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裁判例: 神経・精神

交通事故
神経・精神
顔(目・耳・鼻・口)

年少者の嗅覚障害等に67歳まで14%の労働能力の喪失を認めた裁判例【後遺障害併合11級】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

父親運転の乗用車に乗っていた12歳の男子Xが、Y運転の大型貨物車による衝突で、脳挫傷等の傷害を負い、後遺障害も残存したため、Yに対して損害賠償を求めた事案。

Xは、自賠責保険から、頭部外傷後の神経機能・精神障害について12級13号、嗅覚障害について12級相当の後遺障害に該当するとして、併合11級の後遺障害認定を受けた。

<争点>

嗅覚障害の労働能力喪失率・喪失期間

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 51万8609円 51万8609円
入院雑費 2万5500円 2万5500円
通院交通費 2万6040円 2万6040円
付添費用 15万6700円 15万6700円
逸失利益 1492万1756円 1044万5229円
入通院慰謝料 175万0000円 175万0000円
後遺障害慰謝料 420万0000円 420万0000円
小計 2159万8605円 1712万2078円
過失相殺(10%) ▲171万2208円
既払金 ▲61万8609円 ▲62万0369円
弁護士費用 200万0000円 147万8950円
合計 2297万9996円 1626万8451円

<嗅覚障害の内容>

嗅覚に関する後遺障害は、後遺障害別等級表上、鼻の欠損を伴う機能障害について、9級5号が定められていますが、欠損を伴わない機能障害については、等級表には載っていません。

もっとも、実務上は、嗅覚脱失(嗅覚が機能しない場合)は12級13号、嗅覚減退は14級9号が準用されて等級認定されることになります。

<嗅覚障害に逸失利益が認められるか否か>

本件でXには、頭部外傷後の神経機能・精神障害につき12級13号、嗅覚脱失につき12級相当の後遺障害が認められました。

後遺障害別等級表上、12級の後遺障害の労働能力喪失率の目安は、14%とされています。

しかし、嗅覚障害に関しては、顔などに傷痕が残る外貌醜状と同じように、身体の機能や判断能力などに制限が生じないため、一般的には、特に嗅覚が重要な職業でなければ、後遺障害として残ったとしても、仕事への影響に乏しいとして、逸失利益が認められにくい傾向にあります。

また、12級13号の神経症状に関しては、仮に仕事への影響があると認められたとしても、影響を受ける期間(労働能力喪失期間)は、10年と認定されることが多いです。

<裁判所の判断>

本件でも、Y側は、嗅覚はそれを重要な要素とする職業自体が極めて限定されているため、就労全般に与える影響は乏しいこと、仮に影響があるとしても、長くとも就労可能年齢から10年程度であるから、後遺障害慰謝料によって填補されているとして、逸失利益自体を認める必要はないと主張しました。

このようなYの主張に対して、裁判所は、まず、Xの頭部外傷後の神経機能・精神障害と嗅覚障害が事実として認められるとしたうえで、労働能力喪失率を、これらの後遺障害の影響を総合考慮して14%と認定しました。

また、労働能力喪失期間に関しては、就労可能年齢である18歳から、就労可能年限である67歳までを労働能力喪失期間と認めています。

<判断のポイント>

(1)労働能力喪失率・期間

通常、14級を超える後遺障害が複数認定されると、後遺障害の程度に応じて併合等級として1等級~3等級繰り上がって認定されることになります。

そして、後遺障害別等級表では、等級ごとの労働能力喪失率の目安が記載されており、等級が上がるごとに労働能力喪失率も大きくなっていきます。

本件でいえば、12級13号の神経機能・精神障害と12級相当の嗅覚障害により、1等級繰り上がって併合11級と認定されているため、等級表どおりであればXの11級の労働能力喪失率は20%と認められることになります。

しかし、Xの神経機能・精神障害に関しては、Xの日常活動や学習などの面で受傷前後に変化があったものの、身体機能や認知能力等は医学的に正常と診断されていたことから、将来の仕事に影響を及ぼすか不明であるとして、労働能力喪失率が20%まであるとは考え難いと判断されました。

他方で、嗅覚障害については、脱失の程度まで至っていること、それが回復する見込みは薄いことなどを理由に、上記神経機能・精神障害も併せ考慮して、12級の目安である14%の労働能力喪失率を認定しています。

労働能力喪失の程度は、裁判では、具体的に立証されなければならず、本件ではXの将来の仕事への影響が不明とされた上記神経機能・精神障害だけでは、労働能力の喪失率の認定は困難であったと考えられます。

しかし、本件では、神経機能・精神障害と嗅覚障害と併せ考慮することで、後遺障害全体として労働能力の喪失を認定しており、この点は合理的な判断がなされているといえます。

ただ、労働能力喪失率の判断の理由とされている、回復の見込みが薄いという事情は、どちらかというと労働能力喪失期間で斟酌されるべきことでしょう。

裁判所はXの労働能力喪失期間を、就労可能年限である67歳までと認定し、その理由として、嗅覚障害が一生涯に及ぶことのほか、Xの職業選択の範囲が制限されることを挙げていますが、この職業選択の範囲が制限されているという点は、むしろ労働能力喪失率を考えるに当たっては重要と考えられるため、理由が逆ではないかという印象です。

(2)年少者の逸失利益の特殊性

本件の特殊性として、Xが事故当時12歳であったという事情があります。

当然仕事はしておらず、具体的な就労の予定もない年齢ですが、その後、Xが成長してどのような仕事に就くかを決める際に、料理人やソムリエなど、嗅覚が必要不可欠、もしくは重要な職業に就くことが困難なため、職業の選択の範囲が必然的に狭まってしまい、観念的には生涯にわたって影響を受け続けるという大きな不利益が生じます。

裁判所は、このような点を捉えて、嗅覚障害という、一般的には逸失利益を認められにくい後遺障害でも、就労可能年限までの逸失利益を認めるべきとの判断をしたものといえます。

このような考え方からすると、すでに仕事をしている一般社会人や、就職が決まっている学生などと異なり、いまだ進路の方向すら決まっていないような年少者については、一般的には仕事に支障が生じないような後遺障害(歯牙障害など)についても、逸失利益が認められやすいといえるでしょう。

まとめ

交通事故によって、お子さんに生涯にわたって残る後遺障害が生じてしまった場合、その後の人生が大きく変わってしまいかねませんので、そのことに対する適切な金額の賠償はしっかりと受けられるようにすべきです。そのために、まずは一度弁護士にご相談いただければと思います。

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逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例【後遺障害等級11級相当】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

X(原告)が、交差点の青信号に従い横断歩道を渡っていたところ、同交差点を右折通過しようとしたY(被告)運転の加害車両にはねられ、頭部挫創、脳挫傷等の傷害を負い、頭部外傷後の頭蓋内の損傷については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、後遺障害等級12級13号に該当し、頭部外傷に伴う嗅覚脱失については、12級に相当し、頚椎捻挫後の頚部痛の症状については、「局部に神経症状を残すもの」として14級9号に該当するものとされ、これらを併合して11級相当の後遺障害認定を受け、Yに対して、3212万4266円を求めて訴えを提起した。

<争点>

Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
休業損害 46万8317円 46万8317円
傷害慰謝料 130万円 110万円円
後遺障害逸失利益 2316万0551円 1503万5949円
後遺障害慰謝料 420万円 420万円
既払金 ▲3万円 ▲3万円
弁護士費用 300万円 208万円
合計 3209万8868円 2285万4266円

<鼻の障害について>

鼻の障害は、大きく分けて2つあります。

1つは、鼻軟骨部の全部又は大部分を失った「欠損障害」。

もう1つは、鼻を欠損しないで鼻の機能が喪失又は制限されてしまった「欠損を伴わない機能障害」があります。

①「欠損障害」

後遺障害等級表においては、「鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの」と認められる場合に、第9級5号が認定されることになります。

ここで、
「鼻を欠損」とは、上記のとおり、鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損をいい、
「機能に著しい障害を残すもの」とは、鼻呼吸困難又は嗅覚脱失をいいます。

このように、後遺障害等級表上では、
「鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損」+「鼻呼吸困難又は嗅覚脱失」があれば第9級5号が認定されます。
「欠損」の他に「機能障害」も認められる必要があることに注意です。

②「欠損を伴わない機能障害」

後遺障害等級表には、鼻を欠損しないで鼻の機能障害のみを残すものについては特に定められていませんが、鼻の機能障害の程度に応じて、次のように準用等級が定められています。

・「嗅覚脱失又は鼻呼吸困難が存するもの」については、第12級12号が準用されます。
・「嗅覚の減退のみが存するもの」については、第14級9号が準用されます。

そして、嗅覚脱失及び嗅覚の減退については、T&Tオルファクトメータによる基準嗅力検査の認知域値の平均嗅力損失値により、次のように区分されます。

5.6以上      嗅覚脱失
2.6以上5.5以下  嗅覚の減退

なお、T&Tオルファクトメータとは、嗅覚測定用基準臭ともいい、5種類のにおいにつき各々8段階の濃度が設定され、濃度が低い順からにおいを嗅いでいき、初めてにおいを感じたときに認知域値をとります。

<聴力障害の検査方法<

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。

また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。

{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6

そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。

難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。

もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

<Xの逸失利益の有無>

<Xの主張>
Xは、会社の従業員としてNAS電池の製造に従事しているが、その製造過程においては熱源としてLNGガスを使用するほか、製品の材料として硫黄等を用いるため、現場の管理には嗅覚による判別能力を必要とするところ、本件事故により嗅覚をまったく失ったため、職場安全衛生委員を退任しただけでなく、同製造過程の焼成工程を指揮することを見送らざるを得なくなったことから、67歳までの就労可能年数29年間、少なくとも事故当時の給与所得年額764万8290円につき20%の逸失利益が生じていると主張しました。

<Yの主張>
これに対してYは、Xには後遺障害による就労への影響は現実的には考えられず、逸失利益は認められないと反論しました。

すなわち、嗅覚は、専ら日常生活の面に影響する生活能力であり、嗅覚が重要な要素となる職業(調理師あるいは主婦等)を除いては、原則として労働能力に影響を与えることはない。

Xは、嗅覚が必要不可欠という職業に就いているわけでもなく、嗅覚が重要な要素となる仕事に従事しているわけでもないのであり、嗅覚がなくなったとしても、それだけで現在の職業や仕事ができなくなるわけではないことから、Xが、嗅覚を脱失したとしても、労働能力に影響を及ぼすとは考えられないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所はまず、Xの職務内容として、技術者としての職歴を有することから、今後とも、化学物質等を用いた製品の製造、研究、開発等の職務を担当する蓋然性が高いことを認定しました。

もっとも、本件事故発生前に比べて、Xの収入の減少はなく、降格もされていない、さらに、会社はXを現在の職場から他の職場に配置転換することは予定していないとも認定しています。

その上で、Xには収入の減少や降格といった不利益は生じていないのであるが、Xの職務内容や勤務先会社の業務内容等を考慮するならば、Xの嗅覚脱失という障害が原告の労働能力に相当の影響を与えるものであることは明らかであるとし、将来、嗅覚脱失の障害による経済的不利益が生じるおそれが高いというべきと判断しました。

そして、逸失利益の算定方法としては、労働能力喪失期間をXの就労可能年数の29年間、労働能力喪失率は14%が相当であるとして、1503万5949円を認めました。

まとめ

本件では、Xが特殊な仕事に就いていたことから、逸失利益が認められました。

しかし、嗅覚が失われたとしても、労働能力に影響を与える場面というのは少なく、逸失利益が認められないケースは多いです。

本件のYが主張するように、嗅覚障害の場合、調理師や主婦など、嗅覚が多大な影響をもたらす職業であれば認められやすいですが、とくに影響がない職業の場合は、嗅覚障害により具体的な減収があることを主張しない限りなかなか逸失利益を立証することは難しいでしょう。

しかし、その場合には後遺障害慰謝料の増額が見込まれる場合があります。

そこでも、嗅覚障害により、どのような支障が仕事上あるいは日常生活上生じているのか、きちんと説明する必要があります。

現在の症状はどのような障害として残る可能性があるのか、どのような検査を行えばよいのか、後遺障害が残っていても適切な賠償額を得られるのか、1人では判断が難しいと思います。

そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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交通事故
外貌醜状
神経・精神
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ぶつけていないほうの目も…!?【後遺障害併合7級】(東京地方裁判所平成21年12月10日 )

事案の概要

国道において、Y1運転のタクシーが、駐車あるいは停車中の事業用大型貨物自動車(Xが乗客として乗っていた)の後部に、時速約70キロメートルの速度で追突。

XはY1(タクシー運転者)とY2(タクシー会社)に対して、損害賠償請求をした事案。

Xは、外傷性くも膜下出血、左眼球破裂、左頬骨骨折、頸椎椎体骨折、脳挫傷等の傷害を負い、自賠責保険からは、異議申立を経た上で、①左眼球破裂に伴う左眼球の摘出(目脂の腐敗臭、左眼球摘出後流涙を含む。)について、1眼を失明したものとして後遺障害等級8級1号に、②左眼瞼の障害(左眼瞼のまつげはげを含む。)について、1眼の瞼に著しい欠損を残すものとして同11級3号に、③頭部外傷に伴う脳挫傷痕の残存について、局部にがん固な神経症状を残すものとして同12級12号に、④左頬骨骨折後の頬部知覚障害について、局部にがん固な神経症状を残すものとして同12級12号に、⑤鼻骨骨折に伴う骨・軟骨性斜鼻、気管切開術に伴う頸部の瘢痕について、男子の外貌に醜状を残すものとして同14級11号にそれぞれ該当するとして自賠等級併合7級適用に該当するとの判断がなされた。

<争点>

その他の後遺障害(特に右眼の視力低下)がXにあるといえるか
:因果関係の有無、素因減額の可否

<主張及び認定>

主張 認定
入院雑費 22万5000円 22万5000円
通院交通費 3万8480円 3万8480円
付添看護費 34万4500円 34万4500円
通院付添費 10万2300円 10万2300円
逸失利益 1億2656万9633円 3743万1739円
入通院慰謝料 500万0000円 400万0000円
後遺障害慰謝料 2100万0000円 1200万0000円
弁護士費用 1071万8377円 200万0000円

<判断のポイント>

①外傷のない右眼の視力低下と事故との間に因果関係があるか
②素因減額すべきか
③保険金や年金を損害賠償金の元本に充当すべきか

交通事故による「後遺障害」といえるためには、その残ってしまった症状と事故との間に「因果関係」がある、つまり“その事故から、この症状が生じた”といえる必要があります。

本件では、「右眼の視力が低下したというけれども、右眼はぶつけていないのだから、事故から生じたものとはいえないのでは?」という点が問題となりました。

X側は、右眼の視力低下については、①器質的病変が認められる検査結果は得られていないが、あくまで検査結果として認められていないだけで、現実に器質的病変が存する余地はあるし、仮にそうでなかったとしても、②本件事故により心因性の視力低下を発症したとも考えられる。

また、③自賠責の等級認定において、頭部画像上、脳挫傷痕の残遺が指摘されていること、家族の日常生活状況報告書によれば性格変化が指摘されていること、主治医の所見においても、神経学的に明らかにとらえられる後遺症はないが、本人の話から総合的に判断すると、性格変化の可能性があると指摘されていることからすると、本件事故により、原告に高次脳機能障害が残存し、そのために右目の視力が低下したと考えることもできるし,④①~③の事情が複合的に作用し、このような症状が生じたと考えることも十分可能であるとして、様々な角度から因果関係があることを主張しました。

これに対し、裁判所は、②事故により心因性の視力障害を発症したものと判断しました。

具体的には、右眼について器質的病変は認められないものの、(ⅰ)心因性視力障害の特徴とされる求心性視野狭窄や螺旋状視野の所見がみられ、視力の測定値が変動していること等から、心因性の視力低下であると認めることが相当であるとしたうえで、(ⅱ)右眼の視力低下は事故の発生及び事故による傷害を契機として出現していることは明白であること、本件事故の態様は激しいものであったこと、Xは事故により重篤かつ多数の傷害を負ったものであり、特に左眼を摘出して失明するという深刻な傷害を負い、その後もこれに付随して症状が継続していること、Xが本件事故により甚だしい衝撃・苦痛を受け、かつこれが継続していることは明らかであるとして、本件事故と右眼視力低下との間に相当因果関係を認めたのです。

つまり、裁判所は、Xの右眼の視力低下は(ⅰ)心因性のものであること、(ⅱ)事故によって引き起こされた心の状態が視力低下の原因となったと判断しました。

また、本件では「素因減額」も問題となりました。

「素因減額」とは、要するに“被害者側の要因で損害が大きくなっている場合には、その分加害者が払うべき賠償額は少なくする”という考え方です。「心因性」も“被害者側の要因”といえるのではないかということで、本件でも問題になったのです。

本件では、裁判所は、慰謝料(カ・キ)や逸失利益(オ)の算定にあたり、右眼の視力低下にはXの神経質な性格など本件事故以外の要因が寄与していること等を考慮しましたが、その他の項目を含めた全体について「素因減額」はしないとしました。

外傷による症状のように分かりやすいものではなく、「心因性」による症状となると、そもそも因果関係が認められないとする裁判例もあります。

また、因果関係が認められたとしても、「素因減額」すべきとする裁判例もあるのです。

さらに、本件では、Xがもらった保険金や年金が損害の“どこ”に充当されるべきか問題となりました。

Xは自賠責保険、労災保険、国民年金及び厚生年金から、Xに残ってしまった障害の重さに応じた保険金や年金を受け取っていました。

このような保険金や年金は、Xに生じた“損害の穴”を“埋める”ものであるため、法的にYに請求できる損害賠償金はその分“減る”と考えられます。

ただ、“損害の穴”には2つあり、1つは損害賠償金の「元本」、もう1つは「遅延損害金」と呼ばれています。

「遅延損害金」は簡単に言えば、損害賠償金に生じる“利息”のようなものです。法的には、事故が発生した瞬間から、加害者は被害者に対して、損害賠償しなければならず、損害賠償金の「元本」について、事故発生日から“利息”のように「遅延損害金」が少しずつ発生するのです。

保険金や返金が「遅延損害金」の穴を埋めるものだとすれば、損害賠償金の「元本」は減らないので、そこにまた「遅延損害金」が発生していくことになり、最終的な損害賠償額(損害賠償金の元本+遅延損害金)は大きくなります。

反対に、損害賠償金の「元本」の穴を埋めるものだとすれば、損害賠償金の「元本」が減るので、そこから発生する「遅延損害金」も小さくなり、最終的な損害賠償額が小さくなるのです。

Xとしては、保険金も年金も「「遅延損害金」の穴を埋めるものだ!」と主張しましたが、裁判所は、①自賠責保険からの保険金については「不法行為に基づく損害賠償債務の支払の性格を有する」ので、「遅延損害金」の穴を埋めるものだが、②労災保険や国民年金、厚生年金からの年金については、「いずれも加害者の損害賠償責任を前提とするものではなく、支給額全額が労働者や受給権者に生じた障害に対する給付」であり、「これらの給付がされた場合は、給付者である政府はその給付の価額の限度で損害賠償請求権を取得することとされ、給付額の一部が損害賠償金の遅延損害金に充当されることを予定しているとは解されない」として、損害賠償金の「元本」の穴を埋めるものと判断しました。

裁判所の判断の前提として、事故の「損害賠償」としてなされた支払いは、まず、「遅延損害金」の穴を埋めるという考え方があります。

自賠責保険からの保険金は、「損害賠償」の性質があるけれど、労災保険等からの年金は「損害賠償」ではないし、また、労災保険等からの年金の場合、「支払を受けた分だけ、加害者に損害賠償請求権できる立場が被害者から政府に移る」という仕組みになっていることを考えても、労災保険等からの年金は損害賠償金の「元本」の穴を埋めるものと考えるべきと、裁判所は判断したのです。

まとめ

どのような理屈で「因果関係」が認められるか、どのような事情があれば「因果関係」が認められるか、弁護士でも見通しが難しいことがあります。

それに加え、本件ではもう一つのハードルとして「素因減額」の可能性が立ちはだかりました。

このような場合に、最終的に勝ち取れる金額をあらかじめ見通すことは極めて困難です。

しかし、本件のように訴訟提起したことにより、自賠では認められなかった症状(右眼の視力低下についても、「後遺障害」として裁判所に認めてもらい、併合の等級も1つ上がることもあるのです。

必ずしも成功することばかりではありませんが、適切な賠償を目指す場合には、難しい問題や高いハードルにもチャレンジしていく必要があるということが分かりますね。

チャレンジしたい!そんなときは、ぜひ当事務所にご相談ください。全力でサポートさせていただきます。

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交通事故
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事故と早産の影響【後遺障害4級相当】(東京地判平成4年11月13日)

事案の概要

Yは2トン車両で制限速度時速40キロメートルの道路を、時速約50キロメートルで走行中に前方不注意により被害車両に追突した。被害車両は追突の衝撃でさらに前方車両へ衝突し、玉突き事故となった。

なお、被害車両にはAが乗車しており、AはXを身ごもっていた。

事故から約2ヵ月後に、AはXを妊娠7ヶ月で出産したが、Xは難聴及び精神発達遅滞等の障害を有していた。

Xは同障害を事故によるものであるとして、Yに損害賠償の請求をした。

<争点>
・Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか
・Xの労働能力喪失率はどの程度か

<主張及び認定>

主張 認定
逸失利益 2724万7631円 1777万1372円
後遺障害慰謝料 1373万0000円 600万0000円

<判断のポイント>

(1)Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか

本件は、事故時に胎児だったXが、障害をもって産まれたことで、同障害は事故によって生じたものであるという主張がなされ、裁判所はこれを認めました。

事故の加害者に対する損害賠償請求が認められるためには、その損害が事故によって発生したものであるという因果関係の立証が必要になります。

そしてこの因果関係の立証は、事故から時間が経てば経つほど難しくなるのが通常です。

本件では、
①事故によって、早産となった
②早産によって、障害が生じた

という二つの因果関係を立証することによって、障害の発生と事故との因果関係を結びつけることに成功しました。

①事故によって、早産となったこと
本件では、Xは妊娠7ヶ月で誕生しており、これは明らかに早産であるといえます。

したがって問題は、この早産が事故の影響によるものといえるかどうかという点です。

本件では、まず、事故前には母子ともに健康で、特段の異常はないことが確認されています。

そのような状況の中、2トン車が時速50キロメートルで追突をし、かつ玉突き事故になっているという本件事故状況からすると、Aには相当強度な衝撃が加わったと裁判所は推察しました。

また、Aは、本件事故前は健康であったにもかかわらず、本件事故後に性器出血、腹部の緊張、下腹部痛等の異常が出現していました。これらの異常は一時的におさまるも、結局事故から2ヵ月後、Xは妊娠7ヶ月で産まれるに至っています。

これらの事実からすれば、Xの早産は、本件事故による母体Aへの衝撃が影響しているといえ、Xは本件事故によって、早産となったと認定されました。

②早産によって、障害が生じたこと
Xの障害は、聴覚障害、言語発達遅滞及び精神発達遅滞です。

これらの障害について、脳や鼓膜に器質的損傷はなく、事故の衝撃で直接Xが怪我を負った、障害が発生したと考えるのは、難しいところです。

しかし、X及びAの診察をした医師らは、「未熟児が感音性難聴になる比率はきわめて高い」「低体重出生の場合、先天性難聴の発症が普通の10倍になる」ことに加え、Xが仮死状態であったことから「仮死状態での出産は脳の酸素欠乏状態が継続することにより高度難聴や精神運動発達遅滞となる確率が高い」と意見を述べました。

これらの意見によれば、Xの障害は、未成熟児として仮死状態での早産が原因であるとは、医学上いえそうだということになります。

裁判所は、上記①及び②を認定することによって、Xに生じた障害はつまるところ事故によって発生したものであるという、因果関係を肯定しました。

(2)Xの労働能力喪失率はどの程度か

Xに事故による障害が残存し、これが治癒の見込がないのであれば、通常の交通事故受傷と同様に、後遺障害の判断をすることになります。

本件では、Xは生まれながらに障害を負うこととなり、聴力は全周波数域で80デシベル以上の損失であり、知能指数は3歳11ヶ月の時点でIQは60~69程度となっている。

これらの症状について、裁判所は後遺障害等級の4級に相当すると判断しました。

ここで問題となるのは、Xの労働能力喪失率です。

成人が後遺障害を負った場合には、その時点から労働能力の喪失が認められ、将来得られるはずだった賃金について逸失利益が生じます。

しかし、本件ではXは未だ3歳11ヶ月であり、実際に(年齢的に)労働に従事することができるようになるまでには、かなりの期間を要します。

したがって、必ずしも現在時点での障害の程度が、将来の労働に影響するとはいえないことになるのです。

本件で裁判所は、「難聴自体には改善の可能性はほとんどみられない」としつつ、「比較的早期の時点から、難聴や精神発達遅滞の用事・自動のための専門的施設で教育・訓練を受けていることが認められることから、その将来の労働に従事する年齢に達した際の労働能力の低下やこれに伴う収入減については、通常人に比して60パーセントが減じられたものとみるのが相当」と認定し、労働能力喪失率を60%と判断しました。

通常、自賠責保険においては、後遺障害4級であれば92%もの労働能力喪失が規定されています。しかし本件では労働可能年齢になるまでに相当の訓練をすることが可能である点から、労働能力喪失率が再検討されたものです。

まとめ

日本の民法上、権利の主体となるためには、原則として出生することが求められます。

つまり、胎児の状態では、どのような障害が生じたとしても、胎児からの損害賠償請求はできないのです。

他方で、事故から時を経て出生してからの請求では、因果関係の判断がぼやけてしまうという難点があります。

事故の衝撃で直接頭蓋骨が割れた、等であれば因果関係の判断はしやすいですが、そうでないとすると「果たして事故の影響なのか」という点の立証は簡単ではありません。

本件では、直接事故の衝撃で障害が生じた、という認定ではなく、事故の衝撃で早産となり、早産となった影響で障害が生じた、という認定がなされています。

このような細かい分析によって、事故との因果関係の立証に成功しているのです。

胎児の問題に限らず、「事故によるものといえるかどうか」という問題は多くあります。

さまざまな要素が絡む難しい問題ではありますが、詳細な分析のもとに主張を組み立てることで認定を受けることができる場合もあります。

本判例は、労働能力喪失率の認定の点では、被害者側としては釈然としない認定ともいえますが、因果関係判断については詳細な分析をした好例といえるでしょう。

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