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裁判例: 顔(目・耳・鼻・口)

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高次脳機能障害

成長への影響と、親の思い【後遺障害5級相当】(名古屋地判平成25年3月19日)

事案の概要

X1(10歳)が自転車で車道を横断中にYの運転する自動車に衝突させられた。

X1は、頭部外傷、肺挫傷、肋骨骨折、顔面骨折、顔面打撲等の傷害を負い、約2年間の治療を受けたが、高次脳機能障害が残存したため、これについて損害賠償請求をした。

また、X1の父であるX2は、X1が将来通常の労務ができないことが見込まれるため、勤務先を退職し、X1のためにNPO法人を設立することを企図したため、勤務先退職による逸失利益を請求した。

X1の母であるX3は、X1が事故に遭った後の場面を目撃したことにより、フラッシュバック等の症状が出、この治療を受けたため。この治療費等を請求した。

<争点>

①X1の後遺障害の重さ
②X2の損害内容
③X3の損害内容

<請求額及び認定額>

<X1の損害>

主張 認定
治療費・通院交通費 12万1655円 12万1655円
入院雑費 31万4094円 12万6000円
入院付添看護費 54万6000円 52万9200円
退院後介護費 427万7000円 263万2000円
入通院慰謝料 304万8000円 200万0000円
逸失利益 8371万5099円 5346万9656円
後遺障害慰謝料 2500万0000円 1400万0000円
将来付添費 4581万2501円 2114万4231円
雑費その他 35万3779円 0円
症状固定後の検査費用等 58万1679円 58万1679円
弁護士費用 800万0000円 425万0000円

<X2,X3の損害>

主張 認定
X2の逸失利益 2500万0000円 0円
X3の治療費・通院交通費 18万3430円 0円
X2、X3固有の慰謝料 各1000万0000円 各250万0000円

<判断のポイント>

(1)X1の後遺障害の重さ

X1は事故により脳損傷を負い、高次脳機能障害が生じています。

しかし、高次脳機能障害と一言で言っても、その程度や症状はさまざまです。

したがって、被害者それぞれに、事故前には何ができたのか、事故後には何ができて何ができないのかという点をきちんと確認する必要があります。

また、高次脳機能障害は、被害者本人には症状の自覚がないことがほとんどですので、ご家族や周囲の方の助けが必要となります。

X1は10歳の時に事故に遭い、事故後は1ヶ月以上意識不明の状態でした。意識が回復した後は、言葉を発せず、医師からは3歳児の状態であるといわれるほどでした。

その後、徐々に回復し本件訴訟時には中学校の普通学級に進学してはいましたが、易怒性、性格の異常等の人格変化、記銘記憶力、認知力、言語力、理解力、判断力、集中力などが軒並み低下していました。

裁判所は、これらを認定した上で、周囲の支援の下一人で通学している点も踏まえ、「単純繰り返し作業に限定すれば、一般就労ができない又は極めて困難であると評価することはできない」と判断し、後遺障害等級5級相当であると判断しました。

高次脳機能障害は、このように、できないことやその程度から、就労可能性を判断して等級を認定します。

社会生活に服することができるか、という観点からの分析が必要となりますので、家庭や学校、職場での状況が重要な資料になるのです。

(2)X2の損害内容

X2は、X1のために自身が退職してNPO法人を設立することを決意しています。そのため、退職後の逸失利益を請求していますが、裁判所はこれを事故による損害と否定しました。

そもそも、直接事故の被害に遭った人間以外は、賠償請求が認められることはかなり難しくなります。

本件では、裁判所は「退職すること自体、X2の意志に基づくものである」とした上で「X1に対する就労支援や作業所が必要であるとしても、後遺障害が残存したX1に対する随時の声かけ、看視のための将来の介護費、後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料が損害として認められる」ことから、それ以上にX2固有の損害として逸失利益を認めることは相当でないと判断しました。

X2としては、息子の将来の受け皿を作るために、お金度外視で頑張るという意図だったものと思われますが、X1の将来の不利益については、X1に対する慰謝料や逸失利益によって補填されていると判断されたものです。

もっとも、将来ある息子が、生死不明状態になり、回復後も重度の後遺障害を残しているという点は、死亡に比肩し得る損害を受けたものといえるため、固有の慰謝料を認めました。

(3)X3の損害内容

X3は、本件事故によりフラッシュバック等に悩まされるようになったことで、この治療費等を請求しましたが、これも裁判所は否定しました。

これもやはり、X3は、事故後のX1の様子を目撃してはいますが、本件事故を直接に体験した被害者であるとは言えないため、間接損害となってしまうことから、事故と因果関係のある損害といえないためです。

事故をきっかけに生じた損害が何でも賠償されることになってしまうと、無限に賠償範囲が広がってしまいますし、加害者としてもどこまで賠償すればよいかが予測できなくなってしまいます。

したがって、基本的には、直接の被害者に事故によって通常生じうる範囲の損害が、賠償の範囲となります。

本件では、X3は事故直後の現場を目撃してはいますが、これは直接交通事故を体験したわけではないため、間接的な損害となってしまいます。

もっとも、X2と同じ理由から、固有の慰謝料は認められています。

まとめ

事故によって、脳損傷が生じた場合は、高次脳機能障害が発生する可能性があります。

本件では、かなり重度の障害が残ったため、立証はそこまで困難ではなかったと予測されますが、年少者が事故に遭った場合には、障害の立証が難しい場合もあり得ます。

成長過程ということもあり、どこまでが高次脳機能障害の影響で、どこからが単純な学力の問題なのかが判然としないこともあるからです。

事故後に、今までと比べて学力が落ちた、理解力が落ちたという場合には、脳損傷が影響している可能性があります。

そのような可能性については、事故後の治療や検査の状況から、脳の障害を立証できないかどうかの慎重な検討が必要となります。

学習障害や発達障害が急に見られるようになった裏に、外傷による高次脳機能障害が隠れているかもしれません。

軽はずみに示談をしてしまう前に、弁護士にご相談ください。

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年少者の嗅覚障害等に67歳まで14%の労働能力の喪失を認めた裁判例【後遺障害併合11級】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

父親運転の乗用車に乗っていた12歳の男子Xが、Y運転の大型貨物車による衝突で、脳挫傷等の傷害を負い、後遺障害も残存したため、Yに対して損害賠償を求めた事案。

Xは、自賠責保険から、頭部外傷後の神経機能・精神障害について12級13号、嗅覚障害について12級相当の後遺障害に該当するとして、併合11級の後遺障害認定を受けた。

<争点>

嗅覚障害の労働能力喪失率・喪失期間

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 51万8609円 51万8609円
入院雑費 2万5500円 2万5500円
通院交通費 2万6040円 2万6040円
付添費用 15万6700円 15万6700円
逸失利益 1492万1756円 1044万5229円
入通院慰謝料 175万0000円 175万0000円
後遺障害慰謝料 420万0000円 420万0000円
小計 2159万8605円 1712万2078円
過失相殺(10%) ▲171万2208円
既払金 ▲61万8609円 ▲62万0369円
弁護士費用 200万0000円 147万8950円
合計 2297万9996円 1626万8451円

<嗅覚障害の内容>

嗅覚に関する後遺障害は、後遺障害別等級表上、鼻の欠損を伴う機能障害について、9級5号が定められていますが、欠損を伴わない機能障害については、等級表には載っていません。

もっとも、実務上は、嗅覚脱失(嗅覚が機能しない場合)は12級13号、嗅覚減退は14級9号が準用されて等級認定されることになります。

<嗅覚障害に逸失利益が認められるか否か>

本件でXには、頭部外傷後の神経機能・精神障害につき12級13号、嗅覚脱失につき12級相当の後遺障害が認められました。

後遺障害別等級表上、12級の後遺障害の労働能力喪失率の目安は、14%とされています。

しかし、嗅覚障害に関しては、顔などに傷痕が残る外貌醜状と同じように、身体の機能や判断能力などに制限が生じないため、一般的には、特に嗅覚が重要な職業でなければ、後遺障害として残ったとしても、仕事への影響に乏しいとして、逸失利益が認められにくい傾向にあります。

また、12級13号の神経症状に関しては、仮に仕事への影響があると認められたとしても、影響を受ける期間(労働能力喪失期間)は、10年と認定されることが多いです。

<裁判所の判断>

本件でも、Y側は、嗅覚はそれを重要な要素とする職業自体が極めて限定されているため、就労全般に与える影響は乏しいこと、仮に影響があるとしても、長くとも就労可能年齢から10年程度であるから、後遺障害慰謝料によって填補されているとして、逸失利益自体を認める必要はないと主張しました。

このようなYの主張に対して、裁判所は、まず、Xの頭部外傷後の神経機能・精神障害と嗅覚障害が事実として認められるとしたうえで、労働能力喪失率を、これらの後遺障害の影響を総合考慮して14%と認定しました。

また、労働能力喪失期間に関しては、就労可能年齢である18歳から、就労可能年限である67歳までを労働能力喪失期間と認めています。

<判断のポイント>

(1)労働能力喪失率・期間

通常、14級を超える後遺障害が複数認定されると、後遺障害の程度に応じて併合等級として1等級~3等級繰り上がって認定されることになります。

そして、後遺障害別等級表では、等級ごとの労働能力喪失率の目安が記載されており、等級が上がるごとに労働能力喪失率も大きくなっていきます。

本件でいえば、12級13号の神経機能・精神障害と12級相当の嗅覚障害により、1等級繰り上がって併合11級と認定されているため、等級表どおりであればXの11級の労働能力喪失率は20%と認められることになります。

しかし、Xの神経機能・精神障害に関しては、Xの日常活動や学習などの面で受傷前後に変化があったものの、身体機能や認知能力等は医学的に正常と診断されていたことから、将来の仕事に影響を及ぼすか不明であるとして、労働能力喪失率が20%まであるとは考え難いと判断されました。

他方で、嗅覚障害については、脱失の程度まで至っていること、それが回復する見込みは薄いことなどを理由に、上記神経機能・精神障害も併せ考慮して、12級の目安である14%の労働能力喪失率を認定しています。

労働能力喪失の程度は、裁判では、具体的に立証されなければならず、本件ではXの将来の仕事への影響が不明とされた上記神経機能・精神障害だけでは、労働能力の喪失率の認定は困難であったと考えられます。

しかし、本件では、神経機能・精神障害と嗅覚障害と併せ考慮することで、後遺障害全体として労働能力の喪失を認定しており、この点は合理的な判断がなされているといえます。

ただ、労働能力喪失率の判断の理由とされている、回復の見込みが薄いという事情は、どちらかというと労働能力喪失期間で斟酌されるべきことでしょう。

裁判所はXの労働能力喪失期間を、就労可能年限である67歳までと認定し、その理由として、嗅覚障害が一生涯に及ぶことのほか、Xの職業選択の範囲が制限されることを挙げていますが、この職業選択の範囲が制限されているという点は、むしろ労働能力喪失率を考えるに当たっては重要と考えられるため、理由が逆ではないかという印象です。

(2)年少者の逸失利益の特殊性

本件の特殊性として、Xが事故当時12歳であったという事情があります。

当然仕事はしておらず、具体的な就労の予定もない年齢ですが、その後、Xが成長してどのような仕事に就くかを決める際に、料理人やソムリエなど、嗅覚が必要不可欠、もしくは重要な職業に就くことが困難なため、職業の選択の範囲が必然的に狭まってしまい、観念的には生涯にわたって影響を受け続けるという大きな不利益が生じます。

裁判所は、このような点を捉えて、嗅覚障害という、一般的には逸失利益を認められにくい後遺障害でも、就労可能年限までの逸失利益を認めるべきとの判断をしたものといえます。

このような考え方からすると、すでに仕事をしている一般社会人や、就職が決まっている学生などと異なり、いまだ進路の方向すら決まっていないような年少者については、一般的には仕事に支障が生じないような後遺障害(歯牙障害など)についても、逸失利益が認められやすいといえるでしょう。

まとめ

交通事故によって、お子さんに生涯にわたって残る後遺障害が生じてしまった場合、その後の人生が大きく変わってしまいかねませんので、そのことに対する適切な金額の賠償はしっかりと受けられるようにすべきです。そのために、まずは一度弁護士にご相談いただければと思います。

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逸失利益が38歳から67歳(29年間)発生するものと認めた事例【後遺障害等級11級相当】(名古屋地方裁判所判決 平成21年1月16日 )

事案の概要

X(原告)が、交差点の青信号に従い横断歩道を渡っていたところ、同交差点を右折通過しようとしたY(被告)運転の加害車両にはねられ、頭部挫創、脳挫傷等の傷害を負い、頭部外傷後の頭蓋内の損傷については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、後遺障害等級12級13号に該当し、頭部外傷に伴う嗅覚脱失については、12級に相当し、頚椎捻挫後の頚部痛の症状については、「局部に神経症状を残すもの」として14級9号に該当するものとされ、これらを併合して11級相当の後遺障害認定を受け、Yに対して、3212万4266円を求めて訴えを提起した。

<争点>

Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
休業損害 46万8317円 46万8317円
傷害慰謝料 130万円 110万円円
後遺障害逸失利益 2316万0551円 1503万5949円
後遺障害慰謝料 420万円 420万円
既払金 ▲3万円 ▲3万円
弁護士費用 300万円 208万円
合計 3209万8868円 2285万4266円

<鼻の障害について>

鼻の障害は、大きく分けて2つあります。

1つは、鼻軟骨部の全部又は大部分を失った「欠損障害」。

もう1つは、鼻を欠損しないで鼻の機能が喪失又は制限されてしまった「欠損を伴わない機能障害」があります。

①「欠損障害」

後遺障害等級表においては、「鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの」と認められる場合に、第9級5号が認定されることになります。

ここで、
「鼻を欠損」とは、上記のとおり、鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損をいい、
「機能に著しい障害を残すもの」とは、鼻呼吸困難又は嗅覚脱失をいいます。

このように、後遺障害等級表上では、
「鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損」+「鼻呼吸困難又は嗅覚脱失」があれば第9級5号が認定されます。
「欠損」の他に「機能障害」も認められる必要があることに注意です。

②「欠損を伴わない機能障害」

後遺障害等級表には、鼻を欠損しないで鼻の機能障害のみを残すものについては特に定められていませんが、鼻の機能障害の程度に応じて、次のように準用等級が定められています。

・「嗅覚脱失又は鼻呼吸困難が存するもの」については、第12級12号が準用されます。
・「嗅覚の減退のみが存するもの」については、第14級9号が準用されます。

そして、嗅覚脱失及び嗅覚の減退については、T&Tオルファクトメータによる基準嗅力検査の認知域値の平均嗅力損失値により、次のように区分されます。

5.6以上      嗅覚脱失
2.6以上5.5以下  嗅覚の減退

なお、T&Tオルファクトメータとは、嗅覚測定用基準臭ともいい、5種類のにおいにつき各々8段階の濃度が設定され、濃度が低い順からにおいを嗅いでいき、初めてにおいを感じたときに認知域値をとります。

<聴力障害の検査方法<

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。

また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。

{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6

そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。

難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。

もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

<Xの逸失利益の有無>

<Xの主張>
Xは、会社の従業員としてNAS電池の製造に従事しているが、その製造過程においては熱源としてLNGガスを使用するほか、製品の材料として硫黄等を用いるため、現場の管理には嗅覚による判別能力を必要とするところ、本件事故により嗅覚をまったく失ったため、職場安全衛生委員を退任しただけでなく、同製造過程の焼成工程を指揮することを見送らざるを得なくなったことから、67歳までの就労可能年数29年間、少なくとも事故当時の給与所得年額764万8290円につき20%の逸失利益が生じていると主張しました。

<Yの主張>
これに対してYは、Xには後遺障害による就労への影響は現実的には考えられず、逸失利益は認められないと反論しました。

すなわち、嗅覚は、専ら日常生活の面に影響する生活能力であり、嗅覚が重要な要素となる職業(調理師あるいは主婦等)を除いては、原則として労働能力に影響を与えることはない。

Xは、嗅覚が必要不可欠という職業に就いているわけでもなく、嗅覚が重要な要素となる仕事に従事しているわけでもないのであり、嗅覚がなくなったとしても、それだけで現在の職業や仕事ができなくなるわけではないことから、Xが、嗅覚を脱失したとしても、労働能力に影響を及ぼすとは考えられないと反論しました。

<裁判所の判断>
裁判所はまず、Xの職務内容として、技術者としての職歴を有することから、今後とも、化学物質等を用いた製品の製造、研究、開発等の職務を担当する蓋然性が高いことを認定しました。

もっとも、本件事故発生前に比べて、Xの収入の減少はなく、降格もされていない、さらに、会社はXを現在の職場から他の職場に配置転換することは予定していないとも認定しています。

その上で、Xには収入の減少や降格といった不利益は生じていないのであるが、Xの職務内容や勤務先会社の業務内容等を考慮するならば、Xの嗅覚脱失という障害が原告の労働能力に相当の影響を与えるものであることは明らかであるとし、将来、嗅覚脱失の障害による経済的不利益が生じるおそれが高いというべきと判断しました。

そして、逸失利益の算定方法としては、労働能力喪失期間をXの就労可能年数の29年間、労働能力喪失率は14%が相当であるとして、1503万5949円を認めました。

まとめ

本件では、Xが特殊な仕事に就いていたことから、逸失利益が認められました。

しかし、嗅覚が失われたとしても、労働能力に影響を与える場面というのは少なく、逸失利益が認められないケースは多いです。

本件のYが主張するように、嗅覚障害の場合、調理師や主婦など、嗅覚が多大な影響をもたらす職業であれば認められやすいですが、とくに影響がない職業の場合は、嗅覚障害により具体的な減収があることを主張しない限りなかなか逸失利益を立証することは難しいでしょう。

しかし、その場合には後遺障害慰謝料の増額が見込まれる場合があります。

そこでも、嗅覚障害により、どのような支障が仕事上あるいは日常生活上生じているのか、きちんと説明する必要があります。

現在の症状はどのような障害として残る可能性があるのか、どのような検査を行えばよいのか、後遺障害が残っていても適切な賠償額を得られるのか、1人では判断が難しいと思います。

そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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交通事故
顔(目・耳・鼻・口)

現在減収は生じていないが、将来の昇進等の不利益の可能性は否定できないなどから逸失利益を認めた事例【後遺障害等級11級相当】(岡山地方裁判所判決 平成21年5月28日 )

事案の概要

Y(被告)が、雨の日に、高速道路上においてスピードの出しすぎによりスリップし、非常帯の壁に激突した反動で、後続のX(原告)の運転する普通乗用自動車に衝突し、Xが、頚椎捻挫、右上肢不全麻痺、混合難聴及び耳鳴り症の障害を負い、1耳の聴力全く失ったものとして後遺障害等級9級の7に該当し、既払金76万2750円を控除し2644万4026円を求めて訴えを提起した。

<争点>

①Xの後遺障害の有無、程度
②Xの逸失利益の有無

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 76万2750円 76万2750円
入院雑費 3万4500円 2万5500円
通院交通費 1万9320円 1万9320円
装具器具等購入費 35万円 0円
休業損害 68万9603円 0円
逸失利益 1760万2465円 1005万8551円
入通院慰謝料 120万円 120万円
後遺障害慰謝料 690万円 420万円
小計 2755万8638円 1626万6121円
過失割合 ▲2割
既払金 ▲76万2750円 ▲76万2750円
弁護士費用 240万4002円 100万円
合計 2644万4026円 1325万0146円

<聴力障害について>

聴力障害の原因としては様々なものがありますが、代表的なものとしては、内耳振盪症(ないじしんとうしょう)、側頭骨骨折、外リンパ瘻(ろう)があります。

内耳振盪症とは、耳の最も内側にある内耳に通っているリンパ液が、交通事故の衝撃で振動することにより難聴等の聴力障害が発生することです。

側頭骨骨折は、耳周辺の頭蓋骨が骨折することにより、耳の各器官が障害を受け、難聴等を引き起こします。

外リンパ瘻は、内耳の一部に穴があき、中のリンパ液が漏れ出すことをいいます。これにより難聴等が発生します。

また、傷病名が単なるむち打ち(頚椎捻挫、腰椎捻挫等)である場合でも、耳鳴りを伴う場合も少なくありません。

頚椎周辺の損傷により、交感神経の活動が異常化し、耳につながる血管が収縮もしくは拡張することにより生じるものと考えられています。

<両耳の聴力障害による後遺障害>

聴力障害による後遺障害等級は、純音による聴力レベル(純音聴力レベル)及び語音による聴力検査結果(明瞭度)を基礎として認定されます。

両耳の聴力障害の場合は、以下の表のようになります。

なお、聴力はデシベル(dB)で表され、異常が大きいほどデシベル数は大きくなります。

<一耳の聴力障害による後遺障害>

一耳の場合は、以下のようになります。

平均純音聴力レベル/最高明瞭度 後遺障害等級
平均純音聴力レベルが90dB以上 9級9号
平均純音聴力レベルが80dB以上 10級6号
①平均純音聴力レベルが70dB以上
②平均純音聴力レベルが50dB以上であり、かつ、最高明瞭度が50%以下
11級6号
平均純音聴力レベルが40dB以上 14級3号

<聴力障害の検査方法>

聴力検査回数は、日を変えて3回行い、2回目と3回目の測定値の平均純音聴力レベルの平均を出します。検査と検査の間隔は7日程度あけます。

また、平均純音聴力レベルは、周波数が500ヘルツ(A)、1000ヘルツ(B)、2000ヘルツ(C)及び4000ヘルツ(D)の音に対する聴力レベルを測定し、以下の式により求めます。

{A+(2×B)+(2×C)+D)}/6
そして、大事なところですが、後遺障害等級の認定のための聴力検査の実施は、症状が固定した後になされます。

難聴や聴力障害は、時間が経つにつれ回復することが見込まれるからです。

もっとも、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合、症状は漸次進行する傾向が認められることから、聴力検査にあたっては、強烈な騒音を発する場所における業務を離れた後に行うことになります。

本件について

① Xの後遺障害の有無、程度

前提事実として、Xは、純音聴力検査を複数回実施しており、事故直後は以下のように推移していました(単位:回数/dB)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
73 78 78 63 55 87 80 91 93 88 93
19 20 14 14 15 18 15 17 14 15 13

<X及びYの主張>
Xは、通院先の病院で作成された後遺障害診断書に、上記のとおり90dB以上の検査結果が出ていることを理由に、後遺障害等級9級9号に該当すると主張しました。

これに対して、Yは、4回目及び5回目に行われた検査の平均値が59dBであることから、後遺障害等級14級3号が相当であると反論しました。

<裁判所の判断>
Xは空港に勤務しており給油作業に従事していたが、事故後には仕事中に指示を聴き取ることができなかったために、航空機の出発が遅れると言う事故を発生させるなどしたことから、大型機がなく航空機のエンジン音が静かな別の飛行場に異動することになった。

その後に聴力検査を行ったところ、82.5dBの結果が出ている。

しかし、本件訴訟の本人尋問を行った際は、聴力障害を窺わせるようなことはなかった。

そして、Xの純音聴力検査の結果は、ステロイド剤の投与のころに一時期比較的良好な時期があったものの、それ以外は、一貫して80dB以上であることからすれば、少なくとも後遺障害等級11級に該当するものと認めるのが相当である。

上で述べたとおり、Xは空港で働いていたことから、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合にあたり、エンジン音が静かな別の飛行場に異動した後の聴力検査が後遺障害認定の資料となっています。

② Xの逸失利益の有無

<Xの主張>
後遺障害等級9級の場合、労働能力喪失率は35%と考えられています。

Xは後遺障害等級9級であることを前提に、労働能力喪失期間を39年間として主張しました。

<裁判所の判断>
Xの右耳の聴力は82.5dBであるが、本件訴訟における尋問状況からすれば、日常生活において格別に不都合が生じているとは考えにくい。

しかし、Xの業務内容からすれば、現在減収は生じていないものの、仕事場を異動していることに照らしても将来の昇進等における不利益の可能性は否定できないこと、法廷での尋問では聞き取りが可能であっても、就労を含む日常生活で支障がないとはいえないことから、後遺障害等級11級相当と認め、労働能力喪失率を20%、労働能力喪失期間を39年間として逸失利益を算定するのが相当である。

コメント

本件は、難聴や耳鳴りを訴えていたXに対して、聴力検査を実施した結果から、後遺障害等級11級を認定し、減収は生じていないものの、今後昇進等に影響が出るなど不利益を生じる可能性があるとして逸失利益を認めた事例です。

Xは空港で働いていたという事情もあり、強烈な騒音を発する場所における業務に従事している場合に該当するとして、異動後の聴力検査の結果が、後遺障害等級の認定の判断要素となったのだと思われます。

そして、実際に減収が生じていなくても、本件のように業務に支障が生じたり異動による不利益が考えられる場合には、逸失利益は認められます。

後遺障害慰謝料や逸失利益をきちんと請求するためには、通院時から適切な検査や診察を受ける必要があります。

後遺障害が取れるか、どのような検査を行えばいいのか、1人では判断が難しいと思います。そのようなことでお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。

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交通事故
外貌醜状
顔(目・耳・鼻・口)

将来のインプラント治療【後遺障害10級相当】(横浜地判平成24年1月26日 )

事案の概要

Xは、自動二輪車に乗り優先道路を進行中、信号規制のない交差点を直進しようとしたところ、交差する劣後道路からY運転の自動車が進入し、交差点内で衝突。

Xは、これにより、歯牙欠損、頭部打撲、顔面打撲、顔面挫創、両膝打撲、左足関節打撲、右上腕打撲の傷害を負ったため、Yに対して損害賠償請求をした。

<争点>

①歯牙欠損及び醜状障害で、逸失利益が認められるか?
②将来のインプラント費用は認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 353万9001円 353万9001円
通院交通費 4万9380円 4万8123円
入院雑費 1万6500円 1万6500円
付添費・付添人交通費 8万9380円 8万9380円
休業損害 105万5808円 105万5808円
後遺障害逸失利益 6383万3313円 1392万5885円
入通院慰謝料 255万0000円 230万0000円
後遺障害慰謝料 1296万0000円 550万0000円
慰謝料増額事由 100万0000円 0円
物損 11万4900円 11万4900円
将来のインプラント費用 138万8453円 87万4515円
過失相殺 10%
損害のてん補 ▲546万8979円 ▲546万8979円
損益相殺 ▲450万5236円 ▲450万5236円
弁護士費用 766万2232円 147万0000円
合計 8428万4553円 1621万3485円

<判断のポイント>

①逸失利益について

本件では、Xは永久歯を10本も失い、これらについてインプラント治療をしています。通常、歯牙に欠損や喪失があったとしても、補綴がなされれば歯の機能は回復するため、大きな問題とはなりません。

そのため、多くの場合、適切な補綴が行われていれば、労働能力の喪失が否定されます。とりわけ、インプラント治療は強度的にも審美的にも最高レベルの治療とされているため、余計に認められにくくなります。

また、Xは顔に線状痕などの醜状が残っていますが、この醜状障害についても、機能的には何ら問題ない(働くことに支障はない)として、逸失利益が否定されることが多いです。

しかし本件では、結果的に15%の労働能力喪失を認められました。

これは、Xが作業療法士という職業に就いており、肉体労働としての側面があるが、歯を食いしばることができないためこれまでより負担がかかること、顧客との1対1の対応が必要となる対面職業であることから、Xが実際働く上で、支障が出ていることが認められたためです。

②将来のインプラント治療について

基本的に、症状固定後の治療費等については、賠償の対象にはなりません。

それは、症状固定という概念が「これ以上治療をしても変化がない」というものであり、それ以後は治療の必要性がなくなるからです。

しかし、本件では、将来のインプラント費用が認められました。これは、インプラントが永続するものではなく、定期的なメンテナンスが必要と考えられるからです。

この点、本件では、歯科医師からインプラントの耐用年数についての意見書が出ており、それによって裁判所は、一度のインプラント治療で20年程度維持されるとするのが相当としました。

そのため、Xの年齢と平均余命からすると、あと2回はインプラント手術をする必要があるとして、将来のインプラント費用を損害と認めました。

まとめ

本裁判例は、通常では認められにくいものが損害として認められた好例といえます。

後遺障害が認められた場合、賠償金額が大きく跳ね上がるのは逸失利益が認められることによりますが、逸失利益は「この先、障害のために労働に支障が出ること」を前提としているため、障害が残ったとしても、労働に支障が出ないものであれば、認められません。

労働への支障が認められにくいのが、醜状、変形、歯牙欠損等です。

本件では、このうち醜状及び歯牙欠損について、Xの仕事内容を具体的に認定した上で、どのような支障が出ているか、今後どのような支障が出うるかに基づき、逸失利益を認めました。

醜状は、人と会う職業(営業職、接待職)や審美的な要求がされる職業(俳優、モデル等)では認められやすく、歯牙欠損は肉体運動を伴う職業(スポーツ選手等)では認められる余地があります。

本件のXは、作業療法士として訪問リハビリ施術の仕事をしており、顧客と1対1で接し、サービスをすることを求められ、その職務内容には寝ている顧客を持ち上げたり、支えたりするなどの肉体労働も含まれます。

これらの点につき、実際に支障が出ていることを丁寧に立証することで、労働能力の喪失が認められたのです。

また、将来のインプラント費用についても、インプラント治療というものの強度や耐用年数を歯科医師に意見書という形で作成してもらうことで、永続はしないこと、最低でも20年に1度のメンテナンスが必要となりうることを認められています。

裁判は、第三者である裁判官に、損害の発生を認めてもらわなければなりません。

そのためには、主張だけではなく立証をきちんと準備することが肝要です。

この事例のように、一般的には難しい補償も、具体的な主張と綿密な立証によって認められる余地は充分にあります。

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