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裁判例: 11級

交通事故
上肢
神経・精神

職業を重視して認定された等級以上の労働能力喪失率を認めた裁判例【後遺障害併合12級】(大阪地裁 平成18年6月16日判決)

事案の概要

交差点の横断歩道上のX運転の自転車に、Y運転の普通乗用車が衝突したという交通事故により、右肩・肘・膝の打撲傷、右肩関節外傷後拘縮、右上肢不全麻痺等の傷害を負ったXがYに対し、損害賠償を求めた事案。

Xの職業は画家だったが、本件事故によって利き手の右手が思うように使えなくなる、絵が書けなくなるなど、主に右上肢に運動機能障害、脱力感、知覚障害などの自覚症状が生じていた。自賠責保険からは、右肩関節の運動機能障害につき後遺障害等級12級6号、右手指の神経症状につき後遺障害等級12級12号(現13号)に該当するとされ、後遺障害等級併合11級の認定を受けていた(他の右膝関節の症状については非該当)。

<主な争点>

①右肩関節の運動機能障害と右手指の神経症状の後遺障害等級
②右手指の神経症状による労働能力喪失率

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 69万7490円 69万7490円
休業損害 294万6904円 254万6005円
傷害慰謝料 80万0000円 80万0000円
逸失利益 5850万0726円 1814万6213円
生活介護費用 441万1025円 0円
後遺障害慰謝料 390万0000円 390万0000円
小計 7125万6145円 2608万9708円
損害の填補 ▲547万8722円 ▲547万8722円
弁護士費用 600万0000円 200万0000円
合計 7177万7423円 2261万0986円

<判断のポイント>

(1)Xの右肩関節の運動機能障害については、自賠責保険から、腱板損傷後の拘縮により、患側の右肩関節の可動域が健側の左肩関節の4分の3まで制限されているとして12級6号の後遺障害が認定されていました。

しかし、裁判所は、症状固定前の検査では健側の4分の3まで制限されていたものの、症状固定後、しばらく経過した後に行われた検査では、可動域が改善され、健側の4分の3までは可動域が制限されていなかったこと、また、可動域制限以外に他覚的所見が認められないことを認定し、右肩関節の症状については、局部の神経症状として14級10号(現9号)に該当すると判断しました。

自賠責保険の後遺障害等級認定は、症状固定日までの症状の経過や治療状況、検査結果を記載した診断書等の書面に基づいて審査され、その審査の結果、認定基準を満たすと判断されれば、後遺障害と認定されることになります。

そのため、本件の自賠責保険の認定は、あくまでも症状固定日までの検査結果に基づくものとして、一概に誤った判断とは言い難いと思います。

他方で、後遺障害は、形式的には症状がずっと残ることが前提となっているので、症状固定後に症状が改善したことにより、後遺障害等級の認定基準を満たさなくなったということであれば、それは後遺障害等級には該当しないと判断されるのもいわば当然であり、裁判所の判断は妥当なものといえるでしょう。

(2)右手指の神経症状については、裁判所は、神経学的所見として、筋力低下や知覚障害、筋電図の異常所見が見られること、事故の態様からすると右腕神経叢不全損傷の可能性も否定できないことから、局部の頑固な神経症状として12級12号に該当すると判断しました。

この点、後遺障害等級12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」として認定されるためには、他覚的所見によって、神経症状の存在が医学的に証明される必要があります。

たとえば、骨折後に生じた神経症状であれば、骨がうまくくっ付いていない(癒合不全)の状態であることが、レントゲン画像によってはっきり分かる場合には、神経症状の存在が医学的に証明されているものとして、12級が認定される可能性は高いです。

この事案で裁判所は、Xの右手指の症状の原因として認定した、右腕神経叢不全損傷について、画像所見等が存在しないことから、「可能性も否定できない」と直接的な表現は避けていますが、神経学的検査の結果、多数の異常所見が認められることや、事故態様などにより、間接的に証明されたものとして12級の後遺障害を認定したものと思われます。

画像所見のような直接的な証拠がなくても、間接的な証拠の積み重ねによって、神経症状の存在が証明されるという、X側の立証活動が功を奏した例といえるのではないでしょうか。

(1)前置きが少し長くなりましたが、今回の事案で着目すべきは、裁判所が認定したXの労働能力喪失率です。

上記のように、右肩関節の運動機能障害について14級の局部の神経症状として認定された結果、Xの後遺障害等級は、併合11級ではなく、併合12級と、自賠責保険の認定よりも下の等級が認定されました。
もっとも、Xの労働能力喪失率について、裁判所は、Xが画家としての能力を喪失していると認められること、Xの年齢(症状固定時61歳)や経歴、後遺障害の程度を考えると、Xが就くことができる職業がかなり限られることを考慮すると、労働能力の喪失の割合は、一般的な事例と比較して大きく評価するのが相当であるとの判断を示しました。

そして、後遺障害の部位が右手指と右肩のみで、身体全体の機能はかなりの割合で維持されているため、Xの主張していた100%の労働能力の喪失は認めなかったものの、50%という喪失率を認定しました。

(2)後遺障害等級12級の労働能力喪失率の目安は、14%とされており、裁判所も、この目安に従って喪失率を認定するのが通常です。

もっとも、この喪失率はあくまでも目安に過ぎないため、それ以上に労働能力が喪失していることが立証されれば、より高い喪失率が認定されることもあります(逆に低い喪失率が認定される場合もあります)。

今回は、Xが、本件事故当時、画家として絵画教室を行い、また、描いた絵画を展覧会に出品し、販売するなど、絵画のみで生計を立てていたこと、後遺障害により利き手である右手で絵を描くことができなくなったことなどの事実が認定されており、これに61歳という年齢や経歴から、他の職業に就くことが難しいという事情も考慮されて、目安の14%を大きく上回る50%という労働能力喪失率が認定されました。

労働能力喪失率は、仕事にどれだけ影響を及ぼすか、という点が大きいため、後遺障害の程度もさることながら、被害者の方の職業やその職業と後遺障害が残存した身体の部位との関係が重視されます。

たとえば、骨盤や右橈骨の骨折後の神経症状につき併合14級が認定されたダンスのインストラクターについて、神経症状によって身体の部位の可動域が制限され、指導ができなくなったことなどから、同様に50%の労働能力の喪失を認めた裁判例もあります(札幌地裁平成27年2月27日判決)。

神経症状の後遺障害で50%という喪失率が認定されるのは、かなりレアケースですが、裁判では様々な事情が考慮されて、事実認定や評価が行われるため、目安とされる喪失率を超える割合を認定した事案は、少なからず存在します。

しかし、目安よりも高い喪失率が認定されるためには、その根拠となる事情についてしっかりと主張立証することが必要でしょう。

目安とされる労働能力喪失率や喪失期間よりも実際の影響が大きいと考えられる職業の方でも、示談交渉において、相手方の任意保険会社が目安より高い喪失率や喪失期間を認めることはかなり少なく、逆に目安よりも低い提示さえしてくることも珍しくありません。

相手方の提示に納得が行かないという場合には、まずはご相談いただければと思います。

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交通事故
下肢

事故後に発症した右半月板損傷について右膝関節外側痛を認めた事例 【後遺障害12級相当】

事案の概要

X(原告:44歳男性)が、自動二輪車を運転して片側2車線道路の左側車線を進行中、右側車線から左側車線に車線変更したY運転の自動二輪車に接触し転倒、右足挫滅創、右足関節内骨折及び右母趾屈筋腱障害等の傷害を負い、また、二次性のものとして右膝半月板を損傷し、12級右母基部底側痛の他、12級右膝関節機能障害があり、後遺障害等級併合11級に相当するとして、既払金484万5508円を除いた2905万0623円を求めて訴えを提起した。

<主な争点>

①Xの傷害、後遺障害の有無、逸失利益
②Xの過失の程度と過失相殺の可否

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 307万5061円 307万3061円
雑費 1万1587円 3152円
休業損害 228万8466円 228万8466円
後遺障害逸失利益 1970万3736円 1379万2615円
通院慰謝料 200万0000円 200万0000円
後遺障害慰謝料 400万0000円 350万0000円
物損 1万3000円 6500円
装具費等 18万7186円 18万7186円
小計 3109万1850円 2485万0980円
過失相殺 ▲5%
既払金 ▲484万5508円 ▲484万5508円
弁護士費用 260万0000円 188万0000円
合計 2884万6342円 2064万2923円

<判断のポイント>

① Xの傷害、後遺障害の有無、逸失利益

(本件事故と右膝半月板損傷の因果関係)
本件において、Xは、本件事故により、右足挫滅創、右足関節内骨折、右母趾屈筋腱障害の他、右膝半月板を損傷したと主張したのに対し、Yは、右膝半月板損傷については、本件事故発生時には認められず、本件事故から3年以上経過して初めて同傷害の診断がなされているので、因果関係が認められないと主張しました。

因果関係は、その事故が原因でその傷害が生じたことが相当であるといえる場合に認められるものです。

交通事故事件においては、通常は、事故によって直接発症した傷害について因果関係が認められます。

もっとも、本件において裁判所は、Xは、本件事故によって走行中の自動二輪車から路上に転倒したことにより、ほぼ全身に及ぶ挫創、挫傷の傷害を負ったが、特に右足については、右足挫滅創、右距骨骨挫傷、右母趾屈筋腱損傷の傷害を負い、そのため、長期間にわたり右足をかばって歩くなどしたことから、右膝に負担がかかり、右膝半月板損傷が生じるに至ったものと認められるとしています。

すなわち、右膝半月板損傷は、本件事故によって直接発症した傷害ではないものの、本件事故が原因で右足をかばって歩くことになりその結果生じたものであるとして、本件事故との間の因果関係を認めています。

<後遺障害の有無>

また、Xは、右母趾屈筋腱の損傷癒着により、右母趾関節の運動が制限され、歩行時に右母趾基部の底側に激しい痛みが生じている、また、右膝に痛みと運動制限があるとして、右母趾及び右膝の各後遺障害は12級13号に該当し、併合して後遺障害11級に相当すると主張しました。

これに対して裁判所は、後遺障害として、右膝関節外側の痛みのほか、右母趾基部底側の痛み、右母趾のMP関節及びIP関節の屈曲が困難であるなどの関節可動域制限が残存したものと認められると判断しました。

すなわち、交通事故との因果関係が認められた右膝半月板損傷が、右膝関節外側の痛みとして後遺障害まで認められたことになります。

また、ここで、MP関節や屈曲という言葉が出て来たので、その説明ついでに足の母趾関節にどのくらいの可動域制限が認められれば後遺障害が認められるのか確認します。

足の母趾関節については、医学的には、指先に近い方からIP関節、MP関節といいます。

そして、いずれかの関節の正常可動域の合計値が3分の1以下に制限された場合、「足指の用を廃した」といい、1足の母趾の用を廃したときには、12級11号の後遺障害等級が認定されます。

IP関節では、60°曲げる(屈曲といいます)ことができれば正常とされていることから、その3分の1である30°以下の屈曲しか認められないのであれば用廃が認められます。

また、MP関節では、35°曲げることができ、60°反らす(伸展といいます)ことができれば正常とされていることから、その合計値である95°の3分の1以下の屈曲及び伸展しか認められないのであれば用廃が認められます。

本件に戻りますが、裁判所は明確に後遺障害等級について言及はしなかったものの、後遺障害慰謝料として350万円を認めました。

Xがどのような仕事や日常生活をしておりどのくらいの苦痛が生じているかによっても慰謝料は左右されますが、後遺障害等級12級が290万円であることから、裁判所は少なくともXの後遺障害について12級相当は認めていると判断したと考えられます。

<逸失利益について>

Xは、後遺障害等級併合11級を前提に、労働能力喪失率を20%、労働能力喪失期間を就労可能年数の19年と主張したのに対し、Yは、労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は最大でも3年間であると主張しました。

裁判所は、上で述べたように、右膝関節外側の痛みなどを後遺障害と認めており、これらを前提に、労働能力喪失率は14%、労働能力喪失率はXの主張のとおり19年と認めました。

なお、後遺障害等級12級の場合、通常、労働能力喪失率は14%とされることから、この点についても、裁判所はXの後遺障害を12級相当と認めていると考えられます。

ここでも、右膝半月板損傷が、交通事故によって生じた傷害と判断され、後遺障害も認められたことによって、逸失利益の判断においても考慮されています。

② Xの過失の程度と過失相殺の可否

左側車線を走行していたXは、Yが右折の指示器を出したまま走行していたにもかかわらず、突然、左側車線に進入しXの進路方向に入ってきたことから、急ブレーキをかけ右方向に避けようとしたものの間に合わず、接触し転倒したと主張しました。

これに対してYは、右折の指示器は出しておらず左折の指示器を出して、後方を確認した上で左側車線に進入したと反論しました。

本件では、Yが左側車線進入の直前に右折指示器を出していたかどうかが争われています。

裁判所は、尋問において、Yが左側の方向指示器を点灯させたか否か記憶があいまいであるどころか、右側の方向指示器を点灯させた可能性まであることも述べるなど、あいまいな供述をしており、Yの主張は認められないとしました。

一方で、Xについても、Y車両を左方から追い抜くにあたって、その動静について十分慎重に確認していたならば、本件事故を回避し得た可能性があったとは否定し難いとして、5%の過失を認めています。

まとめ

本件では、右足挫滅創等を負ったXが事故時に発症していなかった右膝半月板損傷について、右足をかばって歩くなどしたことから負担がかかって生じたとして事故との因果関係を認めたことが注目されます。

そして、母趾関節の可動域制限などを障害と認め、それらを前提に、後遺障害等級12級相当である14%の労働能力喪失率を認めています。

仮に、右膝半月板損傷について、本件事故との間の因果関係を否定されていたら、後遺障害慰謝料や逸失利益の額に大きな差が生じていたでしょう。

交通事故には、因果関係や後遺障害の有無、逸失利益の算定、過失割合など、難しい法的判断が伴うものもあり、個人で適切な賠償額を請求するのは困難な場合があります。

適切な賠償額を請求するためにも、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)

年少者の嗅覚障害等に67歳まで14%の労働能力の喪失を認めた裁判例【後遺障害併合11級】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

父親運転の乗用車に乗っていた12歳の男子Xが、Y運転の大型貨物車による衝突で、脳挫傷等の傷害を負い、後遺障害も残存したため、Yに対して損害賠償を求めた事案。

Xは、自賠責保険から、頭部外傷後の神経機能・精神障害について12級13号、嗅覚障害について12級相当の後遺障害に該当するとして、併合11級の後遺障害認定を受けた。

<争点>

嗅覚障害の労働能力喪失率・喪失期間

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 51万8609円 51万8609円
入院雑費 2万5500円 2万5500円
通院交通費 2万6040円 2万6040円
付添費用 15万6700円 15万6700円
逸失利益 1492万1756円 1044万5229円
入通院慰謝料 175万0000円 175万0000円
後遺障害慰謝料 420万0000円 420万0000円
小計 2159万8605円 1712万2078円
過失相殺(10%) ▲171万2208円
既払金 ▲61万8609円 ▲62万0369円
弁護士費用 200万0000円 147万8950円
合計 2297万9996円 1626万8451円

<嗅覚障害の内容>

嗅覚に関する後遺障害は、後遺障害別等級表上、鼻の欠損を伴う機能障害について、9級5号が定められていますが、欠損を伴わない機能障害については、等級表には載っていません。

もっとも、実務上は、嗅覚脱失(嗅覚が機能しない場合)は12級13号、嗅覚減退は14級9号が準用されて等級認定されることになります。

<嗅覚障害に逸失利益が認められるか否か>

本件でXには、頭部外傷後の神経機能・精神障害につき12級13号、嗅覚脱失につき12級相当の後遺障害が認められました。

後遺障害別等級表上、12級の後遺障害の労働能力喪失率の目安は、14%とされています。

しかし、嗅覚障害に関しては、顔などに傷痕が残る外貌醜状と同じように、身体の機能や判断能力などに制限が生じないため、一般的には、特に嗅覚が重要な職業でなければ、後遺障害として残ったとしても、仕事への影響に乏しいとして、逸失利益が認められにくい傾向にあります。

また、12級13号の神経症状に関しては、仮に仕事への影響があると認められたとしても、影響を受ける期間(労働能力喪失期間)は、10年と認定されることが多いです。

<裁判所の判断>

本件でも、Y側は、嗅覚はそれを重要な要素とする職業自体が極めて限定されているため、就労全般に与える影響は乏しいこと、仮に影響があるとしても、長くとも就労可能年齢から10年程度であるから、後遺障害慰謝料によって填補されているとして、逸失利益自体を認める必要はないと主張しました。

このようなYの主張に対して、裁判所は、まず、Xの頭部外傷後の神経機能・精神障害と嗅覚障害が事実として認められるとしたうえで、労働能力喪失率を、これらの後遺障害の影響を総合考慮して14%と認定しました。

また、労働能力喪失期間に関しては、就労可能年齢である18歳から、就労可能年限である67歳までを労働能力喪失期間と認めています。

<判断のポイント>

(1)労働能力喪失率・期間

通常、14級を超える後遺障害が複数認定されると、後遺障害の程度に応じて併合等級として1等級~3等級繰り上がって認定されることになります。

そして、後遺障害別等級表では、等級ごとの労働能力喪失率の目安が記載されており、等級が上がるごとに労働能力喪失率も大きくなっていきます。

本件でいえば、12級13号の神経機能・精神障害と12級相当の嗅覚障害により、1等級繰り上がって併合11級と認定されているため、等級表どおりであればXの11級の労働能力喪失率は20%と認められることになります。

しかし、Xの神経機能・精神障害に関しては、Xの日常活動や学習などの面で受傷前後に変化があったものの、身体機能や認知能力等は医学的に正常と診断されていたことから、将来の仕事に影響を及ぼすか不明であるとして、労働能力喪失率が20%まであるとは考え難いと判断されました。

他方で、嗅覚障害については、脱失の程度まで至っていること、それが回復する見込みは薄いことなどを理由に、上記神経機能・精神障害も併せ考慮して、12級の目安である14%の労働能力喪失率を認定しています。

労働能力喪失の程度は、裁判では、具体的に立証されなければならず、本件ではXの将来の仕事への影響が不明とされた上記神経機能・精神障害だけでは、労働能力の喪失率の認定は困難であったと考えられます。

しかし、本件では、神経機能・精神障害と嗅覚障害と併せ考慮することで、後遺障害全体として労働能力の喪失を認定しており、この点は合理的な判断がなされているといえます。

ただ、労働能力喪失率の判断の理由とされている、回復の見込みが薄いという事情は、どちらかというと労働能力喪失期間で斟酌されるべきことでしょう。

裁判所はXの労働能力喪失期間を、就労可能年限である67歳までと認定し、その理由として、嗅覚障害が一生涯に及ぶことのほか、Xの職業選択の範囲が制限されることを挙げていますが、この職業選択の範囲が制限されているという点は、むしろ労働能力喪失率を考えるに当たっては重要と考えられるため、理由が逆ではないかという印象です。

(2)年少者の逸失利益の特殊性

本件の特殊性として、Xが事故当時12歳であったという事情があります。

当然仕事はしておらず、具体的な就労の予定もない年齢ですが、その後、Xが成長してどのような仕事に就くかを決める際に、料理人やソムリエなど、嗅覚が必要不可欠、もしくは重要な職業に就くことが困難なため、職業の選択の範囲が必然的に狭まってしまい、観念的には生涯にわたって影響を受け続けるという大きな不利益が生じます。

裁判所は、このような点を捉えて、嗅覚障害という、一般的には逸失利益を認められにくい後遺障害でも、就労可能年限までの逸失利益を認めるべきとの判断をしたものといえます。

このような考え方からすると、すでに仕事をしている一般社会人や、就職が決まっている学生などと異なり、いまだ進路の方向すら決まっていないような年少者については、一般的には仕事に支障が生じないような後遺障害(歯牙障害など)についても、逸失利益が認められやすいといえるでしょう。

まとめ

交通事故によって、お子さんに生涯にわたって残る後遺障害が生じてしまった場合、その後の人生が大きく変わってしまいかねませんので、そのことに対する適切な金額の賠償はしっかりと受けられるようにすべきです。そのために、まずは一度弁護士にご相談いただければと思います。

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交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)

逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例【後遺障害等級11級相当】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

X(原告)が、交差点の青信号に従い横断歩道を渡っていたところ、同交差点を右折通過しようとしたY(被告)運転の加害車両にはねられ、頭部挫創、脳挫傷等の傷害を負い、頭部外傷後の頭蓋内の損傷については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、後遺障害等級12級13号に該当し、頭部外傷に伴う嗅覚脱失については、12級に相当し、頚椎捻挫後の頚部痛の症状については、「局部に神経症状を残すもの」として14級9号に該当するものとされ、これらを併合して11級相当の後遺障害認定を受け、Yに対して、3212万4266円を求めて訴えを提起した。

<争点>

Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
休業損害 46万8317円 46万8317円
傷害慰謝料 130万円 110万円円
後遺障害逸失利益 2316万0551円 1503万5949円
後遺障害慰謝料 420万円 420万円
既払金 ▲3万円 ▲3万円
弁護士費用 300万円 208万円
合計 3209万8868円 2285万4266円

<鼻の障害について>

鼻の障害は、大きく分けて2つあります。

1つは、鼻軟骨部の全部又は大部分を失った「欠損障害」。

もう1つは、鼻を欠損しないで鼻の機能が喪失又は制限されてしまった「欠損を伴わない機能障害」があります。

①「欠損障害」

後遺障害等級表においては、「鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの」と認められる場合に、第9級5号が認定されることになります。

ここで、
「鼻を欠損」とは、上記のとおり、鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損をいい、
「機能に著しい障害を残すもの」とは、鼻呼吸困難又は嗅覚脱失をいいます。

このように、後遺障害等級表上では、
「鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損」+「鼻呼吸困難又は嗅覚脱失」があれば第9級5号が認定されます。
「欠損」の他に「機能障害」も認められる必要があることに注意です。

②「欠損を伴わない機能障害」

後遺障害等級表には、鼻を欠損しないで鼻の機能障害のみを残すものについては特に定められていませんが、鼻の機能障害の程度に応じて、次のように準用等級が定められています。

・「嗅覚脱失又は鼻呼吸困難が存するもの」については、第12級12号が準用されます。
・「嗅覚の減退のみが存するもの」については、第14級9号が準用されます。

そして、嗅覚脱失及び嗅覚の減退については、T&Tオルファクトメータによる基準嗅力検査の認知域値の平均嗅力損失値により、次のように区分されます。

5.6以上      嗅覚脱失
2.6以上5.5以下  嗅覚の減退

なお、T&Tオルファクトメータとは、嗅覚測定用基準臭ともいい、5種類のにおいにつき各々8段階の濃度が設定され、濃度が低い順からにおいを嗅いでいき、初めてにおいを感じたときに認知域値をとります。

<聴力障害の検査方法<

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。

また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。

{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6

そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。

難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。

もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

<Xの逸失利益の有無>

<Xの主張>
Xは、会社の従業員としてNAS電池の製造に従事しているが、その製造過程においては熱源としてLNGガスを使用するほか、製品の材料として硫黄等を用いるため、現場の管理には嗅覚による判別能力を必要とするところ、本件事故により嗅覚をまったく失ったため、職場安全衛生委員を退任しただけでなく、同製造過程の焼成工程を指揮することを見送らざるを得なくなったことから、67歳までの就労可能年数29年間、少なくとも事故当時の給与所得年額764万8290円につき20%の逸失利益が生じていると主張しました。

<Yの主張>
これに対してYは、Xには後遺障害による就労への影響は現実的には考えられず、逸失利益は認められないと反論しました。

すなわち、嗅覚は、専ら日常生活の面に影響する生活能力であり、嗅覚が重要な要素となる職業(調理師あるいは主婦等)を除いては、原則として労働能力に影響を与えることはない。

Xは、嗅覚が必要不可欠という職業に就いているわけでもなく、嗅覚が重要な要素となる仕事に従事しているわけでもないのであり、嗅覚がなくなったとしても、それだけで現在の職業や仕事ができなくなるわけではないことから、Xが、嗅覚を脱失したとしても、労働能力に影響を及ぼすとは考えられないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所はまず、Xの職務内容として、技術者としての職歴を有することから、今後とも、化学物質等を用いた製品の製造、研究、開発等の職務を担当する蓋然性が高いことを認定しました。

もっとも、本件事故発生前に比べて、Xの収入の減少はなく、降格もされていない、さらに、会社はXを現在の職場から他の職場に配置転換することは予定していないとも認定しています。

その上で、Xには収入の減少や降格といった不利益は生じていないのであるが、Xの職務内容や勤務先会社の業務内容等を考慮するならば、Xの嗅覚脱失という障害が原告の労働能力に相当の影響を与えるものであることは明らかであるとし、将来、嗅覚脱失の障害による経済的不利益が生じるおそれが高いというべきと判断しました。

そして、逸失利益の算定方法としては、労働能力喪失期間をXの就労可能年数の29年間、労働能力喪失率は14%が相当であるとして、1503万5949円を認めました。

まとめ

本件では、Xが特殊な仕事に就いていたことから、逸失利益が認められました。

しかし、嗅覚が失われたとしても、労働能力に影響を与える場面というのは少なく、逸失利益が認められないケースは多いです。

本件のYが主張するように、嗅覚障害の場合、調理師や主婦など、嗅覚が多大な影響をもたらす職業であれば認められやすいですが、とくに影響がない職業の場合は、嗅覚障害により具体的な減収があることを主張しない限りなかなか逸失利益を立証することは難しいでしょう。

しかし、その場合には後遺障害慰謝料の増額が見込まれる場合があります。

そこでも、嗅覚障害により、どのような支障が仕事上あるいは日常生活上生じているのか、きちんと説明する必要があります。

現在の症状はどのような障害として残る可能性があるのか、どのような検査を行えばよいのか、後遺障害が残っていても適切な賠償額を得られるのか、1人では判断が難しいと思います。

そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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交通事故
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現在減収は生じていないが、将来の昇進等の不利益の可能性は否定できないなどから逸失利益を認めた事例【後遺障害等級11級相当】(岡山地方裁判所判決 平成21年5月28日 )

事案の概要

Y(被告)が、雨の日に、高速道路上においてスピードの出しすぎによりスリップし、非常帯の壁に激突した反動で、後続のX(原告)の運転する普通乗用自動車に衝突し、Xが、頚椎捻挫、右上肢不全麻痺、混合難聴及び耳鳴り症の障害を負い、1耳の聴力全く失ったものとして後遺障害等級9級の7に該当し、既払金76万2750円を控除し2644万4026円を求めて訴えを提起した。

<争点>

①Xの後遺障害の有無、程度
②Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 76万2750円 76万2750円
入院雑費 3万4500円 2万5500円
通院交通費 1万9320円 1万9320円
装具器具等購入費 35万円 0円
休業損害 68万9603円 0円
逸失利益 1760万2465円 1005万8551円
入通院慰謝料 120万円 120万円
後遺障害慰謝料 690万円 420万円
小計 2755万8638円 1626万6121円
過失割合 ▲2割
既払金 ▲76万2750円 ▲76万2750円
弁護士費用 240万4002円 100万円
合計 2644万4026円 1325万0146円

<聴力障害について>

聴力障害の原因としては様々なものがありますが、代表的なものとしては、内耳振盪症(ないじしんとうしょう)、側頭骨骨折、外リンパ瘻(ろう)があります。

内耳振盪症とは、耳の最も内側にある内耳に通っているリンパ液が、交通事故の衝撃で振動することにより難聴等の聴力障害が発生することです。

側頭骨骨折は、耳周辺の頭蓋骨が骨折することにより、耳の各器官が障害を受け、難聴等を引き起こします。

外リンパ瘻は、内耳の一部に穴があき、中のリンパ液が漏れ出すことをいいます。これにより難聴等が発生します。

また、傷病名が単なるむち打ち(頚椎捻挫、腰椎捻挫等)である場合でも、耳鳴りを伴う場合も少なくありません。

頚椎周辺の損傷により、交感神経の活動が異常化し、耳につながる血管が収縮もしくは拡張することにより生じるものと考えられています。

<両耳の聴力障害による後遺障害>

聴力障害による後遺障害等級は、純音による聴力レベル(純音聴力レベル)及び語音による聴力検査結果(明瞭度)を基礎として認定されます。

両耳の聴力障害の場合は、以下の表のようになります。

なお、聴力はデシベル(dB)で表され、異常が大きいほどデシベル数は大きくなります。

<一耳の聴力障害による後遺障害>

一耳の場合は、以下のようになります。

平均純音聴力レベル/最高明瞭度 後遺障害等級
平均純音聴力レベルが90dB以上 9級9号
平均純音聴力レベルが80dB以上 10級6号
①平均純音聴力レベルが70dB以上
②平均純音聴力レベルが50dB以上であり、かつ、最高明瞭度が50%以下
11級6号
平均純音聴力レベルが40dB以上 14級3号

<聴力障害の検査方法>

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。

また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。

{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6
そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。

難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。

もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

本件について

① Xの後遺障害の有無、程度

前提事実として、Xは、純音聴力検査を複数回実施しており、事故直後は以下のように推移していました(単位:回数/dB)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
73 78 78 63 55 87 80 91 93 88 93
19 20 14 14 15 18 15 17 14 15 13

<X及びYの主張>
Xは、通院先の病院で作成された後遺障害診断書に、上記のとおり90dB以上の検査結果が出ていることを理由に、後遺障害等級9級9号に該当すると主張しました。

これに対して、Yは、4回目及び5回目に行われた検査の平均値が59dBであることから、後遺障害等級14級3号が相当であると反論しました。

<裁判所の判断>
Xは空港に勤務しており給油作業に従事していたが、事故後には仕事中に指示を聴き取ることができなかったために、航空機の出発が遅れると言う事故を発生させるなどしたことから、大型機がなく航空機のエンジン音が静かな別の飛行場に異動することになった。

その後に聴力検査を行ったところ、82.5dBの結果が出ている。

しかし、本件訴訟の本人尋問を行った際は、聴力障害を窺わせるようなことはなかった。

そして、Xの純音聴力検査の結果は、ステロイド剤の投与のころに一時期比較的良好な時期があったものの、それ以外は、一貫して80dB以上であることからすれば、少なくとも後遺障害等級11級に該当するものと認めるのが相当である。

上で述べたとおり、Xは空港で働いていたことから、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合にあたり、エンジン音が静かな別の飛行場に異動した後の聴力検査が後遺障害認定の資料となっています。

② Xの逸失利益の有無

<Xの主張>
後遺障害等級9級の場合、労働能力喪失率は35%と考えられています。

Xは後遺障害等級9級であることを前提に、労働能力喪失期間を39年間として主張しました。

<裁判所の判断>
Xの右耳の聴力は82.5dBであるが、本件訴訟における尋問状況からすれば、日常生活において格別に不都合が生じているとは考えにくい。

しかし、Xの業務内容からすれば、現在減収は生じていないものの、仕事場を異動していることに照らしても将来の昇進等における不利益の可能性は否定できないこと、法廷での尋問では聞き取りが可能であっても、就労を含む日常生活で支障がないとはいえないことから、後遺障害等級11級相当と認め、労働能力喪失率を20%、労働能力喪失期間を39年間として逸失利益を算定するのが相当である。

コメント

本件は、難聴や耳鳴りを訴えていたXに対して、聴力検査を実施した結果から、後遺障害等級11級を認定し、減収は生じていないものの、今後昇進等に影響が出るなど不利益を生じる可能性があるとして逸失利益を認めた事例です。

Xは空港で働いていたという事情もあり、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合に該当するとして、異動後の聴力検査の結果が、後遺障害等級の認定の判断要素となったのだと思われます。

そして、実際に減収が生じていなくても、本件のように業務に支障が生じたり異動による不利益が考えられる場合には、逸失利益は認められます。

後遺障害慰謝料や逸失利益をきちんと請求するためには、通院時から適切な検査や診察を受ける必要があります。

後遺障害が取れるか、どのような検査を行えばいいのか、1人では判断が難しいと思います。そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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