのです。

本件のように、自賠責でも認定されなかった後遺障害等級を裁判所から認定してもらえるケースは、それほど多くはありません。

しかし、裁判所は、自賠責の判断には拘束されずに判断するので、しっかりとした意見書などの証拠が得られれば、自賠責で認定されなくとも、適切な等級認定が得られる可能性があるのも事実です。

後遺障害等級の認定について悩まれている方は、まずは弊所まで一度ご相談ください。

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