遷延性意識障害
2022.01.25

遷延性意識障害(せんえんせい いしきしょうがい)

「遷延」とは、「長引くこと」「のびのびになること」を表します。
つまり、「遷延性意識障害」とは、意識障害(こん睡状態)が長い期間続いていることを指し、一般には植物状態と呼ばれることが多い状況です。
交通事故により、頭部を強く殴打し脳に大きなダメージを負った場合などに、このような重度の意識障害が生じることがあります。

遷延性意識障害は、被害者に意識がなく、意識があったとしてもそれを外部に発現できない状態にあるため、生活をするうえで全面的な介護が必要となります。
被害者やそのご家族の精神的・肉体的負担は想像にあまりありますが、この負担を少しでも軽減するためには、適切な経済的補償を受けることが重要となります。

遷延性意識障害の定義

遷延性意識障害は、長期間のこん睡状態を指すと説明しましたが、医学的には日本脳神経外科学会が以下の定義をしています。

  1. 自力移動が不可能である。
  2. 自力摂食が不可能である。
  3. 糞・尿失禁がある。
  4. 声を出しても意味のある発語が全く不可能である。
  5. 簡単な命令には辛うじて応じることも出来るが、ほとんど意思疎通は不可能である。
  6. 眼球は動いていても認識することはできない。

以上の6項目が、治療にもかかわらず3か月以上継続した場合には、遷延性意識障害とみなされます。

なお、同じように「寝たきり」の状態として脳死という状態がありますが、遷延性意識障害は脳死とは異なります。
遷延性意識障害は、脳(主に大脳)が大きなダメージを負ってはいますが、生命維持に必要不可欠な脳幹と呼ばれる部分は正常に機能しています。ですので、自力摂食は不可能でも、自発的な呼吸や循環、消化が可能です。また、非常に困難ではありますが、意識障害からの回復事例も複数報告されています。
対して脳死の場合は、生命維持に不可欠な脳幹が不可逆的に損傷してしまっており、呼吸や心拍等を自発的に行えない状態で、延命のためには人工呼吸器等の助けが必要となります。

遷延性意識障害による後遺障害等級

遷延性意識障害の事実が認められる場合、上記のように自力移動や自力摂食が不可能であるため、常に介護を要する後遺障害等級第1級が認定されます。

等級 後遺障害
第1級1号 神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの

この場合、自賠責保険からは、4,000万円を上限として、保険金が支払われます。

受けるべき補償の範囲とポイント

遷延性意識障害は、後遺障害等級を獲得することよりも、その後に適切な金額の賠償金を認めさせることの方が重要でかつ難しいという特色があります。
遷延性意識障害の場合には、将来的に介護が必要であり、通常認められる後遺障害慰謝料及び逸失利益の他に、将来介護費用や自宅改造費用等さまざまな費用の補償を求めることとなります。
相手の保険会社からの提案金額は、一見すると高額なように見えても、これらの費用をきちんと積算すると、まったくもって適切な賠償に届いていないということが多いです。
適切な解決のためには、個別の事情を丁寧に汲み取った損害計算が必要となります。
以下では、保険会社との間で示談する際に、注意を要する点、問題となりうる点をご紹介します。

①将来介護はどのような手段をとるのか?

介護には、施設介護在宅介護の二種類がありますが、施設介護の方が一般的に発生する介護費用は少なくなります。
施設介護の場合には、御家族の負担という面では少なくなるかもしれませんが、他方で賠償金額は半減し、また感染症等のリスクは上がります。
在宅介護を選択した場合には、御家族の負担は大きくなるかもしれませんが、将来介護費用に加えて、自宅で介護をするための住宅改造費用を請求することが可能となります。この将来介護費用についても、御家族による介護費用の他に、職業介護者へ依頼する費用も計上することができます。また、患者さまからすると、常に御家族が近くにいて頻繁に声掛けやスキンシップをすることが可能なので、回復の可能性も高まります。
加害者側は「重篤な意識障害の被害者を在宅介護は無理だ」と主張してくると考えられるため、どのような介護のプランを立て、それが可能であるとどのように立証していくか、という綿密な検討を要します。

②「遷延性意識障害者は余命が短い」のか?

加害者側保険会社は、往々にして「意識障害で寝たきりになった者は、長生きできないため、余命は数年である」と主張し、将来介護費用や逸失利益を余命数年で換算して提案してきます
しかし、この主張を裏付けるデータは疑義も多く、医学的な見地から必ずしもそういえるかは裁判所も疑問を持っています。実際、平均寿命までの年数を前提とした判決も多数出されています
重要なのは、一般的にどうかということよりも「その被害者の方がどうなのか」と言う点です。
加害者側のこのような主張に対しては、医師の意見書や論文等に依拠して、適切に反論、反証をしていくことが重要です。

③「遷延性意識障害者は健常者より生活費控除が多い」のか?

②と同様に、加害者側保険会社から出される主張に、「遷延性意識障害者は、健常者より衣食住に費用がかからない」というものがあります。よって「逸失利益から生活費控除をすべきだ」というのです。
生活費控除とは、賠償すべき逸失利益から生きていくために必要な費用(食費・被服費等)を差し引きましょうという考え方です。例えば、30歳でお亡くなりになった方は、死亡しなければその後37年間ほどは収入を得られたはず(逸失利益)ですが、それと同時に死亡しなければその収入の中から生活費を支出していたはずなので、手元に残るお金はその生活費を除いた分のはずだ(生活費控除)ということになります。
これを遷延性意識障害に当てはめると、「寝たきりになった被害者は、生活に要する金員が減るため、健常者と同額の逸失利益を計上すると、もらいすぎの状態となるから一定割合で控除すべきだ」ということになります。こうしてみると、何ともひどい理屈です。
そもそも、遷延性意識障害の方は、寝たきりではありますが生きていますし、生活に要する金員が直ちに下がるとも言えません。
この点に関しては、多数の裁判例でも否定の結論が出ており、これらの裁判所の判断を踏まえながら、「その被害者の方」について具体的な的確な主張・立証が肝要となります。

ご家族が遷延性意識障害となってしまったら…

遷延性意識障害の方は、自分の意思を発現できない状態ですので、加害者側の保険会社との交渉はもちろん、弁護士へのご相談もご自身ではできません。 未成年の場合には、ご両親が親権者(法定代理人)として被害者本人の代わりに示談交渉や弁護士委任ができますが、成人している場合にはたとえご両親であっても被害者の代わりをすることができません。
そこで、成年後見人の選任を申し立てる必要が出てきます。
成年後見人とは、成人した方が何らかの理由で判断能力等が欠ける状態となった場合に、その人のために法律行為等を行う権限を有する者です。
この選任は、家庭裁判所に申し立てることにより行います。

もっとも、成年後見人の選任手続きは、各種の書類を用意・作成したうえで、家庭裁判所の手続きを経る必要があるため、時間と労力がかかります。
事故直後にこのような手続きをとる余裕はないため、まずはご家族が加害者側の保険会社との連絡窓口になることが一般的です。しかし、大切なご家族が突然重度の意識障害になってしまい動転した状態で、治療のことやお金のことに加えて相手方との交渉までを担うのは、著しい負担となります。

当事務所では、ご家族が意識障害となってしまった場合には、すぐにご相談いただければ、窓口となっている方の代理人として、保険会社との連絡や交渉をさせて頂きます。
そうして、治療や今後の介護のことをきちんとご相談させていただき、成年後見人選任の申立手続のサポートも行っております。

突然の事故で大切なご家族が重度の後遺障害を負ってしまったような状況で、プロである保険会社を相手に冷静に適切な対応をすることは著しく困難です。
悩んでしまう前に、当事務所にご相談いただき、少しでも心身のご負担を軽減するお手伝いをさせて頂ければと思います。