ホテル・旅館等が利用者からの宿泊申し込みを拒否できるケースとは?

1.宿泊拒否

旅館業法5条において、ホテルや旅館など(以下、「ホテル等」といいます。)は、原則として次に挙げる場合を除いては、利用者からの宿泊申込みを拒否できないこととされています。

拒否できるケース
  1. 宿泊しようとする者が、伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められるとき
  2. 宿泊しようとする者が賭博、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をするおそれがあると認められるとき
  3. 宿泊施設に余裕がないとき、その他都道府県が条例で定める事由があるとき

なお、上記③の「その他都道府県が条例で定める事由があるとき」は、ホテル等が所在する各都道府県の条例ごとによって内容が異なりますので、確認しておかれることをお勧めします。

例えば、東京都では、「宿泊しようとする者が、泥酔者等で、他の宿泊客に著しく迷惑を及ぼすおそれがあると認められるとき」や、「宿泊者が他の宿泊客に著しく迷惑を及ぼす言動をしたとき」には、宿泊を拒否できるとされています。

上記の旅館業法5条に違反した場合、ホテル等は、50万円以下の罰金に処せられるものとされています。

しかし、ホテル等においては、上記①~③に当たらない場合であっても、大勢の宿泊者の中には、できれば宿泊を拒否したいと考えている宿泊者もいるのではないかと思います。

では、上記①~③に当たらない場合に、ホテル等が宿泊を拒否した場合、いかなる場合であっても違法と判断されてしまうのでしょうか。

以下で検討していきます。

2.反社会的団体の構成員風の者からの宿泊申込み

(1)反社会的団体の構成員であることがあらかじめわかっている場合

宿泊しようとする者が、反社会的団体の構成員であることが、事前情報からあらかじめ分かっている場合には、上記②の「違法行為又は風紀を乱す行為をするおそれがあると認められるとき」に当たるため、ホテル等はその者の宿泊を拒否することができます。

この場合、宿泊拒否の理由を包み隠さず伝える必要は必ずしもありませんので、「客室が満室である」と告げて宿泊を拒否しても問題はありません。

しかし、他の宿泊客の安心や安全を守るため、ホテル等として、反社会的勢力を排除するとの毅然とした態度を示すことも、宿泊客のホテル等に対する信用を築いていく上で必要な対応ではないかと思います。

余談ですが、近年の暴力団排除の社会的機運の上昇から、宿泊契約書(もしくは約款)に、暴力団排除条項を盛り込み、申込者が反社会的団体の構成員もしくはその関係者でないことを確認する旨の念書に署名を求めるという方法により、暴力団排除の実現に努力することが、民間企業に対しても求められてきています。

これも、反社会的勢力を排除するだけでなく、宿泊客のホテル等に対する信用に繋がることが考えられますので、取り入れることを検討してみてはいかがでしょうか。

(2)反社会的団体の構成員風の者から宿泊の申込みがあった場合

次に、一見して反社会的団体の構成員風の者からの宿泊の申込みがあった場合はどうでしょうか。

実際には反社会的団体の構成員ではない可能性もあります。

そうすると、上記②の場合には必ずしも当たらないのではないかという考え方もあるかと思います。

しかし、上記旅館業法5条が制定されたのは、昭和23年のことです。

当時、この条文が制定された背景には、宿泊の申込者が宿泊を拒否されて野宿を余儀なくされた場合、その健康・生命・身体が危険にさらされてしまうおそれがあるとの配慮がありました。

インフラが整備され、生活環境や社会情勢が変化した現代において、同様の配慮を厳密に貫く必要はありませんので、現在は、旅館業法5条の各要件は緩やかに解することが許容されると考えられています(『改訂版 Q&A 旅館ホテル業トラブル解決の手引き(雨宮眞也ほか)61頁等』)。

したがって、一見して反社会的団体の構成員風の者からの宿泊の申込みについても、上記②の場合に当たるとして宿泊を拒否したとしても、それが違法とされることはないと考えられます。

3.盲導犬などの身体障害者補助犬、又はペットを連れている者からの宿泊申込み

(1)盲導犬などの身体障害者補助犬を連れている者からの申込み

まず、盲導犬を連れていることを理由に宿泊を拒否することは違法です。

身体障害者補助犬法の4条において、「不特定多数の者が利用する施設の管理者等は、その管理する施設等を身体障害者が利用する場合、身体障害者補助犬の同伴を拒んではならない」とされています。

ホテル等は、「不特定多数の者が利用する施設」に当たりますので、身体障害者補助犬法の4条に違反します。

上述した東京都条例にいう、「他の宿泊客に著しく迷惑を及ぼすおそれがあると認められるとき」に当たるのではないかと考える方もおられるかもしれませんが、身体障害者補助犬は、法律によって衛生管理や訓練が義務付けられており、「他の宿泊客に著しく迷惑を及ぼすおそれがある」とは認められない可能性が高いです。

もちろん、身体障害者補助犬を伴う利用を許諾することによって、施設や他の宿泊客に著しい損害が生じるなど、特段の事情がある場合には、利用を拒絶できる場合もありますが、ホテル等は、身体障害者補助犬を伴う宿泊者の施設利用に可能な限り協力すべきです。

(2)ペットを連れている者からの申込み

これに対して、ペット連れの申込者の宿泊を拒絶できるかどうかは、判断が別れるところです。

各都道府県条例において規定がある場合は各別、原則として上記①~③には該当しませんので、違法であるとの考え方もあると思います。

しかし、上記の身体障害者補助犬とは異なり、通常家庭のペットは訓練や衛生管理が義務付けられていないため、ホテル等の施設や、他の宿泊客に損害を与えるおそれがないとは言い切れません。

特に、ペットに対応できる施設やサービスの提供が整備されていない場合には、ペット連れの申込者の宿泊を拒否することにも道理的な理由があると判断される可能性は十分にあるといえます。

4.クレーマーや不払客からの宿泊申込み

(1)クレーマーからの申込み

クレーマーとして有名なものからの宿泊の申込みがあった場合はどうでしょうか。

上記①~③には当たりませんので、原則としては宿泊の拒否はできません。

もっとも、施設内で所構わず大声で叫んで不満を撒き散らしたり、他の宿泊客に絡んで迷惑をかけるなどという行為を繰り返すクレーマーについては、「他の宿泊客に著しく迷惑を及ぼすおそれがあると認められるとき」に当たるものと考えられますし、各都道府県条例にこのような規定がない場合であっても、上記②の「風紀を乱す行為をするおそれがあると認められるとき」を緩やかに解釈して、宿泊を拒否することも許されると考えられます。

なお、暴力行為等を伴う迷惑行為により、ホテル等の営業に支障を来たすような悪質なクレーマーについては、宿泊拒否ができることはもちろん、場合によっては、威力業務妨害罪等に当たる可能性がありますので、弁護士や警察に相談することをお勧めします。

他方で、他の宿泊客に迷惑となるような行為はしないものの、ホテル等の提供するサービス等に対して、何かにつけて不平、不満をいうだけのクレーマーについては、この対応のためにホテル等に著しい損害を及ぼすとか、他の宿泊客に対するサービスの提供が疎かになるなどの特段の事情がなければ、宿泊を拒否することは難しいものと考えます。

(2)不払客からの申込み

次に、宿泊料を支払わないことで有名な不払客からの申込みがあった場合はどうでしょうか。

この場合、上記①~③に当たらないことは明らかですし、その他に、他の宿泊客に対する迷惑行為などもありません。

しかし、ホテル等は、サービスの提供を行う対価として宿泊料を支払ってもらうことを契約内容として、申込者との間で宿泊契約を結びます。

宿泊料の支払を受けられないことが明らかな場合は、そもそも宿泊契約を締結すること自体を回避する(前金制にするなど)ことによって、不払客の宿泊を事実上拒むことができます。

不払客に対する対策については、「宿泊料の不払いへの対策(ホテル・旅館)」を参照してください。

まとめ

以上で見てきた場合の他にも、ホテル等にとっては、できれば宿泊を拒否したいと考える申込者は多いのではないかと思いますが、宿泊を拒否することによって、かえってホテル等にさまざまな損害が生じてしまうことは避けたいところです。

そのような心配から、拒否したくても拒否できない宿泊者を受け入れているホテル等の経営者の方も多いのではないでしょうか。

旅館業法5条の解釈の仕方は、現在では、文言どおりの意味よりも緩やかに解しても良いと考えられていますが、かといって、ホテル等にとって都合の良いように解釈してもいいという訳でもありません。

法律の条文の解釈には、法的な合理性(規制の必要性と原則を変更する許容性)が求められますが、この判断には、専門的な知見と法的なバランス感覚を必要とします。

特定の利用者からの宿泊申込みに対して宿泊拒否をすることが許されるのかどうかでお悩みのホテル等の経営者の方は、一度、法律の専門家に相談してみてはいかがでしょうか。